第53話 あぁ、バラしたくなかった。
「おーい仁科ー。ここだよさっき言ってたSBMの同人誌頒布してるサークル」
「おっ、そっちかー」
「ほらここだってここ。カタログにあったウォーターパレットっての」
やってきたのは俺らと同じくらいの歳の男子三人組。その中の一人には、クラスメイトである仁科篤人が含まれていた。
ふと心のうちで危惧していたことがよもや的中してしまうとは、果たして想像できたであろうか。
「あ。すいません。サンプルいいですか」
「どーぞどーぞ」
友人達と三人で、サンプルに目を通している。今のところは渋々付けたパピヨンマスクのおかげで顔が隠れているから、俺だとは気づいていないようだ。
俺はまだ一言も発していないし、特に売り子である俺らを気にしている様子も無さそうだ。
頼むから身バレせずにこのまま彼らには立ち去ってもらいたい。なんて言われるかわかったもんじゃないんだもの。
「お。そういや君、前に会わなかったかい?」
「え、俺すか? でも会ったことなんてありましたっけ?」
ちょいちょい月見里さん。地雷を起爆しようとしないでくれ。
それでも俺の無言の祈りは、月見里さんには届くことはなく。
「覚えてるっすかー。本入部前にちょこーっとお話ししたじゃないすか」
「あぁ! あの時のギャル先輩!」
何を思ったかマスクを外して篤人とにこやかに話し始める。売り子と客ではなく、学校の先輩後輩という関係になって。
「意外っすねー。こういうとこ来るってのもー」
「俺の友人がこういうの好きなんすよ。あそこにいる黒髪天パの奴なんすけど」
「ほーほー」
「俺ら中学からの仲なんすけど、今日はあいつがこのイベント行きたいって言うもんですから、俺らはそれについてきたって感じなんすけどね」
「理由はどうあれ、好意的に来てくれたのなら嬉しいっすよ」
向こうは向こうでなんとも楽しそうに話している。頼むからそのまま、そのままで。
こっちに話を振るな振るな振るな振るな振るな振るな振るな振らないでくれ。
こっちに振ってこないでくれと声には出さずに、ひたすら流れ落ちる滝の如く念を唱えてみる。そんな感じで無理やり月見里さんにテレパシーを送……れたらいいな。
「こうちんこうちん。お友達っすよ」
「……え、こうちんって……。てか大桑?」
「……」
言ってくれますか。言ってくれやがりましたか月見里さん。俺の望みは虚しくも叶わなかった。
言わんといてくれと頼まなかったこっちにも非はあると思う。しかし目の前でそんなこと言ったらそれでバレるじゃないですか。
だから俺には無言で念を送るように黙っといてくれと懇願する他ないんですよ。今ばかりはテレパシー能力が欲しいと切に願ってみたりもした。
でももういいや。バレたし。
「そういうこった」
もう包み隠すことを諦め、マスクをクイッと上にあげて素顔を晒した。
「お前までなんでこんなとこに」
「ここのサークル主である先輩の手伝いだ。ちなみに月見里さんじゃないからな」
「漫研ってこんなことまでするのか」
「うちの部長が特殊なだけだ」
今日に至るまでの経緯を、篤人に簡単に話した。
「へぇー。それはそれは」
「一学生が自分のサークルを持っていて、今はこうして売る側としてこのイベントに参加してるんだ。こんなことなかなかないだろう?」
こんなことまでしている学生が、果たして全国にどのくらいいるのだろうか。そうそういたもんではあるまいて。
「確かにないなそういうの。でもなんでそんなマスクを?」
「これがうちの正装らしいからだ」
「ほぉー。ところでこうちん」
「……なんだ」
同じ呼び方でも、呼ぶ人が違うだけでここまで印象が変わってしまうとは。と言っても今の篤人の場合はからかいも含まれているのだろうが。
「いいもんっすなー。女子の先輩にあだ名で呼んでもらえるとか」
「この人がそう呼んでいるだけのことだ。俺に限らず薫や他の部員もこんな感じで、独特のあだ名で呼んでんだよ」
「そういうもんかよーおいおいおい」
「そういうことなんだよ。冷やかしならご退去願おうか」
ずっと居座られてても困るので、半分脅迫気味で言っとく。こっちはそこまでのんびりしてもいられないので。
「わかったわかった。このくらいにしとくって。おーいまさー、買わねーのかー?」
「あぁすまんすまん。ちょっとこっちのコスの売り子さんと話をしてたとこだった」
「おいおい二人して何を勝手に」
「篤人こそ一人で勝手に盛り上がってんじゃねぇかこんちくしょう」
あのー結局どうすんだー。買うのか買わねーのかどっちだー?
「新刊とイラスト本、一冊ずつで。請求書はあの天パ宛に」
「へいへい。合計で千円になりまーす」
請求書は発行せずとも、それぞれ一冊ずつお買い上げ。誠にありがとうございまーすっと。
「そんでコスの売り子って……マジかよレベル高。どうなってんだよお前んとこの漫研」
「見てくれよ篤人、すんごいだろこれ! もちっと感といいこの溢れ出てくる抱擁感と言い、もう完全にスクルドちゃん!」
「うわぁーマジすか大桑。あんたらのご友人関係どうなってんのよ」
今になって考えても見れば、確かになかなかすごいと思いますね今の友人関係。いくつもの服飾ブランドを抱える家の御令嬢がいるってだけでもすごいことだよ。
「あ、あのい、い一枚写真いいっすか?!」
「まさ声張り上がりすぎ」
ご友人さんが緊張するのはわからんくもない。こんなに可愛いコスプレ美少女と写真を撮るってなれば。
でも一つだけ、訂正しなくてはならないな。
「いいよいいよー。って篤人もいたんだー」
「え。なんで俺のこと知って……ってその声まさか!?」
「うん。僕だよー」
だって篤人の友人さんが写真を撮ってくれと頼んでいるのは、女の子ではなく男の子だからです。
「……」
「どうした篤人。いきなり固まりだして」
「まさ。あれ、俺のクラスメイト」
「え?」
「……認めたくはないだろうが、男だ」
一瞬辺りは静かになった。写真を頼んだ薫は男であるという告白に、まさと呼ばれる篤人の友人はきょとーんとしている。
は、何言ってんだお前はって言う顔をしてる。
「おいおい何言い出すんだよ。確かにこういうイベントって、女装するようなケースって多いけどさ、彼女が男に見えるかおい。そんな感じぜんっぜんしないもん」
「おいおい」
「さっき手ぇ握らせてもらったけど、もちもちしてるしいい匂いしたし。どこからどう見たって……」
薫の元の見た目も相まって、今回のコスプレの完成度はかなりのもの。パッと見で男だと疑うこと自体、無理な話かもしれない。
「なぁ大桑。どう説明すれば納得して貰えると思う」
「知らんな。本人がいくら言ったところで無駄だろうし。周りの迷惑にならん程度でお前がどうにかしてくれ」
「どうにかって……」
篤人が解決策を求めてくるが、俺にもなんとやらだ。
確実に伝わる方法がひとつあるとすれば……ということで耳元で一応言っては見る。あくまでも最終手段ってことで。
「マジでか」
「最終手段だオススメはしない。だが嫌でも証明は出来る」
「……耐え難いが、もうそれ以外に方法は無いかもしれん」
そう言って篤人はご友人の元に戻ると、彼の右手首を掴んだ。そんでもって。
「桐谷、失礼」
「ちょなんだいきな……り……」
「……そういうことなんだ」
「……」
彼の手を、薫の鼠径部に当てた。
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