第7話 見覚えあったっけ?

 新学期の二日目は、実力試しのテスト。中学までの範囲だけかと思っていたら、数学だけとはいえ仮入学の時に出されていた課題からもいくらか問題が出されていた。

 まだ始めの方だからそこまで難しくはなかったとはいえなかなかの解きごたえがあった。

 やっぱり高校の授業となれば難しくなるもんだよな。これから益々頑張らなくてはならないな。


 最後の数学の試験が終わって放課後になったら、クラスの生徒達は気の合うもの同士集まって、次々と足早に教室を出ていった。

 実力テストも終われば、これから二週間ほどは仮入部の期間になる。どの部活に入ろうかと友人同士で楽しく話しをするものがほとんどだ。

 そしてそれは、俺と薫も同じこと。


「煌晴は部活、何やるかもう決めたの?」

「まだ決めてはいないな。でもせっかくだから、なんか新しいことやってみたいなぁとは思ってる」

「新しいことかぁ……。中学の時はテニスをしてたんだっけ」

「あぁ。中学生にとっちゃ人気のな。ただ俺としては自分自身よりも、葉月のことが不安でな」

「どうしてそこで妹さんのことが?」


 莉亜と葉月のことについては、昨日の放課後に紹介した。二人とも最初は面食らってたんだよな。何でだとは言いませんけど。

 昨日の夕飯の時に、母さんが部活はもう決めたのって聞いてきたんだけど、そこでの葉月の解答が「お兄ちゃんと一緒の部活!」だった。


 中学の時は葉月が運動苦手ってことで、俺と同じテニスではなく吹奏楽をしていたっけ。

 だから高校では俺と同じ部活がしたいというのだ。俺には完全な自由というものはないんでしょうか。


「成程。随分とベッタリなようで」

「そんなこった。高校生になったんだからそろそろ兄離れしてもらいたいもんなんだが」

「そういう煌晴の方こそ、妹離れできないとかは……」

「無いとは言いきれんが、葉月ほど重症じゃあない」


 そんな会話をしながら、中庭に置かれたホワイトボードに貼られた、部活勧誘のポスターを眺めていた。

 中庭やその周りの廊下では、勧誘に動いている上級生の姿がちらほらと伺える。


「高校からってなると思い浮かぶのは、弓道とか演劇とか……か?」

「ねぇ煌晴。それだったら、フェンシング部なんてのがあるよ」

「フェンシングって……あの細い剣使ってやるスポーツだったっけ。そんな部活あんのかこの学校」

「うんうん。僕の姉さんが在学中、フェンシング部に入ってたんだ。楽しかったよーって」


 フェンシングかぁ……。あんまり馴染みのないスポーツではあるが、そういうものもあるのか。


「あとは……僕は詳しくは知らないんだけど姉さん曰く、乗馬なんてものもあったって。あぁポスターあった」


 薫がホワイトボードの左端の方にあった一枚のポスターを指さした。そこには乗馬部の勧誘ポスターが。


「乗馬って。校内に馬の姿はおろか馬小屋なんかなかっただろ」

「なんか別のところでやってるんだとかーって。場所は知らないけど」

「おいおい……」

「文化祭の時なんか、乗馬体験のイベントをグラウンドでやっているんだってさ」

「なんてってか……変わった部活があるんだな」


 乗馬なんてなかなか出来ない体験だとは思うが、世話とか大変そう。


「……?」


 それにしても……なんかさっきまでは感じなかった誰かしらの気配を感じるなぁと思って右を向いてみたら。


「あ……」

「……」


 桜色の髪をした女子生徒。俺の隣に立って部活動勧誘のポスターを眺めていたようだ。俺が視線を向けてしまったことに気がついて、向こうもこっちを見た事で一瞬こそ目が合ったかと思ったが、俺らに向かって軽く一礼したらその後は会話も何も無く、彼女は生徒玄関の方に歩いていってしまった。

 向こうはただポスターを眺めていただけだ。なんか、申し訳ないことをしてしまったな。


「あの子……」

「あぁ、確か……同じクラスの宮岸さんだよ」

「よくすぐに名前が出てくるなぁ」


 まだ二日目。自己紹介あったのだって昨日のことだ。まだ全員の顔と名前が一致しねぇんだよ。まだ女子はおろか、男子の半数くらいでさえが。


「覚えるのは得意だから。ここの受験も、暗記中心の理科と社会で点を稼いだようなもんだから」

「お、おう……」

「点数開示の時驚いたよ。文系科目が思ったよりも取れてなくてね……。よく受かったなぁって思うよ」

「あるよなーそういうの。自分の中では自信あるつもりでも、いざ採点されて答案が返ってきたらそうでもなくて」


 だから俺は、テストを受けるのが嫌いと言うより、そのあとの答案が返ってくる時間がいちばん嫌いなんだ。変に緊張しちまうし、先に答えの紙配られるけど、アレ見たくないんだよなぁって。


「煌晴は点数どのくらいだったの?」

「言わなきゃダメなのか?」

「言いたくないならいいよ。無理強いはしないからさ」

「なら助かる」


 周りの奴らとか、テストの点がどうだこうだと話しているのは見るんだけど、どうしてそんなことで自虐を混じえつつ盛り上がれるのかが、俺にはついぞわからない。

 友達に「お前何点だった?」って聞かれても、俺は何を言われようが一貫して黙秘を貫きましたから。


 とまぁ入試の話からだいぶ逸れてしまったが、さっきの少女の方に話を戻すことにしようか。

 ふと一瞬目のあった少女について。彼女は同じ二組の宮岸さん。名前までは……わかんねぇや。でも薫はちゃんとそこまで覚えてたようで。

 改めて、さっきの少女の名は宮岸蕾みやぎしつぼみ。さっき一瞬見た通りだが、寡黙で口数の少ない女子生徒……というのが初見のイメージだ。さっきだって、一言も発していない。それにしても…………。


「どうしたの煌晴。歯茎の奥にニラでも挟まったような顔して」

「どんな顔だよそれ……。まぁ、なんと言えばいいか」


 それにしても、どこが俺の中で引っかかるところがあって。


「顔は覚えてるのに名前は出てこないってやつ? でも名前はわかっているんだよ?」

「そりゃあなぁ」


 薫に言われてようやく同じクラスの女子だって気がついたがな。


「ならその逆ってところ?」

「そうなのかさえ分からんくなってきたわ。俺の記憶いくら遡っても、宮岸って名字が出てこなくてさぁ……」


 少なくとも小学校でも中学校でも。同じ学年に宮岸という名前の生徒はいなかったと思う。蕾って名前は……てか苗字の方はいいとして、いちいち女子の名前まで覚えてなんかいねぇっての。


「思い出せたらいいね」

「それが出来ればな」


 家に帰ったら、一応卒アルでも押し入れから引っ張り出してみるか。

 そう心の内で決心した時だった。



「そこの二人組! ちょっといいかしら!」


 いきなり呼ばれたもんだから、少々びっくりした。声のした方振り返って見れば、その先にいたのは二人組の女子生徒。

 自分らを呼んだのかを念の為に確認するために、右手の人差し指で自分の方を指さして合図を送ってみる。

 そしたら二人組のうちの、看板を持ってる茶髪の方の生徒がこくこくとうなづいて答えた。


「そうだ。まさしく其方らのことよ……」


 あ。なんかヤバいのに捕まった気がする。

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