第25話 マジなんですか先輩

「あ、煌晴。それに米林さんと葉月さんも」

「おう。早いんだな薫」

「近くでお昼を食べてから来たんだけど、コーヒーでも飲んで、もう少しお店でゆっくりしてても良かったなーって」


 土曜日。戸水さんに言われて俺は駅にいた。もちろん葉月と莉亜も一緒である。

 先に来ていたのは薫だけだ。白いパーカーにジーンズというシンプルな格好ではあるが、パーカはサイズがあってないのか手が隠れて萌え袖になっている。


 西口のタクシー乗り場近くの出口の辺りにでもいてくれと言われて来たんだが――――


「何するんだろねーお兄ちゃん」

「俺が知るわけなかろう。本人に聞いてくれ」

「えー」

「でも戸水先輩、何も言ってなかったんでしょう」


 突然提案してきた時といいその後といい。あの人は詳細について何も教えちゃくれんのだ。

 言われたのは、土曜日の一時に駅集合でってことだけだ。

 スマホを取り出し通話アプリを起動して、メッセージを確認してみる。


【大桑煌晴】結局何をするんですか戸水さん


 それでも詳細くらいは聞こうとは思って。二日前の夜に送ったメッセージがこれだ。でもこの質問に対する答えは何一つなくて。

 その後メッセージが何十件かは送られてはきていたんだが。ほとんどは全く関係のない雑談であって。

 この様子だと取り合って貰えそうにもなさそうなんで諦めた。


「季節外れではあるが、これから海や雪山に行こうって言い出すことはないと思うが」

「何をするんだかね」

「てか人多いよーお兄ちゃん」

「そんなもんだろ葉月。それにGWも近いんだから、人が集まるのは自然な事だ」


 県内で最大の駅だ。老若男女問わず、多くの人が集まるってことだ。

 それもあるし、数年前に新幹線が通ってからは外から人が入るようになってきて。特に外国人観光客の割合が増えている。

 駅の周辺数キロ以内に観光地が多くあって、張り巡らせるようにバスが通っていて移動が楽というのも、人が集まる要因であろう。


「だからってお兄ちゃんにしがみつくのはやめなさい。あと顔をくっつけて息吸うのもやめなさい」

「えー」

「えーじゃないの。周りの知らんやつから見たら変な風に思われるからやめい」


 ただでさえ人の集まる場所なんだから。てか葉月は恥ずかしくないのかよ。


「人が集まるのはいいんすけど。ここいらなんて東京とか大阪なんかと比べちったら、ぜーんぜん田舎っすよ」

「如何にも。あの魔都には、まだまだ足元にも及ばぬよ」

「あ、どうも」


 人が云々という話をしていたら、月見里さんと干場さんがやってきた。葉月をひっぺがした後でほんと良かった。見られてたら何を言われたか。

 てか魔都ってなんだ魔都って。そんな禍々しい場所ではなかろう。それだったら今頃東京でサバトか人海版モーセの奇跡でも起こってそうだけど。


「月見里さん。その……寒くないんですか」

「オシャレを楽しむには多少の我慢も必要なんすよ。それに最近はあったかくなりましたし」

「俺からすればまだ少し寒いんですけど」


 五月が近いとはいえ、この辺の四月なんてまだ冬の延長みたいなもんだ。堪えるほどではないが少々寒いというのは事実。

 それでも今日の月見里さんの服は、普段見る制服に比べれば露出が多く、肩の一部が見えているんだ。俺としてはその辺気になるもんだ。


「わかちーは来てないんすか」

「まだみたいですね。それから槻さんと宮岸も」

「まぁまだ時間まで十分ありますし、慌てなくてもいいっすね」

「ですね」


 なんて話をしていたら、こっちに向かって走ってくる少女が二人。


「おー噂をすればわかちーにつぼみん。やっほー!」

「やっほー湊ちゃん。バス降りたところでばったり会っちゃったのよー」

「……」


 噂をすればやってきた戸水さんと宮岸。にしても二人の様子は天と地ほどにかけ離れていて。

 ウキウキな戸水さんに対して、喋る気力もないのか既に疲れてそうな宮岸。


「大丈夫か、宮岸?」

「心配されるほど、じゃない。でもこの人想像以上だった」

「何が」

「バスを降りて会ってから、ここまで歩きながら話をしていたんだけど。あの人米林さん以上」

「まぁ……この部の部長だしな」


 以前の喧嘩騒動以降は、部室で莉亜と話をしているのはよく見る。莉亜が話し手となるのがほとんどであるが、なんだかんだ同じ漫画を描く者ウマが合うようで。

 こっから向こうのバス降り場まで、せいぜい百メートルほどしかないんだが、その距離を歩く短時間でここまで宮岸を驚かせるって何者なんだ。


「まぁ米林さんも大概だけど。よくあの人についていけるね」

「ついて行ってなんかねぇよ。俺はあいつに引きづられてばかりだ」

「そう……なの」

「あら。私がどうかした、煌晴?」

「なんでもない。漫画描くもん同士、お前と宮岸ってやっぱり気が合うんだなぁと思いまして」


 本質を悟られないように、適当に誤魔化しておこう。でもってだ。戸水さんが来たならちょうどいい。


「そんで戸水さん。ここまで来たんならもう隠すこともないと思うんですけど」

「隠すってほどでもないんだけどなー。でもサプライズってのもありかなーと」

「もう発言がめちゃくちゃっすよ」


 隠したいのかそう出ないのかどっちなんだか。なんにしても話してくれそうにはない。こうなったらまだ来ていない槻さんに聞く他無さそうだ。


「てか遅いですね槻さん」

「そうすかね」

「なんて言うか、時間にルーズなイメージってないので」

「あーわかるわかる。可憐なお嬢様ですし」

「ねぇ煌晴」

「どうした薫」


 まだ来ていない槻さんを待っている俺たちの前に、一台の黒い車が止まった。しかも普通の車ではない。このバスみたいに長い車体。これってその、リムジンってやつ?


「リムジンだよリムジン。僕初めて見た」

「落ち着け薫。確かに驚くこったがあんまりジロジロ見てると迷惑だから」

「でもでも……ってドアが」

「え」


 俺たちの前に止まったリムジンのドアが開いて、中から誰かが降りてきた。


「こんにちは。皆さんお揃いですか?」

「あ、はい」

「マジ?」

「すごいねーりあ姉」


 俺ら一年、みな驚いていた。目の前に止まったリムジンから降りてきたのは、槻さんだったんだから。

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