第8話 ヒナギク様のお言葉

 もう一人横にいたのは、紅髪サイドテールの生徒。まぁなんと言いますか……。目には見えないんだけど滲み出てくる何かを感じるっていうか。自分が病気ってわけじゃないんだけど、なんか痛々しいオーラが見える気がする。

 まぁそれ以前に。校内だって言うのに、ブレザーの上から大きな黒いマントを羽織っている。

 こちらとしても言いたいことも幾つかあるが、せっかくお声かけして頂いたのだから、話を聞くことにしようか。


「僕達ですか?」

「そーそー君たち君たち」


 薫が改めてそう聞くと、また茶髪の生徒がこくこくと頷く。

 俺たちを呼んだ二人の女子生徒がこっちに近づいてきた。茶髪の生徒が持っていた看板には、デカデカとした赤い文字で『漫画研究部熱烈歓迎!』と書いてある。


「漫画研究部ですか」

「そーそー。去年からできた部活でね。ちなみにあと一人入ってくれたら五人だから正式に部として名乗れるんだけどねー……」

「今ここでそういう話をされましても……」


 そちらのお気持ちはお察し致しますが、そういうことを言われましてもこちらとしてはすごく複雑な気持ちになるんですが。

 今はそんなこと言わずにもうちょい明るく振舞ってはくれませんか。


「まぁまぁ。暗い話はその辺にしておきたまえよ若菜」

「はーい……」

「さてとすまなかったなぁ私の下僕しもべが」

「下僕って」


 一体どう言う人間関係してんですかあなた達は。同じ部活の……お友達じゃあないんですか?


「ではそなたらよ。我が言葉に耳を傾けていくが良い」

「は、はぁ」


 なんかやばそうな演説が始まりそうだ。中庭の中心で何を叫ぶというか。


「我らが呼び止めに応じてくれたことを感謝しようじゃないか。コホン……。さてとまずは、名乗らせてもらおう。我の名をしかと己の心に刻みつけておくがいい」

「はぁ」

「あ。本格的にスイッチ入っちゃったよぉー……」


 あのー。これ部活動の勧誘なんですよね。なんか別のもんが始まろうとしてるんですけど。帝国第一皇帝の名誉演説ですかコレ。

 てか近くにいるなら止めてくださいよ。


「大魔道士ヒナギクだ。貴殿の魂にこの名を刻むといい」


 あ、そういう系なんすか。


「貴様らは運がいい。この私の目に止まったのだから。君たちにはこの先未来永劫、明るい未来を迎えられることを約束しようではないか」

「へ、へぇー」

「……」


 あの……突っ込んだり邪魔しちゃいけなんでしょうから、心のうちで言っておくことにはします。これってあなたが言いたいだけなんじゃないですか、部活勧誘のぶの字でさえ残っちゃいないんですが。

 てか隣にいる薫がさっきからメデューサとでも目が合ったみたいにぴたっと止まったままなんですが。さすがに呆れてものも言えない状態ですか。

 そんな俺らを他所に、ヒナギクと名乗る女子生徒の演説が続く。


「我と巡り会え、そんな我の目に止まっただけでも素晴らしきことだ。しかしそれではまだ足りぬ。満たされぬのだよ」

「何がですか……」

「まぁ聞くが良い。我らは今新しき贄を……いや失礼。清き志を持つ同士を集めているところだ」


 贄って言っちゃったよこの人。すぐに訂正したけどそう言っちゃったわこの人。

 俺らこれから何をされるんですか人体実験ですか。


「そなたらが望むというのであらば、是非とも力を貸してもらいたい。そして我らと共に野望を叶えようではないか!!」


 漫画研究部が抱く野望ってなんだよ。出版社にカチコミに行って漫画出してくれとでも頼むんですか。


「我からは以上だ。ご清聴感謝する」

「「……」」


 まぁ二人とも。最初は言葉が出んかったよ。そのあとのヒナギクさんの高らかに嗤う声が、中庭に響いた。


「言いたいことは言った? 姫奈菊ちゃん」

「……」


 演説も終わって。横にいたもう一人の生徒がようやく口を開いた。黙って聞いてはいたんだろうが、流石に詰まるところがあったのだろう。


「ダメだよー、一年生の子を困らせちゃったら」

「せ、せっかくの我の栄光を踏みにじろうと言うの?!」

「そうじゃなくて。普通に勧誘してって言ってるの。やっとこさ話聞いてくれる子に会えたんだから」

「こういうのはインパクトが大事なのよ! そのためにはこの私、ヒナギク様の出番ってもんじゃないの!」


 あのー。御二方?


「確かにインパクトはすごいけど、これまでそうやって、皆逃げられちゃってんだよ!」

「でも今回は成功したじゃない!」


 初対面の後輩の前で、二人でプンスカ喧嘩すんのはやめていただけませんか。

 さすがにこの隙にトンズラする訳にも行かんから、茶髪の生徒の方に声を掛けた。


「あ、あのー」

「あ、はい」


 そしたら直ぐに、落ち着いた冷静な返事が来た。でもって俺に頭を下げてきた。


「お、お恥ずかしいところ、お見せしてどうもすみませんでした」

「あぁ。いえいえ。先輩方が謝らなくてもいいですから。薫だってそれは……薫?」

「か、か……」

「か?」

「かっこいいですね、ヒナギクさん!」


 おうえーい? どうしましたんですかーかおるさーん?


「わ、わかるのかしら。私……いえ、我のこの神々しさが!」


 褒められて嬉しかったのか一瞬キャラが素に戻った気もするが、見なかったことにしておきましょうか。


「そのマントといい立ち振る舞いと言いホントにかっこいいです! これ以上の言葉が出てこないのが悔しいですよ!」

「お、おう……」


 封印でも解けたのか。薫の目がロボットアニメを見ている子供のような輝きを放っている。

 そのあとは薫と大魔道士ヒナギクさんとの二人で会話が弾んでいた。

 その横で俺はもう一人の方と話をしていて。


「その……なんて言うかごめんなさいね」

「いえいえ。むしろこういうの、俺には慣れっこですから」

「あなたも大変なのね。でも姫奈菊ちゃんだってホントはいい子なのよ」

「もう言い方がお母さんじゃないですか……」

「これでも部長だからねー。今更だけど、自己紹介させてね」


 そう言って彼女は一度咳払いしてから、俺に自己紹介をした。


「二年四組の戸水若菜とみずわかなです。漫画研究部の部長をしています。それでもう一人の……方は七組の干場姫奈菊ほしばひなぎくさん」

「あぁ、ご丁寧にどうも」

「こんな感じだけど、部活の方はちゃんとやってるよ。一応これを」


 そう言って戸水さんは俺に、一枚の紙を渡した。


「特別棟四階の端の方にある教室で活動してるんだ。仮入部も始まったばかりだし、気が向いたらでいいから顔を出してくれると嬉しいな」

「ありがとう、ございます」


 勧誘用のチラシを渡された。流石に漫画研究部のチラシ。挿絵がとても綺麗だ。莉亜がこの部活の存在を知ったら真っ先に興味を示すだろうな。


「もう一枚、あの子にも渡しておいてね」

「どうも」

「それじゃあ私たちはまだまだ勧誘をしていかないといけないから。ヒナギクちゃーん、そろそろ行くよー」

「もうなの。今いい所なんだけど?」

「やることはあるんだよー」

「……はーい」


 薫との会話が盛り上がっていたところを遮られて、少々不満げなご様子であった。それでも立ち去る時はまた役を作ってか。


「この私、ヒナギクの御加護のあらんことを」


 魔道士なのかシスターなのか分からんくなってきそうだ。



「薫。どうするよこの後」


 とりあえず聞いてみたら、こう返ってきた。


「煌晴が良ければ、顔を出してみたいんだけど、いいかな?」

「構わんよ。まだ仮入部期間はあるんだし。他の部活もゆっくり見ていけばいいだろ」

「ありがとう煌晴。このチラシによれば、四階の教室なんだよね」

「そういうこったな。そんじゃあ行ってみるか」


 中庭にいた俺たちは、近くにあった階段の方へと歩いた。

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