第5話 爽やか系……男子?

 肩がぶつかってしまっただけのことなんだから、一言謝ればそれで済む話なんですよ。でもそうすることができなかったのは、不覚にも見とれてしまいかけたからであって。


 背丈は俺から見下ろして、葉月と同じかそれより少々高いくらい。髪は短くふんわりとまとまっていて、高原のような爽やかな薄めの緑色。顔つきも可愛らしくて、も一度言うことになるが爽やかな雰囲気で。


 少女から少年に訂正した理由なんだけど、彼の下半身のほうに視線が一瞬向いたから。彼は葉月や莉亜の穿いているブラウンチェックのスカートではなくて、俺と同じダークグレーのズボンを穿いていたからなんだ。

 スカートではなくズボンを穿いている。原則男子はズボンで、女子はスカートなんだ。そういうことであれば、今目の前にいるその新入生の子は女子ではなく男子であるという証明に他ならないのだ。


「えっと……」


 一瞬こそ視線は外れたがまた合って……っていかんいかん。ついジロジロと、まではいかんが結構の間目が合ってしまった。


「あ、あぁすみません俺の不注意で!」

「い、いいよいいよ。謝るのは僕の方だから」

「いえいえこっちこそ」

「じゃあこれで終いにしよう。あれこれ言ってても何も進展しないからね」

「そうだな」


 お互い軽くペコッと一礼してから、別れることになり、名も知らぬ可愛らしい男子生徒は校舎の中へと入っていった。

 さてと……ちょっとしたアクシデントとはいえ、何とか収まってよかった。って思ったら、俺の左肩に柔らかい手がポンっと置かれて。


「お兄ちゃん。なんか目が泳いでたよ」


 葉月が横からむっとした顔で睨んでくるんだ。なんで誰かと話をしただけでこうなるんだよ、怖いよ。


「泳いでなんかねぇっての。突然のことだったから、ちょっと驚いちまっただけだ」

「その割には冷静だったっていうか、あんまり動揺していたようには見えなかったけど」

「言葉が出なかっただけのことだ。さっさといこう邪魔にもなるしここにいる意味だってありゃしない」


 息継ぎすることなくたんたんと言葉を発して校舎の中に入っていった。これ以上その事で言及してくんのはやめとくれ。



 生徒玄関の戸を抜けた後は自分の学籍番号の書かれたロッカーを探し、見つけたら早速開けて内履きに履き替え、スニーカーを中にしまう。

 それにしてもこのロッカー。下駄箱なんてレベルのもんではない大きさがある。折りたたまない普通の傘が難なく入りそうだし、使いようによっては必要なもののほとんどは収まりそうだ。


「お待たせ」

「遅いよーお兄ちゃん」


 大きなロッカーに少々感動していたら、二人を待たせてしまった。

 そしたら中庭を通り抜けて、生徒玄関の向かい側にある階段のほうに向かって歩く。

 前にここを通ったときは受験の時だったから、楽しむ余裕なんかなかった。だけど今となってはここが俺の新たな学び舎なのだ。思いきりこの開放感を満喫できる。


「広々としてるねー」

「すごい校舎だよねー。こんな変わった校舎初めてかもー」

「こういう校舎。全国的に見ても結構珍しいみたいだからなー」


 階段を上がって、一年生の教室がある四階まで上がったら、中庭に掛けられた渡り廊下を渡って教室棟のほうに。こうして上から見下ろしてみれば、この中庭の広さが改めて実感できる。


 渡り廊下を渡り切ってみれば、ちょうど五組と六組の教室の間に。三人ともクラスが違うんだから、一緒に歩いて行けるのはここまでだ。


「私はすぐそこでー、お兄ちゃんはこっちでー。りあ姉はあっちかー」

「そういうこったな。高校生になったんだから、ちゃんと新しい友達作るんだぞー葉月」

「んー私はお兄ちゃんとりあ姉がいればいいんだけどなー」

「あんたが言えた口なの煌晴」

「いつも俺にすり寄ってくる二人を案じてのことだ。んじゃあ俺はもう行くからなー」


 これまでちゃんと、同年代の男友達はいたからな。何度か俺の家に来たこともあったろうよ。

 でもほとんどが散りじりになって、皆違う高校に行っちまったんだよな。時々連絡をとってはいるんだけど、あいつらは上手くやっているだろうか。


 これ以上二人の話に付き合っていては、いつまで経っても本当の意味で新しい生活は始まらない。

 これからは立派な高校生だ。色々ありすぎてなかなか言葉に表せはしないけど、まずは新しいことを始めたいもんだ。具体的に何をするかなど、まだ決まってはいないがな。



 教室の扉に貼られた紙で座席を確認。クラスの中だと上から五番目になるから、窓際最後列。これはこれで嬉しいもんだ。少し緩くなったネクタイを締め直していざ教室の中に。

 当たり前だが、知らない顔ぶればかり。莉亜や葉月以外にも同じ中学から来たやつもいるんけど、クラスは別だしそもそもそこまで親しくはない奴がほとんどだし。

 先に来た者達は近くの席の者同士で話をしているようだ。俺の周りの座席には、今はまだ誰も居ないようだ。


「(ともかくまずは座るか。荷物置きたいし)」


 とりあえずは自分の座席につこう。その後のことは、その時に考えるとして。

 窓際最後列の自分の席に、リュックを下ろした。でもって気がついたことがひとつ。入口からではわからなかったけど、隣の机の横に黒いリュックが置かれていた。今は席を外しているようだが、どうやらもう来ているらしい。


 そうだとすれば、隣の人は一体どんな人なんだろうかと想像してみる。教室の張り紙には学籍番号しか書いてなかったから、名前もわからなければ性別も分からない。置かれているのがリュックじゃなくてスクールバッグだったらすぐに女子とわかったもんなんだが。

 生徒玄関の方にはちゃんと氏名も書いてあるんだけど、自分のを探すのにしか意識が向かなかったし。

 まぁそれはそれとして。仲良く出来ればいいな。親しみやすい人だったらいいな。


「あ。お隣さん?」

「え、あぁはいそうで……」


 そうこう妄想を少しばかりか広げていたら、隣の人が戻ってきたようで。

 でも振り返って見て、思考回路停止。俺の体は石細工の彫刻のごとく固まった。


「もしかして君、さっき玄関で会った……よね?」

「え、あ……。あ、あぁーそ、そうだったなー確かに……そうだ」


 まさかのまさか。俺の隣の席に座っていたのは、さっき生徒玄関でばったりと目のあった男子生徒だったんだから。


「そっかそっかー。こういうこともあるんだねー」

「そ、そうだな。びっくりしたわー。はははー」


 気まずい訳では無いんだが、どういうこったか視線を合わせづらい。向こうはそんなに気にしてないみたいだけど、俺としてはその……なんだ。なんというか。


「これも何かの縁ってやつなのかな。僕、桐谷薫きりたにかおるって言うんだ。これからよろしくね」

「あぁ……よろしくな。俺は、大桑煌晴だ」


 まぁでも。高校に入ってすぐに新しい友達ができたのは、いいことか。

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