第14話 私の部活に入りませんか?

 放課後になり。俺は図書室にやってきた。自宅以外の場所で一人でゆっくりと過ごしたいと思った時、俺はいつしかここに来るようになっていた。まだ入学してから一ヶ月も経っていないから、まだ片手で数えられるぐらいしか来ていないが。


 ここはとてもいい場所だ。外から聞こえる風や雨の音。グラウンドで部活をしている生徒の威勢ある声。そんな適度な雑音があって心地良いのだ。


 気の紛らわせにと、近くの棚にしまってあった文庫本から、面白そうだと思った一冊を適当に取って読んでいた。

 少しはリラックスできないかと思ったんだけど、なんかスッキリしねぇ。やっぱり現実逃避していてもいかんらしくて。


「どうしたもんかなぁ……」


 栞を挟んで、一度本を閉じた。でもって頬杖ついて考え直してみる。

 結局入部しようかと思っている部活がいくつもあって、一つに決められていないって言うのは変わってない。

 もちろん決めなきゃならない。しかしこのまま考えていたっても決まるわけがない。

 まだ仮入部の期間ではある。特に気になっているところ、また見学にでも行ってみようか。


「はぁ……」


 も一度ため息をついていた。これじゃあ何も解決せんなぁ。そうなったら、こんな所でのんびり考え事なんかしている場合でもないような気がしてきた。なんのための息抜きなのか、わかったもんじゃない。そんな新たな悩みが芽生えてきそうなところで。


「ごめんねー。お隣いいかなー」

「あぁ。構いませんよ……って」

「こんにちは。一年二組の大桑煌晴君だったね」

「あぁ、はい」


 隣に座っていいかと声をかけられたので返事をして。そしたらスケッチブックを片手に持っている戸水さんがいた。


「どうしたんですか」

「ここに来ると作業が捗るの。学校内で落ち着く場所っていうか。アイデアが浮かびやすいって言うか」

「そうなんですか」

「そのご様子だと君もここが落ち着くのかな?」

「まぁ……そんなとこっすね」


 気の合う仲間がいて嬉しいのか、戸水さんはにこにこしている。


「こうして顔を合わせるのは前に中庭で会った時以来かな」

「そうなりますね。あの後は、二人で部室の方に顔を出させて頂きました」

「ありがと。どうだった? 面白そうな部活だったでしょ?」

「はい。楽しくお話を聞かせて頂きました」

「ならよかった。それでどう?」

「……」


 正直に全てを打ち明けて話をしようものか悩んだが、この際誰かに相談してみるのもありかと思い、俺の心の内を戸水さんに話すことに。


「そっかー。やっぱり部活どこ入るか悩むよねー」

「新しいことに挑戦してみたいと思いまして。それで色々かじっていたら齧りすぎて取り返しのつかないことになってまして……」

「いいよいいよー。大いに悩んでくれてー」

「月見里さんにも似たようなことを言われました」


 そしたら戸水さんが、持っていたスケッチブックを机の上に置いてぐいっと迫ってきまして。


「な、なんでしょう……?」

「二度目の勧誘になるんだけど、良かったら漫画研究部に入らない?」

「き、きますねぇ戸水さん。一応候補のひとつには入れていたんですが」

「そっかそっかー。そう言って貰えると嬉しいなー」


 勧誘された時みたいに、テンションの上がっている戸水さん。それだけこの部活が好きなんだろうか。


「ひとつ聞いていいですか、戸水さん」

「何?」

「漫画研究部、槻さんと戸水さんの二人から始まったと言う話を以前にお聞きしたんですけども。詳しいことを聞かせてもらってもいいですか?」


 どうしてそう思ったのか、良くは分からないんだけど。なんだかこの人の部活についてをもっと知りたくなってきたのだ。

 そして気がつけば、そのことを彼女に質問していた。


「うん。いいよいいよ。そう言って貰えると私嬉しいなぁー」


 ますます戸水さんが嬉しそうにしている。


「まぁ大まかな中身については詩織……槻さんから聞いてると思うけど。この部活は私が詩織と一緒に作ったものなの。当然だけど漫画研究部なんかなかったからね」

「そりゃあ。去年からって言ってましたし」

「文芸部はあるんだけど、そういうのは少し違うの。私は小説が書きたいんじゃなくて、漫画が描きたかったの」


 この部活ができた経緯について。戸水さんは当時のことを懐かしむように語ってくれた。

 槻さんとは高校で知り合ったそうで、彼女の描く漫画に槻さんは興味を惹かれたんだという。


 漫画に関する部活がしたいという本人の意思があったが、当時はそういう部活はなかった。ならば作ってしまおうという結論に至ったようで。

 東奔西走しつつも何とか四階の空き教室を活動場所としてあてがわれ、今の漫画研究部を立ち上げたんだそうだ。そこに興味を持った干場さんと月見里さんが入部してきたんだとか。


 その後は自分のことについてを語っていた。持ってきていたスケッチブックを見せてもらいながら。

 莉亜の描くラフ画を見た事は度々あるんだが、それ以上にこの人の絵は上手かった。あのチラシのイラストも、戸水さんが描いたそうで。


「ということで。新入生が入ってくれたら賑やかになりそうで楽しそうだなぁってね」

「そりゃあ人が増えれば……ってなんですかいきなり?!」


 話が終わったかと思えば、戸水さんは突然俺の手を握って、目を輝かせている。あ、なんか嫌な予感がする。


「ということで! 入部しよう漫画研究部に! 是非!」

「なんか今日は前と違ってグイグイきますね……」

「自分から話を聞いてくるぐらいなんだからし、入部しようかとも考えてるんでしょ。なら決まりね」

「えぇ……」


 行動が軽率すぎたと、今更ながら反省しております。


「どうかなどうかな?」

「まぁ……嫌とは言いませんが」

「ならいいでしょうに。あ、良かったら。あの時一緒にいた君のご友人も誘って来てよ」

「考えて……おきますね」


 一応まだ、入ります。と宣言はしないでおく。一応こっちには部活を選ぶ権利はありますから。


「さてと。話してたらいいネタ浮かんできた。それじゃあね大桑煌晴君。来週部室で楽しみに待ってるからねー」

「プレッシャー、かけないで貰えると……」

「えぇー。話聞いてくれたんだし、私に細かいこと聞いてくるくらいなんだから、もう脈ありだと思わない?」

「脈って。そんな大袈裟な」

「いいのいいの。じゃーねー」

「あ、ちょ……」


 有無を言わさずか。戸水さんは図書室を出ていった。


 あの時とは印象が違っていて驚いた。莉亜に似て強引な感じがする。

 でも嫌な感じは不思議としなかった。それに何だかスッキリしたような気もする。


「それも有り。か」


 気がつけば、そろそろ図書室の閉まる時間だった。読んでいた文庫本を棚に戻してから、リュックを背負って図書室を後にした。

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