第15話 ようこそ騒がしき毎日よ

 それからまた休日を挟んで数日経ち、金曜日になった。いよいよ入部届けの提出日となった。

 担任の先生の話が終わってから放課後になると、各々入部希望の部活に行くために教室を出ていく。

 リュックに教科書なんかをしまってから、俺も早いところ行かなくては。


「ようやく決まったんだ」

「あぁ。薫と同じところに落ち着いたわ。かれこれ悩んでなぁ。でも何とか決められてよかったなぁって感じ」

「それならよかった」


 隣の席と話していたら篤人がやってきて、青いエナメルバッグを床に下ろして俺らの会話に介入。


「俺とは同じじゃないんだなー。大桑そこそこ運動神経もいいから、フェンシングもいいと思ったんだけど」

「そこそこってなんだ。そこそこって」

「俺に比べたらって話だ」

「お前は異常すぎんだよ」


 体育の時とか、篤人はもう大暴れしているようなもんで。五十メートル走は六秒台。シャトルランは百二十回越え。その他体力テストに関しても全てが高水準。まさに運動神経の塊のような奴だ。

 俺自身そんなに運動神経悪い訳では無いが、こいつと比べたら間違いなく霞んでしまう。


「昔っから鍛え方が違うんだ」

「そういや色々スカウトされてたなお前は」


 サッカーとか野球とかラグビーとか。どこでそんな噂が流れたのかは知らんが、篤人の運動神経の凄さを聞いてか、色んな運動部からスカウトを受けていた。


「色々大変だったんじゃないの?」


 薫が篤人に聞くと、腕を組んで篤人は答える。


「まぁな。こっちに来てくれーだの、うちに入ってくれないかーだの。その頃にはもうフェンシング部入るって決めてたから、断るのも大変だったよ」

「人気者は辛いようで」

「かもな。さてと、そんじゃあ俺はもう行くわ」

「あいよ」

「それじゃあまた来週ね、篤人」


 下ろしていたエナメルバッグを担ぎ直すと、篤人は威勢よく教室を出ていった。


「さてと。そんじゃあ行こうか薫」

「そうだね」


 ここで話を決め込んでても仕方が無いので。早いところ行くことにしようか。ちょうど仕舞うものもしまい終わったので、リュックを背負って教室を出た。



 その部室は、俺らの一年二組の教室からはそう遠くない。同じ階にあるし、歩いて三十秒とかからない。


「改めて来ると、なんか緊張しちゃうよね」

「俺はそうでも無いんだけど」


 特別棟の隅の方にある、漫画研究部の部室の前に。

 ノックをしてから部室の中に入る。そうしたら――――


「すみませー……」

「あ! お兄ちゃんだー!」

「のぶぅが?!」


 ドアを開けて一声かけた瞬間。本当に一瞬の出来事だった。


「葉月……。お前もここに入るのか」

「りあ姉がここに入るって言うから。私は特にこれだって部活もなかったからー」

「おうふ」


 莉亜は間違いなくここに興味を示すだろうとは思っていたが、まさか葉月まで乗っかってくるとは。頼むから自立しとくれよ。


「お兄ちゃんは部活の話、全然してくれないもん」

「どこ入るか悩んでるって話くらいは、家でもしただろうが」

「それだけで、詳しいことは言ってくれなかったじゃん」

「お兄ちゃんはそれだけ大いに悩んでたってことだ。それはいいから、そろそろ離れろ」

「えー」


 先輩らも見ている場でよくもまぁこんなことができますねぇ葉月は。


「あの……大桑さん?」

「あ、なんでしょう?」


 俺にしがみついたままの葉月を何とかひっぺがそうとしているところに、槻さんがこう聞いてくる。ある意味で爆弾発言を。


「その、大桑さんってそういうご趣味が?」

「いや違いますから! 葉月は……」

「え、そういうあれなんすか! そういうあれなんですか!」

「そういうのもあるのねー」

「月見里さんと戸水さんまで乗っからないでくれますか?!」


 先輩方から、さらに悪ノリを受け。


「ロミオとジュリエット。いや、生き別れし悲痛なる運命を受けた、儚き約束人との邂逅ということか……」

「話が大事になりすぎてますからね干場さん!」

「大魔皇ヒナギクと呼べ」

「前と肩書きが違う?!」


 やばい方向で拡散して。そしてトドメをさしたいのか。


「煌晴……」

「薫は事情を知っているだろうが!」


 ふーん。とでも言いたそうな目をしている薫であった。


「わかってるわかってるー」

「分かっててからかってんなおい」


 ともかくこのままじゃ埒があかん。葉月を何とか引っぺがす為にあれこれやってはいるが、今日はどうしたわけだかなかなか離れてくれねぇ。

 顔近い、体近い、色々当たってる。お前に恥じらいという感情は無いのか葉月?!


「莉亜。どうにかしてくれ」

「どうにかって言われても……」


 そこで何を躊躇する必要があると言うんだ。なんて言う茶番というか騒ぎをしていたら。


「騒がしい」

「……すまんかった」


 俺らと同じように、入部のために俺らより後からここに来た宮岸にそう言われた。


「何事なの」

「大したことじゃないといえば嘘にはなるが、喧嘩してたとかじゃないから落ち着いてくれ」

「そうするべきはあなたの方だと思う」

「……ごもっともです」


 冷静にこうも言われちゃあなぁ。

 その後は薫にも少し協力してもらい、何とかしがみつく葉月をひっぺがして。その後は中に入って先輩方に事情を説明し。


「妹さんねー。それも双子の」

「最初からそう言ってるじゃないですか。思い違いというか先走りで勘違いされても困るんですって」

「そうだったの。ごめんなさい」


 最初に勘違いしていた槻さんが、俺に頭を下げた。そこまでしなくてもと、俺は右手を振って返した。


「葉月はお兄ちゃんの妹でーす」

「わかったからいい加減に離れるんだ葉月」


 隣にすわった葉月が椅子を寄せて俺の左腕に絡んでくるので、また引っぺがしてやる。


「仮入部来てくれて名前聞いた時に、まさかとは思ったけど、ほんとに兄妹だったとはねぇー。大桑って名字はそう多くないし。個人のプライバシーもあるから聞くのは控えておいたのだけど」

「少しでもその理解が頭にあったのならば、あぁいうこと言わないでください戸水さん」

「いやーつい」

「ついってなんですか」


 取り返しのつかないところに着地しそうだったので、そういうのは勘弁してください。

 とまぁさっきまでのよくわからんイベントはもう横には置かずに捨てておくことにして。掘り返したり拾い直すのはやめにしとこう。


 その後数分は待っていたけど、他に新入生がやってくることは無かった。休みなどで後から入部届けを出しに来ることがなければ、新入部員は俺ら五人と言うことになりそうだ。

 ということで。


「さてと。それじゃあそろそろ始めましょうか」


 一転まともに戻った戸水さんを中心に、新入生歓迎のミーティングが始められた。

 各々の自己紹介から始まり、後からやってきた文芸部との兼任で顧問をしている先生からの話もあって。

 その後は少し話をした後、連絡先の交換をしてから解散となった。


「やったー。お兄ちゃんとーりあ姉と一緒のぶーかつー」

「良かったねー葉月ちゃーん」

「まさかとは思ったが、こうなるとはねぇ……」


 今日の帰り道。思えば、この三人で帰るのは久しぶりのことだ。主に俺が個人的な、適当な理由で学校に残っているのが原因だが。


「え、嫌なの?」

「そこまで言ってねぇわ」

「てか煌晴はどうして漫画研究部に?」

「まぁ見学もしつつ、話も聞きつつ。色々考えた末のことだ」


 先日戸水さんとあったことについては言わないでおく。自分の中ではそれが決定材料かもしれんが、正直に言うと修羅場になりそうだから黙っとこう。あの人だってホイホイ誰かに言わないだろうし。


「これから楽しくなりそーだねーお兄ちゃん」

「そうだよねー」

「先輩らに迷惑かけんなよ」


 あなた達が暴走しそうだから怖いんですよ。


 これから先も、俺は二人の面倒を見ることになるのか。そう考えるとこの先も、大いに苦労させられることになりそうだ。

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