第18話 納得いかない?

 模擬刀を鞘から抜いて、いくつか思いつく限りでポージングしてみる。

 スケッチのモデルになる以上は、しばらくは静止しなければならないことになる。あまり窮屈でなく苦しくならない体勢を。


 仁王立ちで構えてみたり、体の正面で刀が横を向くようにしてみたり。不良みたいな感じで肩にかけてもみる。なんてやってみていたら。


「そうだなー。ちょーっと動かないでもらえる?」

「え、なんです?」


 戸水さんが俺の方ににじりよって来ると、俺の体に触れては、俺の身体をマネキンのようにあれこれ動かしている。


「あの、戸水さん。モデルになる側なんで、なるべく楽な体勢でお願いします」

「これも違うなー。いやこれもいいかなー」


 あ、この人。俺の言ってることまるで耳に入ってやいねぇや。少々無茶をしてきそうなあれだわ。


「せっかくモデルになるんだからもうちょい決めないとー」

「そこまでこだわりないんですけど」

「何事も全力で出し惜しみ無しだよー」

「意味わかんねぇっす」


 あれこれ触られながら、俺の意思に反してポージングが取られていく。一応モデルは引き受けましたが、あなたのマリオネットになったつもりはないので。


「わかちー。私も手伝うっすよー」

「あの、ちょ、え」


 頼んでもないのに、月見里さんも参戦。戸水さんほどいじくってはこないんだが、それでも年上の女子二人がここまで近くにいるという状況。なんとも落ち着かないというか、ちょいとくすぐったい気持ちでもある。

 てかおい待てだんだん際どいところにまで手が伸びようとしているんだけど。今思えば、戸水さんが情緒不安定すぎる。干場さん以上にグラグラしてる。


「だいたいここまでしなくてもいいでしょうよ。ちょっと離れたところから指示出してくれりゃ、よっぽど変なもんでなければその通りにしますから」

「いやーせっかくだからあれこれいじりたくもなるんすわー」

「何がせっかくなのか全くもってわかりませんがね」


 その後もあれこれ身体を動かされては、気に入らないのかまた動かされ。その繰り返しだ。


「よし。こんなものか」

「ポーズ一個決めるのにどうして五分もかかるんですか」


 結局俺が二番目くらいにやっていたものを少し調整して、刀を右手で持って斜め前に突き出しようにしてかまえ、軽く腰を落とした体勢になった。

 途中「刀が主役になっちゃってる」だの、「顔が隠れてしまってるから」だの。色々と注文と訂正を言われて。でもって複雑な体勢をいくらか試しておいて、割とシンプルな体勢に落ち着いたもんだから、この時間はなんだったのだと。

 楽なもんに落ち着いてくれたのだけが救いなところか。


「こういうのでも様になるもんなんですねー」

「そういうものなのよ桐谷君」

「ならあのマネキンみたいに身体をいじくられた俺はなんだったんですか戸水さん」

「あるじゃない。いじくっていった挙句だんだん気に入らなくなって、結局最初の方が良かったーってやーつ」


 今の俺には理解不能。


 ようやく二人が離れていったところで、やっとこさ周りが見えるようになった。そしたら頬を膨らませた葉月が見えた。


「……」

「お兄ちゃん?」

「なんだ葉月」

「鼻の下が伸びてる」


 完全否定出来ないのが悔しい。女子の先輩二人に近寄られて、自分の身体をあれこれ触られようもんなら、平常心でいられる方が難しいと思うんだよ妹よ。


「変なこと考えてない?」

「思ってない思ってない」

「にしては顔がゆる~くなってる」

「気のせい気のせい」


 ちょいとでも堂々と振舞おうとは思ってはいる。せめて妹の前くらいでは。


「ともかく。用意は済んだので早く初めてもらえるとこちらとしてはありがたいのですが」

「あ、ごめんなさい。時間にも限りはあるし、それじゃあ早速始めましょうか」

「そうねー。始めましょうかぁー宮岸さん」

「そうね。勝負には興味無いけど」


 さっき勝敗くらいはっきりさせたいと言ったのは誰ですか。数分のうちに戦意喪失してんぞ。


「なんか余裕綽々そうなのが、なおのことムカつく」

「頼むからこらえてくれその拳をしまってくれ」


 入部早々、暴力沙汰は勘弁してくれ。お前自身の今後にも、俺としても困る。


「比較的平和な対決方法を提示してもらったんだから、それで納めてくれ頼むから。お願いだから!」

「まぁ……煌晴がそう言うなら」


 この二人が今後仲良くなってもらえればいいんだが。


「そんじゃあそろそろ始めちゃいましょうかー。大桑君お願いねー」

「はい、わかりました」


 何とか莉亜に拳を収めてもらったところで。莉亜と宮岸によるスケッチ対決が始まった。





「はい終了。三人ともお疲れ様」


 一時間は、思いのほか早くたったようにも感じた。遠目で見ていたからどれくらいのもんかは分からないけど、二人とも手の動きは結構早かったように見えた。それ故にだろうか。


 鉛筆を置いて貰ったところで二人の絵が皆に公開された。一時間といえど、二人とも全体像をはっきりと。ブレザーの細かいところまでしっかりと描き込まれていた。


「二人とも描き込みが丁寧だねー」

「私詳しいことはよく分からないんですけど、二人とも上手いっすね。あでも、どっちか選ばないといけないんでしょう?」

「そうねぇ湊。私もどちらを選んだものか、悩ましいものね」

「僕は……どっちにしよう」


 皆どちらにしようかと、大いに悩んでいるようだ。結果がどうなるか、すぐには見えないものだ。これはいい勝負になりそうな予感。


「私は迷わずにりあ姉に一票入れるんだけどなー」

「それがあるから、葉月は審査員から下ろしたんだ」

「えぇー」


 そうなれば公平性を欠きますから。当然の措置です。


 二人の絵を公開してから数分、考えてもらう時間を与えた後。


「それじゃあ結果発表と行きましょう。順番に挙げていくから、いいと思った方で手を挙げて。それじゃあまずは、米林さんから」


 まずは莉亜。月見里さんと干場さんが手を挙げた。葉月も手を挙げてブンブン降っているが、それはノーカンでお願いします。


「次に宮岸さん」


 今度は宮岸。薫と槻さんが手を挙げた。


「同点ね」

「いやわかちーはどっちなんすか」

「そうよ若菜。あなたはどっちなの?」

「神託の時は今か……」


 部長は神様ではないと思います。

 ともかくこれで二対二。決着は戸水さんの一票に委ねられた。


「私はね……」


 皆がゴクリと息を呑んで、戸水さんを見ている。そして彼女はこう告げた。


「どっちもいい! ということで引き分け!」

「「「……」」」


 一瞬皆絶句。でもって。


「「え……?」」


 莉亜と宮岸はこの一言であった。


「決闘を預かるとは言った。でも勝敗をつけようとは私は一言も言っていない」

「滅茶苦茶すぎるわ……」


 これ、どっちも納得しないオチだろ。そう思っていたら案の定。


「いやいやそれじゃあこの対決の意味は?!」


 莉亜が戸水さんにつっかかってくるわけで。宮岸はそうでも無いようで。まぁさっき勝負には興味が無いとは言っちゃいましたし。


「二人とも絵が上手くて、同じ漫画描いてる同士なんだから、仲良くしなさい!」

「そこに持ってくんですか」

「私はそれでも構わない」

「私は納得いかない!」

「ハイハイ終了終了。対決したいならまた別の機会に。ということではい握手」


 戸水さんは二人の右腕を無理やり掴んでやると、そのまま握手させた。


「これで終い! 二人とも仲良く!」

「「……」」


 お互いまだ納得していないような表情こそ浮かべていたが、この勢いに押されて諦めがついたのか、渋々互いの手を握るのだった。

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