第11話 俺の思い違いなのか?
「あぁ、すまない。いきなりの事だったからちょいと驚いただけで」
「……そう」
あの時彼女は生徒玄関の方に歩いていった。まさか後からこんな所で会うだなんて思いもしませんでしたから。
「ひとつ、いい?」
「なんだ?」
いきなりのご対面だったけど、俺とは対照的に彼女は大袈裟に驚いた様子もなく、表情が乱れることもなかった。少し間をあけ咳払いをひとつしてから俺に質問してきた。
「漫画研究部。そこの部屋で合ってる?」
「あぁ。確かにこの先の部屋だ」
右手の親指で後ろのドアの方を差して言った。宮岸の左手には、あの時俺が貰ったものと同じチラシが握られていた。
「そう……ありがと」
宮岸はお礼を言ってから、俺の右横を通り過ぎて行った。
そしてドアをノックしてから部室に入っていったのが音でわかった。
ドアが締め切られると、中から月見里さんの元気のいい声が聞こえてくる。すぐにやってきた新しい来客に興奮冷めやらぬというところか。
「まさか今日、また会うなんてね」
「……」
「煌晴?」
「あ、いや。たいしたことじゃあないんだ」
改めて目が合ってみると、どこか記憶の片隅にあったような。という考えが浮かんでくるのは何故だろうか。
「やっぱり小さい頃に知り合った仲だったりするわけ?」
「もうそうなのかさえ分からんくなってきそうだ。ひょっとしたら、ただの俺の思いすごしなのかもしれないな」
「宮岸さん。あの部活に興味を示しているみたいだし、もしかしたら同じ部活になったりして」
「俺も宮岸も。まだあの部に入ると決めたわけじゃあないだろ」
「でもクラスは同じだから、関わることはありそうだよ。もしかしたらこの先わかるんじゃないのかな? ほんとに昔に会ったことがあるのか。もしくは煌晴の記憶違いだったか」
「どちらにしても、早いうちにはっきりさせたいもんだがな」
グダグダと話をしながら、生徒玄関まで降りて、そのまま薫と帰路に着いた。自転車を押して歩く薫と並んで歩き、高校近くの大通りまで来たら、そこからは帰る方向が違うので、そこでさいならと。
「ただいまー」
今日の漫画研究部でのことと、宮岸蕾のことについてを考えながら、気持ち少しゆっくり歩いて帰り、五時半頃に帰宅。
自分が後から帰ってくると、葉月が玄関まで駆け足でやってくるもんなんだが、今日はそうでも無いようで。
玄関で大きな音を立てた訳でもないし、部屋で勉強でもしていて気がついていないんだろうかまぁ毎回必ずってことでもない。そこまで気にせんくてもよかろう。
洗面所で手を洗ってから、二階の自分の部屋に向かう、その途中のこと。
「……ん?」
階段上がってすぐの所に葉月の部屋があるんだが、その部屋のドアの前に、畳まれた俺の下着が落ちていた。
「なんでこんなとこに……」
なんで畳まれた俺のトランクスが、葉月の部屋の前に落ちているんだが。でもそんな深刻に悩む必要も無いか。
多分二人の洗濯物をまとめて上まで運んできた時にでもポロッと落ちてしまったんだろう。そういうことだ。要は単なるアクシデント、事故だ。
「まぁそういうこったな、うん」
とりあえずは落ちてた俺のトランクスを回収して自分の部屋まで持っていくことに。
それにしても葉月の部屋のドア。少しとはいえ空いてたぞ。そろそろいい歳の女の子なんだから、自分のプライバシーくらいは自分で守りなさいよ。
「さて……と」
自分の部屋に入って、ベットの上に背負っていたリュックを放り投げた。
でもって制服のブレザーだけ脱いで椅子にかけてから、押し入れを開けて中を適当にまさぐっていく。
「どこに突っ込んだかなー。貰ってから一度も出した覚えがねぇんだよなぁ……」
もらったときの俺はなんも考えずにとりあえず押し入れの中にしまったから、どこに何を入れたとかなんか覚えちゃいねぇんだよな。
「こっちじゃあなくてだ。これでもなくて、それでもなくて……。お、あったあった」
左から片っ端にローラー作戦で探していって、逆まで行ったところでようやく見つかった。すごく損した気分だ。
俺が卒業した泉台小学校の卒業アルバム。近くにあった中学のアルバムも引っ張りだそうか悩んだが、そもそも中学が同じだったら親しくなくともあそこまで悩むことは無い。そんな奴いたなぁくらいの記憶はあるだろう。ということで出すのはやめた。
「さてと」
取りだした小学校のアルバムを部屋の真ん中に置いたテーブルの上に置き、一ページずつ開いていく。
「こうしてみると、ほんと昔は子供っぽい顔してたんだな」
アルバムの写真に写る俺と葉月も莉亜も。今とは違う丸っこく幼い顔をしている。
懐かしく感じてきたところでハッとして、頭をぶんぶん振って我を取り戻す。
「いかんいかん。思い出に浸るのは後にしてだ」
アルバムを取りだしたのは思い出を懐かしむためじゃない。俺の記憶のウヤムヤを解決するためだ。
各クラス一人一人の顔写真の下に書かれた名前を、右手の人差し指で一つ一つなぞりながら五十音順に見ていく。
一組。二組。そして……三組。最後の和田悠斗、まで見終わったところで指が止まり、同時にため息が出た。
「居ない……か」
探してみたが、『宮岸蕾』という名前はなかった。宮岸という名字もなければ蕾という名前もなくて。
「やっぱり俺の気のせいかぁ……」
放り投げたリュックは近くの床に下ろして、ベットの上に仰向けになった。
アルバムに名前がなかったって言うことは、俺の勘違いだったってことだろう。ならそれで片付いたじゃあないか。それでいいじゃないか。そのはずなのに、だ。
「ちくしょう余計にモヤモヤしてきた……」
でもどこか記憶の断片というか欠片が脳に刺さっているような気がして。
あの顔をどこかで見たという確信こそないけどそう言い張っているような気がして。
最初に中庭での時、そして漫画研究部の部室を出てすぐの時。二回とも、彼女の目が少しピクンとなっていたような気がしたんだ。
「……」
なんだったらもう本人に聞いてみるか? いやいやそれはやめとこう。今はクラスが同じってだけでろくな面識もない状態だ。
下手に突っ込んでも変に思われるだけのオチだ。思いつきだけで動くのはやめとこう。てかそんなこと深く考えてしまう自分が少々どころかかなり気持ち悪い。
「やめだやめだやめだ!」
両手で髪をわしゃわしゃと掻き回してから状態を起こした。
これ以上考え込んでたら今後しばらくは落ち着かなくなってしまうであろう。
「ともかく。俺と同じ小学校にも中学校にも、宮岸蕾という人物はいなかった。それがわかったんだ。それで一旦終いにしよう」
もし考え直す機会があったとしたらそれは、その疑いが確信に近づいた時のことだ。
そう心に決めて、アルバムを押し入れに押し込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます