第9話 大歓迎モード!

 せっかくのお誘いしていただいたというのもあるし、薫が行ってみたいからというのもある。今日はまだ時間もあるから、部室を覗いてみることにしようか。

 いきなり入部と決めなくとも、色々話を聞けばいい。向こうだってグイグイと引き込んでくるような真似はしないとは思うから。


「この地図を見るに、階段上がって左の方だね」

「まぁほんとに端っこの方だからな」


 部長さんにもらったチラシを見ながら、特別棟の廊下を歩いていく。でもって端までたどり着いたところで。


「ほんとに教室があったんだな。化学室とか生物室あったのは知ってたけど」

「端っこにあると、目立たないもんなんだねー」

「でも言ってた通りってとこだな。まぁ勧誘でそんな嘘はつかないか」


 各教室や特別棟の教室の殆どには、上の方にどういう部屋かを書き表した木製看板がある。今俺たちの前にある教室には看板はあるんだけど、何も書いていないんだ。

 でもその代わりに、ドアの近くには『漫画研究部』と書かれた木製の札がかけられていた。


「それもそうだよね。じゃあ早速だけど入ってみようか」

「そうだな」


 教室の中に入ろうとした時、ポケットの中に入れていたスマホが震えていた。こんな時に誰からだ。


「電話? 誰から?」

「えーっと……あ、葉月だ」


 電話に出るのが嫌とは言わないんだけど、このあと葉月が何を言ってくるのかを予想するのは、そう難くない。

 スマホの画面とにらめっこしてたら、薫が心配そうに言ってきた。


「煌晴。とりあえずは出てあげたら? 急ぎの用かもしれないだろうし」

「そうではない可能性の方が大きいんだけどな」


 電話かけてきたのが母さんでない以上、お使いを頼まれる訳でもない。放課後という時間で相手が今この場には居ない葉月というのを考えれば、もはや考えるまでもない。

 ため息ついてから、スマホの画面左下に表示された応答のボタンをタップ。


「はいはいなんの御用でしょうかー」

『お兄ちゃーん。今どこにいるのー』

「まだ学校の中」

『私はねー、りあ姉と生徒玄関にいるんだけどさー。一緒に帰ろうよーお兄ちゃーん』

「……」


 まぁ悩むまでもなくその通りであった。質問に答える前に、葉月に一つ質問してやる。質問を質問で返すなと誰かに怒鳴られそうだが、そこは気にしない。


「仮入部はいいのか?」

『いいや。それよか一緒に帰ろうよー』

「そうかい。悪いけどお兄ちゃんはもうちょい学校に残るから、今日は莉亜と二人で帰ってくれ」

『えぇー』


 画面の先で葉月がブーブー言ってそうなのは想像できる。頼むから自由にさせてくれよ。

 でもそう行ってきた割に、そのあとの返事はすんなりとしていて。


『はーい。じゃあそうしまーす』

「おう。そうしてくれー」


 ぴーぴー言わないでくれたのはありがたい。


『それじゃあ私は部屋で……お兄――』

「なんか言ったか?」

『あ。な、なんでもないのーなんでも。早く帰ってきてねー』


 一旦スマホから顔を離してなんか呟いていたつもりなんだろうが、何を言ってたかまでは聞こえんかったし。

 まぁ気にせんでおこう。個人のプライバシーにづかづか踏み込むのはよろしくないし。


「あいよ。んじゃなー」


 最低限の質問には答えたから、早いとこ着信を切った。でないと少なくとも三十分はこのまま立ち話になりそうだからな。


「妹さんはなんだって?」

「一緒に帰ろうって。まぁこっちはこっちでこれからやる事あるから断ったわけだが」

「誘っても良かったんじゃないの?」

「二人が加わると騒がしくなるんでな。少しくらいはゆっくりとさせて欲しいもんなんだ」

「そういうものなの?」

「そういうものだ。生まれた時の付き合いだからいくらかは忘れてそうなくらいに知ってるんだ」


 それくらい、彼女らについて多くのことを俺は知っている。

 もしかしたら、まだ知らない一面もあるのかもしれないが、世の中知らない方がいいこともあると言うので、あれこれ追求はしないことにしておく。


「さてと。それじゃあ気を取り直して入るとすっか」

「そうだね」


 まぁ莉亜と葉月のことは今はいいので。 

 右手に持っていたスマホを胸ポケットにしまい直してから、目の前のドアをノックした。


「すいませー」


 そうしたら、言い切る前に中から返事が来て。


「おー見学者?! いよいよ入って入って。どうぞ入っちゃってくださいよー!」


 ようやく人が尋ねてきたみたいなテンションだ。今日が仮入部初日になるんだし、俺らが最初の訪問者になるのか?


「まぁ……向こうがあぁ言っているみたいだし、入ろうか薫」

「そうだね」


 ということでドアを開けようと手を伸ばした時。


「のあぁぁ?!」

「いやーやっとこさ来てくれましたよー! 待ってるのって結構退屈なんすよねー……」

「そ、そうなんすかぁ」


 横にかけてあった木札が揺れるくらいにドアが勢いよく右にスライドされて、部屋の中から水色に近いくらいの薄い青色の髪した女子生徒が飛び出してきた。

 でもって前の方に立っていた俺の両手を掴むや否や、喜びの表れかぶんぶんと振ってくる。


「いやはや良かった良かったー。待ちくたびれたっすからー」

「というか今日が仮入部の初日ですし、まだ四時半なんですが……」

「それだけ待ちきれないってことっすよー。私じっとしてるのって嫌いなんすよねー」

「そ、そうなんですかー」


 テンションと言い話のノリといい。ギャルを相手にしているような感じだ。まぁ本物のギャルが何なのかなんて知るわけもないんだが。

 すごい。勢いがすごい。そう思っていたら、部屋の中から声がした。


「湊。新入生の子を困らせちゃったらダメでしょ?」

「すんません……。いやーだってーやっと来てくれた新入生の子なんですから私、張り切っちゃいましてー」

「その子の言うように、まだ仮入部期間は始まったばかりなんだから焦らないの。若菜と姫奈菊が勧誘で校内を回ってくれているんだから」

「ってことは、わかちー効果が早速現れたってことっすよね! そうっすよねーしおりん!」


 奥の方と言うか、部屋の中にはもう一人。お淑やかな金髪の生徒が座っていた。

 目の前の生徒にしおりんと呼ばれる彼女は、俺の方を見てにっこりと言った。


「ごめんなさい。驚かせちゃって」

「いえいえ。驚きはしましたが、とても明るい雰囲気なんだなぁ……と」

「仮入部希望、でいいんだよね?」

「はい。俺とあと、もう一人も」

「どうも」


 俺より少し後ろの方にいた薫も前の方に出て、部屋の中にいる生徒にぺこりと挨拶をした。


「せっかく来てくれたのだから、中でゆっくりと話しましょう。お菓子を用意するから」

「どうも、ありがとうございます」

「そうっすねー。それじゃあ二名様ごあんなーい!」

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