第52話 即売会開幕
「いよいよだよ皆」
「これからすぐってなると、緊張しますね」
「きっと大丈夫。やることだってそう難しくないから、リラックスだよ莉亜ちゃん」
場内放送が鳴り響いてから数分。会場がより一層ざわざわとしだした。
「お待たせしました。只今より一般入場を開始します」
時刻は午前十時。当初の予定通り、一般入場が開始された。
「さぁ皆、戦闘準備。臨戦態勢だよ!」
「「「いえっさー!!」」」
「我が力を存分に見せつけてやろうではないか」
戸水さんが音頭をとると、莉亜と葉月と月見里さんは乗っかってテンション爆上げ状態。
言葉選びが騒々しいってかおっかないが、ハチャメチャなことにならんことを祈ろうか。
「先輩達、気合い十分だね煌晴」
「みたいだな。その気合いが空回りしない程度で頑張ろうか」
一般入場が始まれば、ぞろぞろとお客が流れ込んでくる。狭い入口から人が一人、また一人と現れると、あっという間に散り散りになっていく。各々がそれぞれの求める場所に向かって歩いていくのだ。
「ウォーターパレットの最後尾はこちらになりまーす!」
「一列に並んでくださーい」
コメンターでの宣伝効果が良かったからか、開始数分から短いながらも列ができていた。今は莉亜と葉月が整理誘導をしている。
人気のサークルともなるとうちらのは比較にもならないくらいの長蛇の列となっている。
「新刊とイラスト本、一冊ずつお願いしまーす」
「ありがとーございまーす。合計で千円になります」
「コメンターいつも見させてもらってます! 尊いイラスト楽しみにしてます!」
「あ。パピヨン先生は俺じゃなくて奥の方なので。呼んで来ますね」
SNSのコメンターやインスマを見て来てくれたという人もちらほらいて。
今は俺と月見里さんが手渡しで売り子をしてるから、大抵どっちかと間違われるのよ。その度に奥に座ってる戸水さんを呼ぶの、地味に大変なんですよ。
「新刊と、あとスケブお願いします」
「かしこまりました。こちらの整理券をどうぞ」
「コメンターとインスマにて、随時近況報告してますのでご参照下さーい」
新刊購入者で、スケブを依頼する人もいる。本日、戸水さんは基本的にその対応をすることになる。
ちなみにスケブを頼むにしても色々とルールはあるそうで。特に禁忌の方が多いらしい。
何も買わずに頼む。一枚で複数人のキャラを依頼する。スケッチブック以外を提出してくる。等々。
わざわざコメンターの宣伝と会場のポップにもこと細かく注意書きをしてあるので、そういう配慮のないやつの依頼は断固お断りしてくれと言われてる。それで二人くらい蹴ったか。
スケブ一枚でどれくらいの時間がかかるのかについては知らんが、干場さんが手が離せなくなるのは間違いないだろう。作業の進行次第では、途中で受付を締め切るそうだ。
「あの……写真いいですか?」
「いいよいいよー。どっちと撮りますかー?」
「我を所望か?」
「ひなちー。ウリエルのキャラが崩れるから今は教皇ヒナギクは封印してー」
槻さん作成の、薫と干場さんのコスプレはかなりの好評だった。写真撮影を所望する人も沢山いた。
「いえいえ、こんな狂気に満ちたウリエルも斬新で有りだと思いますよ!」
「貴殿は実に良い。さぁ……」
「では両方とお願いします」
「あ。俺もお願いします!」
途中、同じSBMのキャラのコスプレをしている人と巡り会って、一緒に写真を撮らせてもらった。
ちなみに薫を男だと見抜いた人。まだ開始三十分とはいえゼロだ。
イベント開始から早くも一時間。入場開始すぐの混雑も、今は収まりつつある。
「ありがとうございましたー」
「最初はワタワタしてましたけど、ちょっとは落ち着きましたね」
「そうっすねー。しおりーん、在庫の方ってどうすかー」
月見里さんが後ろの方を振り向いて槻さんに在庫の確認をしている。
「どうですか?」
槻さんは段ボールの中を確認してから、俺たちの方に報告してくれる。
「想定していた以上にハイペースで売れたから、もう半分近くは売れちゃったわね」
「うわーやば」
「それもこれもみんなのおかげね」
「いやいやー。もちろんそこにはちゃんと、しおりんだって含まれてるんすからね」
「あらあら。ありがとう湊」
売れ行きは順調そのもの。これから少しペースは落ちると見込まれるが、停滞さえしなければ午後三時前くらいにはノルマを達成するのではないかとのこと。
「わかちーのほうはどうすかー?」
「こっちはかなり忙しいみたい。依頼がたくさんあって」
「あー。そういや整理券、二十枚くらいは渡したっすからねー」
一番忙しいのは干場さんだ。一般入場始まったすぐから、依頼を受けたスケブを片付けていってる。ちなみに今は五枚目だという。一時間でこれはかなりのハイペースなのでは?
「わかちー。気合い入るのはわかるけんども、無理はしたらダメだかんなー」
「わかってるわかってる。それにこうして描くのは楽しいから苦にはならないわよー」
「そうっすかー。でもわかちー。エナドリ開けようとしてそういうこと言ってても、説得力ないっすからねー」
「……」
流石にここでエナドリ解放は早すぎるような気がします。そこは月見里さんに同意。
飲むなとは言わないですけど、飲みすぎはくれぐれも控えてください。
「わ、わかったわよー。なんて言ってたら六人目終わり! それじゃあ七枚目!」
「気合い入るのはいいですけど、適度に休んでくださいね。スケブ描けるのは戸水さんだけなんですから」
「あらあら私に気を使ってくれてるのかしら大桑君。だいじょぶだいじょぶ。これ描ききったら少し休むからー」
無計画にならず、自分の適度なペースで進めてくれてるなら、こっちが言うことはもう特にないか。
「ならそうしてくださいよ」
これだけ言っておくことにした。
「大変っすねースケブ係も」
「一人で何枚も描かないといけないですからね。その分こっちはこっちで頑張りましょうか」
「そうっすね。あ、興味がおありですか。あるなら見てってくださいよー」
どうやら新しいお客が来たようだ。こっちの話はこれくらいにしておいて、売り込みの方に戻らなければ……ってマジかよ。
まさか朝立ててしまったのであろうフラグを、早々に回収することになろうとは。
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