第12話 決めなくてはいけない

 茅蓮寺高校に入学して、はや二週間。仮入部期間ももうすぐ終了し、来週になれば入部届を提出しなければならない。

 そうなれば、いい加減に入る部活を決めなくちゃならないんだけど。


「どうしたの煌晴。お昼休みだってのに頭抱えて」

「決まんねぇんだよなぁ。どの部活に入ろうか」

「朝からそんな感じだよね」


 お昼休み。今日は薫が弁当を持ってきていないという事だったので、お昼は教室ではなく中庭で取っていた。

 食堂はあるんだが、座席の数もそう多くはない。その代わり食堂は特別棟の一階にあるので、すぐに中庭に出られるのだ。トレーを持ち出して、そこで食事を取るという生徒が多いという。


 でもって中庭で昼食をとっていた俺たちは、部活のことについてを話していたんだが、俺の心は複雑なもんで。

 とりあえず、少しでも興味を持った部活は薫にも付き合ってもらって、一通り見学に行った。最初の漫画研究部の他、フェンシング、演劇、弓道、男子バレーに合唱。一応中学の時にやっていたテニス部の見学にも行った。

 先輩からも話を聞きつつ色々情報を頂いた、まではいいんだけど。そのせいで迷いに迷って決められなくなってしまったんだ。


「煌晴、色んな部活に興味を示したからねぇ」

「まぁ話を聞くに越したことはないと思ってさぁ」

「いや何がしたいんだお前は」

「高校入ったから、何か新しいことがしたかったんだ。そしたら色々あって大いに悩んでんだよ」

「その気持ちはわかるけどさぁ……。ある程度は絞っておけよ」

「少しは絞ったよ。流石に全部の部活を見学したわけじゃねぇし。あまりに無計画だったことを少しばかりか後悔してるよ」


 薫と一緒に俺の話を聞いてくれているもう一人の人物は、同じクラスの仁科篤人にしなあつと

 漫画研究部の見学に行った翌日。薫から勧めてもらったフェンシング部の見学に行った時に少し話をして、そのまま意気投合した。それ以降はクラスにいる時は三人で集まってよく話をしている。


「篤人は決めたのか?」

「おう。フェンシングが面白そうだったから、そこに入部することにしたぜ!」

「かっこよかったよねぇー」

「桐谷はどうなんだ?」

「僕はまだ決まってないかな。でももう二、三個くらいには絞ったかな。演劇とバトミントンと……あとは漫画研究部」

「ほうほう」


 薫の見た目が見た目だから、見学に来ると先輩たちはもとより、見学に来た同級生さえもザワザワさせたもんで。

 おかげで漫画研究部の月見里さんの時みたいに、人気出るから入らないってスカウトされた事例も何件か。極めつけが男子テニス部のマネージャー。何を考えているんだあんたらは。


「漫研って、見た目にそぐわず中々にマニアックなところをついてきたな」

「そういうコンテンツが好きだってのもあるし、行ったらそこの先輩にスカウトされたってのもあるし……」


 なんて話をしていたら。


「んー? あたしがどうかしたんすかー?」

「おうっふ?!」

「そんな拍子抜けした声出さんくてもいいでしょうに。声掛けただけじゃないっすかー」


 いきなりだったから驚いてんですよ。いきなり話題にあげてた人物が後ろから現れりゃ無反応でいられる方が普通じゃないんですって、月見里さん。


「どうも。月見里さん」

「よーっす」

「月見里さんはどうしてここに?」

「今日のお昼がサンドイッチだから、コーヒー欲しくて買いに来たんすよ。そんで友達も欲しいーっていうからその分も買いに。でも二階か食堂の自販機行かないと売ってないんすよねー」


 一応各階に自販機が備わってはいるが、設置場所によって品揃えが違う。しかも下に行くほど種類が充実してるときたもんだから、一年の俺らとしてはなんとも言えんものがあって。


「で。お友達で集まって、なんの話っすかー」


 今の俺達も椅子代わりに座っている、近くにあった六角形の木台に月見里さんは腰かけた。


「部活の話を。もうすぐ入部届出さなきゃいけないので」

「おーそっかそっかー。もうそんな頃か早いもんだなー」

「煌晴がどこに入ろうかと悩んでるものでして」

「いいよいいよー。大いに悩んでくれちゃってー。この先三年間の生活が決まる大事な決断なんすからー」

「相談に乗ってくれるのはありがたいんですけど、お友達待たせてるんじゃ?」

「え? あぁそうだったそうだった。お使い頼まれてんだった。いけねぇいけねぇ」


 月見里さんのご友人のこともある。向こうにとっては他人の俺が、月見里さんを引き留めてしまうのは迷惑この上ないだろう。


「そんじゃあ私はこれでー。教室で友達待たせちってるかんなー。放課後は基本部室にいますし、言ってくれれば相談には乗りますから」

「ありがとうございます」

「そこの君も、よかったらうちの部に遊びに来てよ。いつでも大歓迎っすから。そいじゃあわたしはこれで」


 すっと立ち上がって、月見里さんは左手に持っていた五百円玉をひょいひょいっと上に投げながら食堂のほうへと入っていった。



「なぁ……。めっちゃ仲良さそうにしてたけど、さっきの人なんだったんだよ?」


 さっきのやり取りをポカーンとしながら無言で聞いてた篤人が、月見里さんが立ち去るやすぐに俺に詰め寄ってきた。


「先日見学に行った、漫画研究部の先輩だ」


 嘘はつかず、正直にそう答える。


「え、あの人が?! 漫画とかそういうのとは無縁そうな陽キャな感じのあの人が?!」

「詳しいことは知らんが、嘘はついてはいない。確かに漫画研究部の部員だ」

「マジかよ」


 後ろに草でも生えてそうな笑いを篤人はしていた。かと思えば少し表情をきりっとさせてから篤人がこう言うのだった。


「俺、やっぱり漫画研究部入ろうかな……」

「気持ち揺らぐのが早すぎんだろ……」


 でもその気持ちの揺らぎようは、すぐに修正されたようだ。


「いやいや気をしっかり持てよ仁科篤斗! 中学からの友人とあの部に入ると決めたじゃないか。男の決意に、二言も訂正も否定もない!」

「おぉー。気合入ってるねぇー篤人」


 それでも以前からの友人と決めたことだからか。一度は誘惑に揺らいだ心はそう簡単に崩れることは無かったようで。


「ならそれでいいじゃねぇか。俺とは違って決意がしっかり固まってるなら」

「いやいやもうあんな明るくて楽しそうな先輩がいるって言うならそこで決まりでいいだろ大桑よぉ!」

「さっきのお前みたいに、そんなことで決めるほど俺は単純じゃねぇよ」

「少しは男の性とやらに飲まれてもいいでしょうよ。てかそれ以前に大桑」

「なんだよ」


 今度は少し睨み付けてくる。


「前にも聞いたが、同い年の幼馴染に双子の妹がいて。しかも同じ茅蓮寺ときたもんだ」

「おう」

「とすればだ。お前が今更あんな女子の先輩一人に近寄られようが動じたりもしないということですか」

「なぜそうなる」

「うらやまけしからんというかいい加減にしろよこの野郎が」


 勝手にそんなこと言われても俺が困るんだけど。


「待て待て。確かに前に話した通りだが、何もいいことばかりじゃねぇんだよ。付き合い長くて遠慮がないからこそ色々された」

「ほぉーう。ならぜひとも聞かせてもらおうじゃあねぇか」

「話してもいい。だがその前に。聞いたことを別の意味で後悔しないように」

「は? どういう……」


 というわけで。これまでの莉亜の武勇伝というか破天荒ぶりを、時間の許す限り語りまくった。次第に聞いていた篤人の表情は青ざめていた。

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