第41話 より知って貰いたいから

「おはよう煌晴」

「おぉ。おはよう薫」


 土曜日の朝八時。いつものように莉亜と葉月の三人で登校して来て、生徒玄関でばったり会った薫に挨拶する。

 漫画研究部は土曜日に活動することは少ないんだが、これから即売会に向けた準備をしていくために、午前中に活動をすることになった。


 ということでこれから約三週間。即売会に向けた準備を進めていくことになる。と言っても俺らのやる仕事のほとんどは当日のことになるから、事前の準備となると、俺らにできることはそう多くはないと思うんだが。


「むむー……」

「何をしてるんですか」

「おぉ大桑君。莉亜ちゃんに葉月ちゃんも」

「おはよーございまーす」


 部室に来てみれば、先にいたのは戸水さんだけ。でもって何やらスマホの画面と格闘していた。


「おはようございます」

「薫ちゃんもおはよう。今ねぇ、告知の内容についてを考えていたのよ」

「告知、ですか?」


 そう言って立ち上がると、俺たちの方にスマホの画面を見せてきた。コメンター上の、あるサークルの投稿だった。


「漫画描いてる莉亜ちゃんだったら馴染み深いと思うんだけど、こういうイベント直前になると、サークルのアカウントなんかでこういうものを売るよーっていう宣伝があるじゃない」

「あぁー、ありますね」

「今それをどんな感じでやろうかなーってのを考えていたのよ」


 その後の戸水さんの説明曰く、こういう宣伝は非常に大事なことなんだと言う。

 参加者に広く知って貰うことはもちろんのこと。自分の頒布物に興味を持ってもらうという意味合いもあるんだとかで。


「宣伝はいいんですけど、肝心の頒布物の方は出来上がってるんですよね。売るもの未完成なんて話にならないと思いますし」

「その辺はもちろん問題無し。三ヶ月も前からコツコツと進めてきて、この前の試験休み前にはほとんど終わらせてあるの」

「はえー」

「あとは誤植とかがないかを確認するだけ」

「そうでしたか。あ、そういえばどういうのを今回は出すんですか?」


 そういえば。肝心の頒布物が何なのかを聞いていなかった。この人の事だから同人誌になるとは思うが、それでもなんの同人誌なのか、俺らはなんの説明も受けちゃいなかった。


「SBMの同人誌。今回は二冊出す予定なの」


 SBMというのは、一年ほど前にリリースされたスマホアプリの略称で、正式名称はソウルブレイブミスティリア。

 神や天使、悪魔や英雄の魂の集まる世界が舞台で、突如として訪れた混沌と災厄からその世界を守るべく、プレイヤーとなる主人公がその魂達を使役して戦っていく。というものだ。

 カッコよく、可愛らしく描かれた個性的なキャラたちが人気を呼び、リリースされた直後から同人界隈も賑わっているんだとか。


「今回はそのキャラ達によるイラスト本と、日常コメディでそれぞれ二十ページ弱で同人誌を作成したのよ」

「あぁ。そのゲームすごい話題になってますからね」

「大桑さんもやってるの?」

「スマホ買う前から気になっていたアプリだったので。先にやってた友人も面白いと言ってましたから」

「葉月もやってますよ。お兄ちゃんがやってるの見て始めました」


 周りの友達でもやっている人は多い。篤人もそうだし、クラスの男女問わずSBMの話をしている人は多い。アプリをしてなくとも名前を知っているという人は多い。それくらいに今話題のアプリなのだ。


「おはようございます」

「おっはよー!」


 あれやこれやと話をしていたら、宮岸と月見里さんがやってきた。


「なんの話してたんすかー?」

「莉亜ちゃんたちに今度頒布する同人誌の話をしていたの。SBMの」

「あぁ。あれっすか。私もやってますよ。友達が面白いって言うから始めたんすよ。普段からあんましゲームとかってやらないので、そういや最近ログインしてなかったっすね」


 いそいそとカバンからスマホを取り出した月見里さん。それにしてもこの人のスクールバック、なんかキーホルダーがいっぱいついてる。俺の勝手な偏見だけど、ギャルってこんなもんなの?


「あ。一週間ぶりでしたね」

「今起動しますか……」


 まだ全員揃ってないから部活始めらんないけどさ、今やりますか。今は自由時間みたいなもんですけど。


「……」

「どうかしたのか宮岸?」

「ゲーム、面白いの?」


 その一言で、俺以外が固まりだした。


「やってないの?!」

「……はい。ゲームはあまりやらないので。SBMのことについては知っていますが」

「ならやりましょうよ! 今すぐやりましょうよ! 今だったらフェスやってて、星五の排出率いつもの倍になってますから!」

「……」


 月見里さんがグイグイと宮岸に推し勧めてくる。宮岸がちょっとびっくりしてるからやめて差し上げてください。


「……面白いの?」

「俺に聞くか。まぁ面白いと思う。システム自体は比較的シンプルだし、ゲームをあまりやらない宮岸でも親しめると思う」

「なら……やってみようかな」


 俺の意見を聞いて、SBMをインストールし始めた。この場でやるんですか。後でも良くないですかと言いたいが、こうなってはもう聞く耳持たないのだろう。


「ってなんだ莉亜」

「やっぱり宮岸さんが煌晴にだけ気を許してる感が……」

「もういい」


 ココ最近、何度その話を聞いたと思っている。

 向こうでは宮岸と二年二人がスマホの画面に見入っている。どうやらチュートリアルは終わったようだ。


「これが強いってのはありますか?」

「今だったらフェス限ね。このピックアップで出てるキャラね。新規特典で三十三連回せるから、フェス限含めて三体引ければ上々じゃないかしら」

「わかりました」


 でもってこれからガチャを引こうとしている。てか部活はどうしたんだ。


「あれ、何をしてるの?」

「騒々しいでは無いか……」

「あぁ、どうも」


 いつの間にか干場さんと槻さんも来ていた。後から来た二人に、これまでの状況を簡単に整理して話した。


「なるほど。また湊と若菜の気まぐれね」

「すみませんね。そろそろ部活を始めないといけないのに」

「いいのよいいのよ。いつものことだから。それに、宮岸さんにSBMをより知ってもらういい機会って考えれば、ね」

「そういう考えができるのが、なんとも羨ましいっす」


 槻さんとそう話していたら、向こうの方がいっそう盛り上がりだした。


「フェス限三枚抜きって豪運じゃないっすか!」

「うわぁー羨ましー」

「そう、ですか」


 てか即売会の準備はどうなった。


「すいませんね。なんか」

「いいのよ。これがいつもの事だから」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る