第29話 淡い思い出は儚くも?

 部屋を変え、さっきまで居たスタジオとほぼおなじくらいの広さの部屋に。


「おわー。いかにもそれっぽい感じにセッティングされてるんすねー」


 ソファーにカーペット、テーブル。漫画とかでしか見たことないけど、いかにもマフィアのアジトって感じの部屋だ。


「色々と頼み込んでねー。着替えは隣の部屋に用意してあるわ」

「ほいほーい。それじゃあお言葉に甘えましてー」

「早く行こうりあ姉」


 槻さんに言われて、他の皆がぞろぞろと部屋を出ていく。

 この場には、俺を除いて槻さんだけが残る状況に。


「あの……槻さん」

「どうかしましたか、大桑さん?」

「あまり時間は取らせませんので、ひとつ聞いても?」

「どうぞ」


 一昨日のことから始まって、今日のついさっきに至るまで。自分の中でずっと気になっていることがあって、そして今、戸水さんは居なくてこの二人しかいない。


「戸水さんのわがままから始まったことですけど、ここまで懇切丁寧な対応と準備をして頂いて。もちろんそのことは嬉しいです」

「そう言ってくださるなら、こちらとしても嬉しいです。それで、大桑さんの言いたいことと言うのは?」

「急な頼みだったのに、どうしてここまでしてくれるのかと思いまして」


 槻さんが立派なお嬢様であるからこそ、ここまでの用意ができる。それはまぁわかる。

 しかしだ。いくら友人にしたってここまでしてくれるのは、あまりに槻さんが聖人過ぎるのではと思う。今回の戸水さんからの頼みはあまりに急で無茶で、それこそ自分勝手なものでもあったろうに。


「見ての通り私はお嬢様。だから最初は、周りからは少し距離を置かれていたの」

「近寄り難い、ってことですか」

「そうかもしれない。中学からの知り合いはほとんど居なかったから。あぁ、いじめられたとかはないから安心して」

「いえいえ、そんな」


 そこまでは思ってませんよ。槻さんのような優しい人なら。


「それで入学してから一ヶ月が経った頃に、同じクラスだった若菜が私に声をかけてくれたの。私と一緒に部活をやらないかって」

「いきなりすぎますね」

「あの頃の若菜はとにかく校内を駆け回っては勧誘してたみたいだから」

「その光景が目に浮かびます」


 前に戸水さんが俺にその経緯を話してくれた時があった。この部活を立ちあげるまで、大変なことだらけだったと懐かしむように語っていたな。


「でもその時の私は漫画ってモノに詳しくはなかったの。どんなものなのって聞いたら、若菜は楽しそうに話してくれるの。時間さえあればね」


 休み時間、昼休み、放課後。連絡先を交換しては夜や休日にも。とにかくたくさん、漫画の話をしたんだと。


「それで私は、すっかりその楽しさに惹き込まれちゃったの。それに、こんな私にあれほどにまで話しかけてくれるのが嬉しかったの」

「そうなんですか」

「若菜と出会わなかったら、きっと今の私はなかった。私にとっての若菜は親友以上の存在なの。だからあの子のやりたいことに、私は応えてあげたいの」

「槻さん……」


 マジでいい人過ぎる。思わず泣けてきそうだ。


「さて。皆待たせちゃうからこれでおしまい。女の子の着替えは時間がかかるんだから」

「そうですね。すみませんこんなこと聞いちゃって」

「いいのいいの。昔の思い出を誰かに話すのって、思ったよりも楽しいことなのね」


 気分が良くなったのか、スキップしながら槻さんは部屋を出ていった。一人残ってしまった俺も、早いとこ着替えなくては。




「やっぱりマフィアはスーツで決めるのがいいわよねー」

「気分出るっすからねー」

「この姿も悪くない。ふっふっふ……、今の自分が末恐ろしい」


 十分弱で着替えが終わり、各自がマフィアの装いに。と言ってもスーツに着替えただけだけど。


「大人っぽく見えるよねー。りあ姉の身長がすこーし伸びたように見えるよー」

「おぉーそうかなー。そうなったらモデル志望もアリかなー」


 くどいこと言うようだが、あくまで見た目がだからな。着ただけで身長が伸びる服とかあったらみんな欲しがるぞ。


「いいもんだねー」

「……なぁ薫。なんでズボンじゃなくてスカートなんだよお前は」

「似合うかな?」

「少しは疑問を持て」


 俺はもちろんズボン。女子の方はズボンとスカートなんだが。薫はどういう訳かスカート履いていて。

 このスーツ用意してくれたのはメイドさんたちみたいだから、おそらく取り違えてしまったのだろう。


「すみません桐谷さん。すぐにズボンを用意しますので……」

「いいですよ槻先輩。これも悪くないですから」

「ですが……」

「槻さん。本人がこういってるので、汲み取っていただけると」

「そうですか……」


 もう諦めよう。薫の考えを変えるのは、俺には出来そうにない。てか初めて穿くんじゃないんですかそういうの。まさかとは思いますけど……そういうご趣味がお在りなんですか薫さん。


「でもまだ物足りないわね」

「そう言うと思って。向こうの棚に用意してあるから」

「向こう?」

「すごいっすよわかちー! モデルガンがたくさん入ってるっすよ!」

「ホント! 見せて見せて!」


 月見里さんの呼び掛けに皆が反応して、彼女のいる方に走っていく。遅れて俺も向かう。

 正式名称こそ分からないけど、中にはそれぞれ微妙に外見の違う様々なハンドガンのモデルガンが。


「どれもかっこいいな。こうして持ってみると……結構重量あるな」

「すごい……沢山ある。これもいいし……こっちも。あ、これもいいかも」


 持ってみるとなんだかワクワクしてしまうんだが、なんだか俺以上にワクワクしているのが左横に居た。


「なんか嬉しそうだな」

「……‼」


 ハンドガンを一つ手に取って、目をキラキラさせてる宮岸であった。よっぽど熱中していたのか、俺が話しかけたら針でも刺されたみたいにピクンと彼女の身体が反応した。


「あ、すまん。おどろかすつもりはなかったんだ」

「だ、大丈夫……。気にしてないから」

「この前もそうだったけど、こういうの好きなのか」


 戸水さんがマフィアパロを作りたいって話をしていたら、宮岸は何やら色々言ってはウキウキしていた。多分拳銃の名前だとは思うが。


「うん。好き」

「そっか」

「こういうことで話せる友達……居なかったから」

「スマンが、俺はあまり詳しくないんだ」


 ミリタリー系女子と言うやつか。あの物静かなイメージからは想像がつかないな。


「なら今度色々教えてあげる。男の子ならきっと興味を持ってもらえると思う」

「そっか。ならそんときは是非……」


 でもって銃の話になると人が変わる。饒舌になって目に水晶でも入ってるみたいに輝き出すのだ。それだけ好きなコンテンツということか。


「皆用意できた?! それじゃあ始めようか!」

「気が早いですよ。俺らまだ選んでるんで、もう少し待ってくれますか?」

「はいはーい」


 宮岸と話し込んでいるうちに、他の皆は用意をし終えたようで。各々気に入ったものを一丁構えてみてる。

 俺達も早く選んだ方が良さそうだな。


「ねーまだー」


 宮岸はどれにしようかと一丁ずつ手にとって考えている。

 俺は一番左に置いてあったものを手に取ってみる。アニメでよく見たやつだから名前はわかる。確かデザートイーグルだったか。なんだかよく馴染むような感じがするし、これにしようか。


「はーやーくー」

「……」


 戸水さん。うずうずするのはわかりますけど頼むから落ち着いてください。てか宮岸の手が止まったんだけど。

 かと思えば、宮岸は右手の置かれた銃を素早く手に取って、振り向き戸水さん目掛けて構える。


「……‼」

「ちょ、おま」

「あひん」


 でもって一発引き金を引く。食らった戸水さんは変な声を上げて床に倒れた。


「わかちー!!」


 倒れた戸水さんの近くから、オレンジ色の小さな球が転がっていく。これって……。


「BB弾とはいえ、なんで弾込められてんすか」

「そういうものだと若菜から教えて貰ったのだけど」

「確かにそうかもしれないですけど、観賞用ならそうする必要はないと思いますけど……。ってそうじゃなくて」


 いくらBB弾といえど、当たってしまえば多少なりともダメージはある。それに倒れたままなのが心配だ。


「大丈夫ですか戸水さん」

「……も」

「も?」

「もっとちょうだい宮岸さん!」

「……」


 ナニヲイイダスデスカ、アナタ。

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