第32話 学生なんだもの

 GWが空けてすぐのこと。


「こんにちはー」


 いつもと何ら変わらず。薫と部室に。にしても今日はなんか、いつもとは雰囲気が違う。いつも元気のいい月見里さんが、今日はなんだか頭を抱えている。


「どうしたんですか。いつも明るい月見里さんが」

「いつもとは様子が違いますよね」


 薫もそれには気づいているようで。聞いてみると、月見里さんではなく槻さんが答えてくれる。


「もう五月も半ば。月末には何がある?」

「月末……あぁ、定期試験ですか」

「そういえば、もうそんな頃でしたね……」


 そうだった。五月の末には定期試験が控えているのだ。前に槻さんが言ってたけど、月見里さんは勉強があまり得意ではないとのこと。

 本人は全てが苦手ではないとは言うが、槻さんは苦手なことには変わらないでしょうと言う。


「それで今、湊に英語を教えているところなの」

「そうでしたか」

「しおりーん。私もう頭パンクしそーっすよー」

「まだ始めたばかりじゃないの……」


 どうやら授業で出たプリントの問題を解き直しているようだ。添削を入れているのか、ボールペンの赤い字がびっしりと。


「勉強苦手ってのも、大変ですよねー」

「……」

「って、どうしたのよ煌晴」

「お前、人のこと言えないからな」


 この高校に入学するって言い出した時、あんたの模試判定Eだったんだぞ。しかも突出していいものもなくて軒並み低かったから、俺と葉月で五教科全部を叩き込むの大変だったんだぞ。

 何とか合格できたのは良かったが、入学できたからって気を抜いてもいいって訳じゃないんだぞ。


「今日の朝、英単語の小テストあったろう」

「あったよ」

「何点だった」

「……五点」


 おい。それは明らかな勉強不足だ。

 ちなみに範囲は単語帳から出題ページを事前に告知済。全部で二十問出題の記述式の小テスト。二十点満点で合格点は十四点以上だ。


「そういう煌晴は?」

「十五」


 まぁ俺も他人に偉そうに言えるような点ではないんだがな。合格したとはいえギリギリだし。


「お兄ちゃーん。私は満点だったよー」

「そうかそうかー。偉いなー葉月はー」

「えへへー」


 撫でてくれと頭を出してくるので、その通りにしてやる。

 葉月は俺よりも頭がいい。このくらいのテストで苦労することもない。


「煌晴って、なんだかんだ言う割に、妹さんに甘いよね」

「満点取ったんだから、褒めてやるのは普通のことだろ」

「自覚ないのって怖いなぁ……」

「なんのこった?」

「なんでもない。それにしてもすごいなー葉月ちゃんは。僕はギリギリノルマに足りなくて」


 薫は十三点で、あと一点足りなかったと言う。英語は苦手ではないものの、あまり得意じゃないんだと。


「覚えるのも簡単じゃないからね」

「そういう宮岸さんはー……どうなのかしらー?」

「十八点」

「……」

「これくらいのテスト。せめて半分は取れないと」

「……なんっかすっごいイラつく! 煌晴コイツ殴っていい?!」

「やめんか莉亜」


 暴力で解決しようとすんのはやめなさい。それもそうだしいい加減に仲良くしてください貴方達。俺の胃と心臓に悪いから。

 宮岸も喧嘩を売ったつもりはないんだろうが、莉亜は何かと敏感なんで言葉を選んでもらいたいもんだ。

 さてと。テストも近くて今そういう話題になったのならばちょうどいい。


「ちょうどいい莉亜。今朝の小テストの解き直ししようか」

「えぇー今部活中なのにー」

「そう言ってたらずっとやらねぇだろうが。ほらほら、月見里さんだって頑張って勉強してんだから」

「葉月も手伝うよーりあ姉」

「ありがどぉーはづぎぢゃぁーん」


 これくらいのことで泣くんじゃねぇよ。まぁやる気出してくれたのならいいか。


「りあちーも英語苦手なんすか。ならば私とお仲間っすね」

「そういうことでウキウキしないの湊。それに英語だけじゃないでしょ」

「うぅ……。そう言われちまうと、なんかへこむっすねー」

「学生なんだから、勉強は切っても切れないもんなのよ。分かったら手を動かしなさい湊」

「そうよ。詩織が懇切丁寧に教えてくれてるんだから」


 今ばかりは戸水さんと槻さんが、月見里さんの親のように見える。


「英語と……湊は後、古典ね」

「うわぁー。私古典がいちばん嫌いなんすよー。あれ将来いつになったら使うんすかー」

「グチグチ言わないの湊」


 月見里さんは文系科目が苦手だそうで。他については何とかなると本人は言う。それを槻さん達二年組はあまり信用してないっぽいけど。


「りあちーは英語だけっすか?」

「そ、そーっすねー。あははー」

「てか英語だけで済めばいいんですけどね。英語だけで済めば」

「……私の方ジロジロ見ながら言わないでくれない?」

「五教科全部やばかったこと。忘れたとは言わせないからな?」


 最初に公立入試の過去問解いた時、一教科平均四十八点だったものを、十点上げるのだけでもどれだけ苦労したと思ってるんだ。


「え。もしかして全部?」

「少なくとも中学の時はそうでした。受験の時は俺と葉月。莉亜に勉強教えるのに大いに苦労しましたよ」

「これは……ラグナロクをももたらす一大事では無いか!」

「まぁ一大事だってのには変わりないっすね」


 今ばかりは、干場さんのよく分からん発言にも共感できる。どういう言い回しであれヤバいってのは事実ですから。


「それに来週からは部活停止期間。ならばやることは決まりね」

「そうね若菜。来たる定期試験のために、湊と米林さんの赤点回避の為の勉強会を開いた方がいいと思う」

「私とりあちー心配してくれるのは嬉しいすけど、他の一年の子は大丈夫なんすかー?」


 月見里さんが、俺達一年に質問する。

 しかしだ。入学してすぐの実力テストを除けば、俺らは次の定期試験が高校入って受ける初めての試験になる。なので何が不安かと聞かれてみると、今ばかりはほぼ感覚で答えるしかない。


「僕は英語が少し不安ですね。なので今回のご提案はありがたいです」

「葉月は大丈夫だと思います。よくできた妹ですから。俺は……古典を見てもらえると」

「私も古典を教えて頂けると、嬉しいです」

「あらー。宮岸さーん……」

「お前は人の心配の前に自分の心配をしろ莉亜」


 一番ヤバイのはお前だからな。


「よし。それじゃあ明日から頑張ろうかー」

「今日からで。それでお願いします槻さん」


 行動は早め早めと言う。ならば今日からそうしようよ。

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