第4話 今日から始まる新生活

「いってきます」

「行ってきまーす!」


 あっという間に四月になり、今日からついに高校生に。新しい制服に身を包み、用意を整えた俺たち兄妹は、今日から始まる新生活に意気揚々としながら家を出ていくのだった。

 言葉にまで感情はのらずとも、普段よりも少しばかり早く動いている心臓の鼓動が、これから始まる新しい生活への期待の表れとなっている。

 俺の家の前まで来ていた莉亜と合流して、今日から通う高校へと歩いていく。


「今日からついに高校生かぁー」

「そうだねー。お兄ちゃんと一緒のクラスになれるかなー」

「葉月。それは多分無理だと思う」

「えーなんでさーお兄ちゃーん」


 俺と同じクラスになることを期待している葉月ではあるが、ここは現実というか摂理というか、こうなるであろうという仮定をひとつ。


「いいか。頭のいい葉月のことだから、ちょっと考えてくれればすぐに分かることだ」


 今日から通うことになる高校の募集定員は四百人。四十人で一クラスなんで、十クラスもあるんだ。俺と葉月、クラスが同じになる可能性はそう高くない。むしろ極めて低いと言い切ってしまった方がいいだろう。

 まぁ可能性がどうこうとか考える前にひとつ。


「葉月。俺と葉月は血の繋がった双子の兄妹なんだ。これまでがそうだったように、多分高校でも同じクラスになることはまずないと思う」


 小学校の時も、中学校の時もそうだったんだ。高校になってもそれは変わらんと思う。同じ名字の生徒が二人いるクラスの担任の気持ちを考えてみてくれ。俺ならその人を労ってやりたいくらいだ。


「でもひゃくぱーないって言いきれないじゃん! だったら可能性はあるってことじゃん!」

「あーそうかもなー」

「大丈夫だよ葉月ちゃん。私と同じクラスになれるかもしれないからさー」

「りあ姉と一緒のクラスかぁ……。それもいいかも!」


 葉月は俺か莉亜か。同じクラスになれたらいいなと言う。

 夢のないこと言ってしまったかもとは思うが、世の中そうそう段取りよくってか思い通り行かないことの方が多くって。

 てか今更になって思うことなんですが。



「葉月は俺よりも頭いいんだから。あそこも十分いいとこだけど、葉月ならもうちょい上行けたんじゃないか?」

「だってお兄ちゃんと一緒のとこ行きたかったんだもん! そういう高校生活がしたいんだもん!」

「……そうだな。そういうあれだったな葉月は」


 今更なんだが。妹の葉月は重度のブラコンである。そう……ブラコンである。大事な事だから一回だけなんて言わず二回言わせてもらおう。

 てかこういう時によくあるけど、重要なことなのになんで一回しか言わないんでしょうか。

 なんなの再生終わったら証拠隠滅か機密保持を理由に焼き切れるビデオテープなの? 実際そういうものがあったとして、どういう原理で焼き切れるのかを知りたいものだ。


 まぁそんなことはどうでもいい。重要なのは、葉月がどれくらいブラコンなのかってことだ。

 小さい頃から、何をするにしてもしょっちゅう俺にくっついてくるし。

 小さい頃とか何度一緒に風呂に入っていたことか。今も時々俺の気が緩んでる隙を狙ってかせがまれることもあって。流石に断ってはいるがな。もう子供じゃあるまい。

 物心つくようになって、葉月がお兄ちゃんと呼ばなかった日など、果たしてあったのだろうかと思うほど。


 でもって極めつけに。これは三年くらい前の話にはなるんだが、俺の不注意で葉月が着替えをしているところに部屋に立ち入ってしまったことがあるんだ。

 ドアをノックしても返事がなかったが、その日その時は家にいることは知っていたから部屋の中に入ったんだ。そしたらさっき言った通りになってしまったんだ。

 慌てて視線を逸らし、部屋を出ていこうとしたんだが、その時に葉月に呼び止められたんだ。


 葉月に怒鳴られる覚悟で足を止め、返事をしてみて返ってきた葉月の言葉はこうだった。


「お兄ちゃんだったら……見られてもいい。むしろ見られて欲しいくらい!」


 あまりに衝撃的すぎて一瞬は思考回路ショート仕掛けたが、それでも葉月があんなこと言ってきたんだ。壮絶すぎたもんだから、今でもその言葉の一字一句、しっかりと脳に焼き付いている。


「どしたのお兄ちゃん?」

「なんでもない。……なんでもないんだ」


 葉月のブラコンぶりを思い返していたら、あの日の下着姿を思い出した。なんて言えない。





 茅蓮寺みょうれんじ高校。今日から俺たちが通うことになる高校だ。

 この高校の最大の特徴を挙げるなら、この高校の校舎の構造にある。教室棟と特別棟によって挟まれるようにして作られた、大きな中庭があるのだ。

 普段であれば、昼休みや放課後には生徒の憩いの場となる。文化祭の時にはそこでステージ演目が行われるんだそうだ。

 去年の夏休みに体験入学に行って、初めてこの校舎の中を見た時は驚いた。この開放感ある空間は斬新で面白いなぁと。こんな学校で高校生活を送れるのならば、それはとても楽しそうだなぁと。


 それで俺はこの高校を受験することに決めたんだ。そしたら葉月と莉亜もここを受けるって言い出して。

 葉月は頭いいから特に問題なかったんだけど、莉亜の方は勉強に苦心したなぁと。元々成績いいほうではなかったし、模試の合格判定もあまりよろしくなかったからな。

 でも今は三人揃ってこの高校に通っている。無事に莉亜も受かったというのならそれはそれで良い事だ。



 生徒玄関の前では、俺たちと同じ新入生達が、自分のクラスはどこかと期待に胸膨らませながら探している。

 俺たちも、早く自分のクラスを把握しなくては。三人揃って、人混みをかき分けながら張り紙の前へと歩く。


「俺は……二組だな」

「お兄ちゃん二組なの!」

「言っとくが葉月の名前はなかったからなー」

「そういうネタバレはやめてよーお兄ちゃーん」


 多分というか、きっとそうなるであろうと思いましたから。葉月とはまず同じクラスにはならないだろうって。


「葉月は……あ、あった。五組だ」

「私の名前もあったよ。九組だったー」

「三人見事にばらばらになったな」


 昔テレビで見たことがあるんだけど、クラス分けするときって、家が近くて仲のいい人は別々のクラスになりやすいんだとかって。

 それからこれは関係ない話にはなるんだが……各クラスに一人はピアノの弾ける生徒を振り分けるとかってのを、聞いたことがある。

 でもまぁ高校にもなれば、流石にそこまでは考慮されないか。ピアノ弾ける生徒なんて、同じ学年には片手で数えられるぐらいしか居ないだろうし。そもそもこの高校には、合唱コンクールという行事はなかっただろうし。


「お兄ちゃんとりあ姉とはクラスは別々でも、学校は一緒だもん!」

「そうだねー。楽しい高校生活になるといいねー」

「そーだなー。ここに突っ立ってても邪魔なだけだし、早いとこ入ろうぜ」


 クラスは別々といえど、これまで通り通う学校は同じ。俺自身偉そうに言える立場ではないが、高校生になったんだから葉月にもしっかり自立して欲しいものだ。

 各々のクラスを確認して、校舎の中に入ろうとした時だった。


「あ。すみません」

「す、すみませんこちらこそ……」


 俺の右肩に誰かぶつかってしまったようだ。その人の方を向いた時、そこに居たのは――――


「どうも……」


 少女……ではなく可愛らしい少年だった。

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