第24話 イメージが湧きません

 木曜日。早いもので入学から一ヶ月が経とうとしていて。でもってもうすぐGWという長期休暇が始まろうとしている。


「ふにゃあーん……」

「……」

「そにょーん……」

「どうしたんですかいったい」


 今日は部室に来てからずっと。まだ数分とはいえ戸水さんがテーブルに突っ伏したまま、変なことを言っているばかりなのだ。

 近くに置かれたスケッチブックは、真っ白な紙の上に、適当にぐちゃぐちゃに線が引かれているだけなのだ。


「部室に来てから、わかちーがずっとこんな調子なんすよ。後でジュース買ってきたげるから元気だしてけろ」

「へにょぉーん……」

「それで立ち直りそうにも見えないんすけど。気力がないってのとは、違いそうですし」


 月見里さんが彼女の頭を指でつんつん突きながら言っている。

 時々莉亜がこんなことになっているのは見るんだけどな。ネタが出てこないことによるスランプというものだが。今の戸水さんも、おそらくは同じようなものなんだろう。


「りあ姉も時々こんなことになってるよねー」

「お恥ずかしながら」

「イメージがぜんっぜんわかなくてねー。なかなか触れるようなもんでもないってのもあるからねー」

「何を描こうとしているんですか」

「今回はマフィアパロ」

「確かに難しそう」

「学パロみたいなもんですよね。私はよくそれで描いてますよ」


 二次創作におけるパロディというジャンル。

 中でも学パロについて、莉亜から聞いたことを簡単にまとめさせてもらうと。

 作中において学校というものの存在定義のない、または舞台設定のされていないアニメや漫画において。その登場人物達がもし学校に通ったらどうな風になるのか。ブレザーやセーラー服を着せてみた。というものを描いた、二次創作において人気のあるジャンルだと言う。


 他にも◯◯パロと呼ばれるものは多岐にわたって存在しており、今回戸水さんが取り上げたマフィアパロもその一つである。

 まぁ表記されてることそのまんまだ。もしそのキャラがマフィアだったらというパラレル設定によるものである。

 莉亜曰く、パラレルとパロディは別定義になるそうなんだが、俺にはその違いがわからん。


「イメージしろって言われると、スーツ決めてるのが思いつきますけど……」

「あとは拳銃とか」

「ひねりが欲しいの。ひねりが」

「そう言われましても……」


 俺だって思いつきやしませんよ。知り合いにマフィアはおろか、ヤクザでさえいないんだから。てか居たらそんな自分が怖いんだけど。

 漫画の設定とかで、ヤクザのお子さんってキャラがいるのってあるんだけど、実際居たらどんなもんなんだろうか。


「ベレッタM93にデザートイーグル。それから……」


 にしてもさっきから宮岸がソワソワしているのはなんなのか。こういうのに興味があるんだろうか。


「こんにちはー」

「私、降臨!」


 まだ来ていなかった槻さんと干場さんもやって来て、部員全員が揃った。


「あ。しおりん、ひなちー。聞いてくださいわかちーがしおれちゃってるんすよ」

「あらあら。どうしたの若菜?」

「アイデアが出てこないことによってぽけーんとしてるんすよ。なんとかならないすかー、しおりーん」

「ならば我に任せるが良い。我が魔術にかかれば……」

「うん。それはいいからね姫奈菊」

「ひどい?!」


 槻さんの干場さんのあしらい方ってか、扱いが慣れてるって言うか。


「まずは話を聞くことからね。何があったの若菜」

「うぇぇーん。しおりぃぃ……」


 月見里さんの口から、後から来た二人にも戸水さんがこうなった理由についてが説明された。ひとまず誰かしらとのトラブルがあったとかではないことを知って安堵していた。


「なるほどねぇ。いつもの事か」

「いつもって……」

「創作で行き詰るのはいつもの事だから。何事もすんなりいくものじゃないもの」

「割り切ってるんすね」


 戸水さんのこと。よく知っているってことか。この人についていけるのも、なんだかんだすごい。


「そうですよねぇ。直ぐにすごいアイデアが浮かんでくるような脳みそあるって言うなら私だって欲しいくらいですよーだ」

「無理言わない。そういうのも楽しさのひとつ」


 宮岸一人だけが大人に見える。


「アイデアアイデア……あ、そうだ詩織!」

「何?」

「頼んでもいいかな!」

「私は構わないけど……」

「どうしてそこで、槻さんが出てくるんすか」


 戸水さんはアイデアが出てなくて悩んでいたけど、槻さんに頼むことってなんなのだろうか。


「ねぇみんな。土曜日空いてる?!」

「土曜は空いてるっすよー」

「我も問題ない」

「僕も大丈夫です」


 しかも土曜日にて。アイデアくれってのでないなら、何を頼むというのだろうか。


「莉亜ちゃん達は?」

「特にやることは無いですね」

「葉月もー。もちろんお兄ちゃんも」

「勝手にそういうんじゃありません。まぁ暇なのは事実です」

「予定はありません」


 明後日にという急なお誘いではあったが、全員都合はつくようだ。しかし予定を聞いてどうすんだと思ったら。


「なら決まり! それじゃあ一時に駅集合で!」

「勝手に決めないの若菜。でも若菜はそういうのだから」

「そうそう。迷惑かけられるのはいつもの事。でもそのおかげで、なんだかんだ楽しませてくれるから」

「へっへっへっー」

「褒めてないよー若菜」


 気がつけば明後日に、皆で駅に集まろうと言う話になっていて。どういうこったよいったい。


「あのー戸水さん。集まるのはいいんですけど、何をするんですか?」

「もちろん私の今日のお悩みを解決するためだよ」

「遊びに行って、気分転換ですか?」

「半分正解かなー」


 どっちが正解なんだか。この人に聞いても取り合ってくれなさそうだ。ここはもう一人に聞くことにしよう。


「あの……槻さん。戸水さんが頼んだことってなんなんですか?」

「んー。それは内緒ってやつで」

「はぁ」

「明後日楽しみにしておいて。きっと驚くだろうから」


 槻さんは何をもったいぶっているのか。教えてくれなかった。楽しみにしてくれとは言っていたがどういうことだか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る