第68話 私の過去
「いや、ちょ。なんでそれ……」
「……良かった。人違いだったら、どうしようって思って」
「良かった、な……。じゃなくて!」
樋口煌晴。小学校を卒業するまでの俺の名前だ。
俺と葉月が小学六年の冬の時に両親が離婚。原因は前の父の浮気。発覚してからは向こうの方が家を出ていく形で離婚となった。
それから直ぐのこと。母さんの知り合いの紹介もあって、地元の家具メーカー会社に勤務している今の父と再婚した。その父の名字が大桑だった為、中学からの俺は大桑煌晴となったのだ。
「なんで知ってんだ。葉月以外でそれを知ってるとしたら、莉亜と小学校からの友人くらいだぞ」
「……だって、私も居たから」
「居たってどこに」
「……泉台小学校」
俺の母校だ。同じ小学校だったやつなら、俺の名字が変わったことくらい知っているであろう。がしかしだ。
「泉台ってそんなはずは。実は前に卒アルを見返していたんだが、宮岸蕾なんて名前はなかったんだ」
初めて宮岸と面と向かった日、それから数日前。俺は疑念を解消したくて小学校の卒アルを開いたんだ。でもそこには宮岸蕾という名前は載っていなかった。
「だって。宮岸蕾は居なかったんだもん」
「だからだよ。そうでなきゃ俺の旧姓を知ってるわけが……」
「でも……確かに私は居た」
もう言ってることがわかんねぇ。ちょっと前のどっかの議員さんみたいなこと言い出しちゃってるよ。
「宮岸蕾、ではなく。
「小室屋……」
その名字を聞いて、初めて聞いた感じはしなかった。変わった名前の人がいるなぁくらいには思ってた。珍しいっていうか、なかなか見ない名字の奴って結構覚えているもんだし。
そんなことを思い出していたら、宮岸がテーブルの下から何かを取り出した。
「ってなんだこれ」
「部屋から……探してきた」
随分と汚れてボロボロになった冊子だ。宮岸に一言断ってから手に取って見ると。
「……懐かしいなこれ」
小学四年の、秋の遠足のしおりだ。確かこの時に、新聞社の見学に行ったんだっけ。前にいきなり話題に上がった時に思い出したよ。これまたなんとも懐かしいものを。
そしたら宮岸がしおりを何枚かめくっていって、あるページを開いて俺にみせてきた。各クラスでの班分けをまとめたページだった。
その一番上の欄。『はくたか』と銘打たれた班の名前の中には、樋口と小室屋の名前があった。
「てことは、まじで過去に会ったことがあるってことなんだよな」
「……うん」
シンプルにそう答えた宮岸は、とても嬉しそうだった。さらに宮岸はこんな情報を付け加えた。
「泉台小学校の四年一組、小室屋蕾。出席番号は十二番。担任は東原絢乃先生」
「よく先生の名前まで覚えてたな」
「優しくて面白い人だったから」
「あとは私服が絶妙にダサかった」
「そういう意味でも……面白い人だった」
昔はあまり気にはしなかったことだが、今となっては私服のチョイスがどこかおかしい先生だった。という思い出話が小学校時代からの友人との話題だ。
「先生の名前が出てくるってことは、マジで間違いないんだよな」
「うん」
「でも、聞きたいことはたくさんある」
「わかってる。それも、話すつもり……だから」
ここまで聞かれれば、宮岸と俺が過去に出会っていたというのは間違いないことだ。
しかし解決してないことはたくさんある。主に俺の中での問題ではあるが。それについてが彼女の口から語られた。
まずは名前が変わってる件について。理由については俺とほぼ同じ。宮岸の両親も離婚を経験していたからだ。
次に卒業アルバムに彼女の名前がなかった理由について。小学五年に上がる前に、静岡にある小学校に転校したから。
卒業までに転校してしまったのだから、当然卒業アルバムのクラス写真に彼女の名前はない。六年時のクラスで写真がまとめられるのだから。
でもってだ。これまで同じクラス、部活で過ごしてきて思ったことがある。なんでここまで俺に興味というか、関心があるのか。
もし昔に同じ学校とかで、しばらくして久しぶりにそいつの顔を見たって言うケースはそう珍しいもんではないと思う。
俺も中学に上がって、同じ幼稚園だったやつに再会した経験はある。別段仲が良かった訳ではなかったがな。そいつとした会話なんて、おぅ久しぶりだな。ぐらいだったし。
少なくとも。小学校の時に莉亜と葉月以外の女子と普段からよく話していたような記憶はない。それは宮岸にも言えることだ。
「なんでそこまで俺に?」
「と、言うと」
「うん。今の言い方だと誤解しかなかったなすまん」
言葉足らずって、時々とんでもないトラブルを産むんだよな。ソースはだいたい、俺と莉亜での経験談です。
「特別仲が良かったって訳でもないし。そうだったらあの時中庭で出会った時点で気がつくし、そもそも今更こんな会話なんかしねぇし」
「まぁ……そう、だね」
「高校入る前ってなれば、いくら小学校が同じだったって言ってもそこまで深い関係でもなかったし」
そうであったら、親密であろうがなかろうが記憶には強く残るはずだし。
「うん。あれから……ほとんど話すこと、なかったし」
「あれって?」
「もしかしたら、忘れてるかもしれないけど、私……はちゃんと覚えてるんだ」
「覚えてるって?」
「私……。大桑さんに助けられた、から」
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