第22話 友人の手助けを
漫画研究部に入ってから、早くも一週間。まだ四月の末だと言うのに、もう自分の中ではお腹いっぱいにも思える。それだけ漫画研究部での日々は俺を飽きさせない、というよりはイベントを提供してくるのだから。
戸水さんや莉亜が色々手に負えなくなるくらいにハッスルしている時もあるんだが、少しは慣れてきた。と言うよりは、これまで莉亜の相手をしていたからだろうか。
なんにしても、ここでの部活は俺に何をさせてくれるのかという、ワクワク感を与えてくれるのやもしれない。そう考えると、放課後になるのが楽しみなのだ。
「こんちはー」
「どうもー」
今日も薫と二人で部室にやってきた。宮岸がいつも俺らより少し遅れてくる理由が気になるが、今日は担任との面接があるからであって。
思えば彼女はここに来る前の数分で何をしているのだろうか。時々トイレによってから来る日はあるんだが、それでも俺らの方が先に部室に来るのだ。そうなると用を済ましてから……という訳でもなさそうで。
まぁ個人のあれそれに突っ込んでいたら、自分が変態みたく思われるだろうからこれ以上考えるのはやめとこうか。
「いらっしゃーい」
今日は少し早めに来たこともあってか、部室にいるのは戸水さんのみ。鉛筆を持って、何やらスケッチブックに向かっているようだ。
「どうも」
「何を描いているんですか、戸水先輩?」
薫がそう聞くと、戸水さんが嬉しそうにスケッチブックを見せてきてくれる。
「どうかな? 可愛く描けたと思うんだけど?」
「すっごく可愛いです!」
「なら良かったわ。大桑君はどう?」
「あ……。いいと思います」
スケッチブックに書かれていたのは、ブレザーに身を包んだ猫耳少女であった。
しっぽまでついていて、コスプレではなくそういう亜人的なキャラなのだろう。
「文芸部にいる友達がネット小説を書いてるんだけど、前に挿絵を描いてくれないかーって頼まれたことがあったの」
「はいはい」
「それでひとつ描いてあげて、それを投稿したの。そしたら読者に好評だったーって喜んで貰えて」
「良かったですね」
その時のことを戸水さんは楽しそうに語ってくれる。挿絵が好評で読者も増えて。戸水さんにとっても良い練習になると、双方ほくほくだったと。
それ以降は、時々その小説の挿絵を描いていたんだそうで。
「それでそのイラストは、小説の挿絵になるんですか?」
「これは挿絵じゃなくて、登場キャラの設定画。話聞いてたら唐突に描きたくなっちゃって」
「設定画?」
「あそうだ。ちょうどいいから、ひとつ相談に乗って貰えないかな」
「相談って、なんのですか」
「その友人が前に書いてたものが無事に完結を迎えて、近いうちに新作を上げようって張り切っていて」
「次はどんな作品を書くんですか」
薫が聞くと、戸水さんから説明がなされた。
ジャンルはラブコメ。さっき見せてもらったキャラがヒロインの一人として登場するという。
冴えない主人公の前に突然現れるケモ耳少女との奇妙ではつらつな高校生活を。というのが大まかなコンセプトなんだとか。
「ここまで聞けば、相談を受けるようなこともなさそうなんですけど。連載途中で行き詰まっているというようには聞こえませんし」
「そうじゃなくて。まず決めるのは、タイトルとあらすじなのよ」
「タイトルは分かりますけども、あらすじはさっきの説明を少しいじればいいのでは?」
「なんかひねりがないって嘆いてて。それでいい案がないかーって言われちゃって」
「そういうことですか。俺はそれでもいいと思いますけどね。まとまってて伝わりやすいと思いますし」
ともかく。そのキャラの登場する新作小説のタイトルとあらすじのアイデアが欲しい。というのが、戸水さんの友人さんからの相談内容のようだ。
「だいたいはわかりました。他の部員達が来たら、考えていきましょう」
「そのつもり。だからその間に意見を考えてくれると嬉しいな」
「なら、そうさせてもらいます」
そうこう話しているうちに、他の部員たちもやってきた。宮岸が面接の為、少し遅れて部活に来ることは、事前に本人が言ってるだろうから多分知ってはいるとは思うが、一応俺の口から説明しておく。
宮岸以外の他の部員が揃ったところで、彼女らにも先程俺たちが聞いた説明がされる。
「今回はわかちーの友達の手助けってとこっすね」
「そのようね」
「この娘とっても可愛いですね! 名前ってもう決まってるんですか?」
「それはまだ決まってないそうね。これから決めるみたい。まぁそれは今はいいかしら」
「猫耳少女……。健気で儚いではないか……」
あのキャラの第一印象については、皆からの大好評のようで。
「あー猫飼いたくなってきたー」
「いきなりだな莉亜」
「だって可愛いじゃん! 動画とか見てると癒されるもん!」
「でもお前……」
「言わないで、わかってる! アレルギーなんだよこんちくしょう!」
莉亜は猫アレルギーなのだ。だから時々そのことを嘆いている。多少無理してでも飼いたいと本人は言うのだが、後から苦労という言葉では済まないことになるだろうから、やめとけやめとけ。
「辛いっすよねー。猫飼えないの。うちも父さんがアレルギーなもんで」
「ですよねー月見里せんぱーい。辛いんですよぉー」
「……猫談義はこのくらいにしとこうか」
「そうね。またあらぬ方向に脱線しそうだし」
こういうところに関していえば、俺と槻さんは合うらしい。ブレーキ役として。
「そ、そうねー。頼まれたことでもあるから、早いところ始めないとね」
「タイトルっすかー。考えてみるとなんか難しいっすねー」
「難しく考える必要はないんじゃないの湊。何事も柔軟にって言うし」
そんなこんなでいつもように、会議が始まるのだ。
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