第45話 気合いと自信、十分です!
即売会の十日前。当日に向けた準備も着々と進んでいる。
なんて言っても、当日までにする準備のほとんどは戸水さんの担当だから、俺らにはほとんど関係の話になってしまう。俺らにできることといえば、心の準備をしておけよってくらいか。
そんなもんで部室では、いつものようにというか、これがいつものという感じか。雑談が繰り広げられることになっていて。
「こんな感じですか?」
「このような装いは如何なものだろうか?」
「どっちも少し違うかなー。腰の辺りをもう少し……」
向こうでは薫と干場さん、それから槻さんが何やらスマホの画面を見ながら話をしている。
「私のが……」
「そうそうりあ姉の方が……」
「んー。私的にはつぼみんの方が……」
「うぇぇーそうですかぁ……」
視線を反対の方に向けてみれば莉亜と葉月、それから宮岸と月見里さんが何やら言い争っている。
これに関してはもういつもの事だから俺はあまり気にしなくなった。
最初の対決以降、莉亜は何かにつけては宮岸に勝負を吹っかけるようになっていて。
本来は止めるべきなんだが、俺にはもう手に負えん。どっちかの味方するのはもとより、仲裁すら叶わない。
それを月見里さんは、あぁやって二人は成長してより仲良くなるもんなんすよー。なんて楽観的に語っている。
「どうなの煌晴!」
「お兄ちゃん!」
「……」
そして決着が中々つかないとなれば、決定権が俺に回ってくる。それに対する拒否権は、どういう訳か行使されない。いやできない。
「今度はなんだ」
「いつものようにイラスト対決っすね」
「二人のいざこざに俺を巻き込まないでくれよ……」
ほんとに勘弁して欲しい。またどちらか選べって言うんだろ。
「今回はすごい自信があるの! 負けたら校庭の木の下に埋めてくれたって構わないわよ!」
「そこまで言うか、おい?」
「……月見里さん。校内でスコップを借りられる場所に、心当たりありますか」
「あったかなー校内にそんな場所ー。てかあっても貸してくれっかなー。ホームセンターだったら麓に降りればあったような気もするんすけどねー」
「私を埋める前提で話進めないで貰えます?!」
宮岸がどう思ってるのかについてまでは知らんが、お前がいきなりそんなことを言い出すのにも非があると思うぞ俺は。
後、月見里さんはナチュラルに乗っからないで止めてください。
「すんませんすんません。ともかく埋めるのは無しで」
「……」
「なんでちょっと残念そうな顔してるのねぇ!」
相当ストレス溜まってたんじゃないのか?
「煌晴何とかして! あいつどうにかして!」
「どうにかって言われても……何をしろと」
「あんただったら言えばわかるでしょうよ! どうにかして今すぐ何とかして」
「とにも、かく、にも……揺らすな……」
俺の両肩に手を置いて、グワングワンと揺らしてくる。頭痛い上手く喋れん目がチカチカする。
「それで?」
「……ちょい待ち」
思いっきり揺らされたせいですっごい気持ち悪い。吐き気をもよおしてきたとまでは行かないが気持ち悪い。
ひとまず莉亜達から離れて、部屋の隅の方で何度か深呼吸。
ふかーく息を吸い込んでゆっくーりと肺の空気を抜いていく。これを三回。
ふぅ。ひとまず落ち着いた。さっき座ってたパイプ椅子に座り直し、それから一秒も経たずに。
「煌晴はどう思う? 宮岸さんについて」
「今日のお前なんか、てんで考えてることがわからんぞ!?」
「いいから教えい」
えぇー……何をどっからどう説明すりゃあいいんだよ。退路どころか進む道すら塞がれたようなもんなんだけど。
てか今更感極まりないけども。イラスト対決とか言っていながら俺はまだそのイラストを一瞬たりとも見ちゃいませんけども。何を選ぶかさえわからん状況で選べと言われてもどうすればいいんだってんだよ俺は。
色んな意味で返答に困っていたら、勢いのある忙しない足音が近づいてくるのが聞こえた。そしてその足音が止むと同時に、部室のドアが開けられた。
「やっほーみんなー!」
「おーわかちーやっと来たー」
珍しく一番最後にやってきた部長の戸水さん。
「あ。戸水先輩ちょーっとひとつお話が……」
莉亜が俺ではどうにもならんと見切ったのか、戸水さんが現れるや直ぐに彼女の方に駆け寄ってくる。
でも今の彼女にはそんな言葉など聞こえていなかったのか、返答ではなく報告の言葉が返ってくる。
「今度の即売会で頒布するやつのサンプルが届いたよ!」
「マジすかわかちー!」
「ほう……ようやくであったか」
「あの、戸水先輩……」
「サンプル読む? 莉亜ちゃん?」
「あ、はい。なら、お言葉に甘えまして」
今の戸水さんの勢いの前には、何者をも止めることは出来ないということか。
さっきまでの勢いから一転。完全に戸水さんのペースに。
「ずるいっすよりあちー。私にも見せてくださいよー」
「順番よ順番」
「そういえばもう一冊ありましたよね。僕、そっちの方見てもいいですか」
「どうぞどうぞ」
大きく二つに分かれていたものがあっという間にひとつに固まる。この部活において、戸水さんの及ぼす影響力というのは、底知れぬものがあるのやもしれない。
「無事にサンプルも完成したことだし、後は当日に向けて気合を入れるだけよ!」
「益々気合い入ってるねー若菜」
「そりゃあそうよ! 頑張るぞー私!」
当日まで後十日。この気合いが途切れることは無さそうだ。
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