第3話 先行き不安な幼馴染

 リビングのドアを開けたら、すぐさま妹の葉月が反応した。


「おはよーお兄ちゃん!」

「おーおはよー」

「おはよう煌晴。今日は少し遅かったんじゃないか?」

「そんな何十分と遅れたわけじゃないと思うんだけど」

「……それもそうだな」


 リビングに入ってきて、こっちに背中向けたまま新聞読んでる父さんと軽く会話をしてから、席につく。


「いただきます」


 でもってすぐさま朝食をとる。早朝から俺の家に来た莉亜もここで朝食をいただくことになった。

 聞けばアポも連絡もなく急に来たってのに、母さんは用意がいいというかやりくり上手というか。一人分の追加くらいは、ぱぱっとすませてしまうのだから。


「すいませんねー」

「いいのよいいのよー。今後共ご贔屓にー」

「うちは定食屋じゃねぇだろうが」


 そんな営業やサービスはしていない。うちの家は飲食店ではなく、普通の一軒家だ。父さんは地元の家具メーカー会社勤務で、母さんは専業主婦なんだから。


「昔っから変わらず、お堅いわねー煌晴は。こういうのはサービス精神が大事なんだから」

「知らん知らん」


 視線は母さんの方ではなく自分から斜め下の方に向け、淡白な返事をしてから茶碗の中の白米を口の中にかきこんでいく。

 まともにこういう話に付き合っていたら、俺は完全に圧倒されてしまうんでな。母さんと莉亜と、おまけに葉月。三人を相手することになるんだぞ。物理的に俺の方が不利なのは目に見えている。それは昔からよーく知っていることなんで。

 俺もそろそろ大人だから。あれこれ無神経に突っ込んだり反論するのはやめにして、時には必要以上に相手にしない。というスキルを覚えたので。


「まぁあれよ。いつでも遊びに来てもいいからねー莉亜ちゃん」

「そーそー。りあ姉なら大歓迎だから!」

「ならありがたーくお言葉に甘えさせていただきまーす」


 俺に対する扱いというか、対応をもうちょいどうにかしてくれると言うのであれば、俺ももうちょい好意的に受け入れられるんだが。

 目玉焼きの黄身を箸で半分に割って、その一部を箸で掴む。このとろけた半熟の黄身みたいに、俺の今の心もでろーんとしているんだから。


「どうしたの煌晴。なんかすごーく難しそうな顔してるけど」


 そんな俺の不定形な感情が表に出ていたのか、右隣に座っている莉亜が俺の方を覗き込んでくる。やめろやめろ。視線が気になって飯に集中できんから。

 適当にまだ眠いから。とかでも言って流そうかとも考えたけど、こういう時はいつも葉月がつっかかってくるから、はぐらかそうにもキリがない。

 それにこの際ちょうどいいかもと思ったから、一旦箸を止めて言うことにした。


「……お前の将来が不安だなーって思ってな」

「えー朝からなんでそんなに恐怖感満載な話になるのー」

「さーなんでだろうなー」


 いったい、なんででしょーかねー。いやーこまったものだなーあっはっはー。


「思えば、なんか最近の私のことを見る煌晴の目が妙に冷たく感じるよぉぉ」

「なんのことだかなー」


 今日は不快な目覚めだったんだよあんたのおかげで。朝からあんなことをされりゃあ、湿ったい気持ちにもなるよ。逆にそうならない奴がいるっていうんなら紹介して欲しいくらいだ。

 会いたいとは思わんが。まぁなんだ。俺の身代わりにでも……いや、なんでもない。


「将来かぁ……。りあ姉がすごい漫画家になれるかどうか?」

「ちょい違うかなー」

「それじゃああれ? 高校生としては気が早いかもしれないけど……結婚の話?」

「どうだかなー」


 ざっくり言ってしまうと間違ってもいないんだけど、少々違う。


「なんだかんだ、莉亜って俺を頼ることが多いと思ってなぁ。いくら幼馴染だからって、死ぬまで一緒にいるってわけじゃあないんだ」

「そ、それがなにか、問題でも?」

「独り立ちできるのかなぁって」

「考えてることが大人って言うかお母さんだよそれ、なんか怖いよお兄ちゃん」

「俺よがりな幼馴染を心配してのことだ」


 漫画を描く手伝いをしたり、勉強を教えたり。小さい頃から何かと俺が彼女の手助けすること多かったし。

 莉亜の方から泣きついて頼み事してくるの多かったし。


「心配なら煌晴がどうにかしてやればいいじゃあないか」

「……えぇ?」


 新聞を読んでいた父さんが、視線を新聞から俺の方に変えて言う。そう言われましてもねぇ。


「莉亜ちゃんだったら大丈夫なんじゃないか。煌晴が居るんだろ」

「父さん。あまりこいつを甘やかさんでくれ。そうしようもんなら歯止めが聞かんくなる」

「そんなこともないと思うんだがな。それに幼馴染なんだから、お互いのことはよく知っているんだろう煌晴?」

「……一応な」


 父さんは莉亜の内面をあんまり知らないもんだから困る。産まれてからの幼馴染である俺だからこそ、裏だって知っているんです。

 なんで父さんがそういうことを知らないのか。それは母さんが一度離婚しているから。それで三年前に再婚したのが、今の父さんというわけだ。


 故にだ。無知とまでは行かなくとも、父さんは莉亜のことについて、知らないことの方が遥かに多いんじゃないか俺は思うわけなんだ。こうやってゆっくりと話をする機会なんかも、ほとんどないから。


「それなら仲睦まじいってことでいいんじゃないの、煌晴?」

「いいじゃんお兄ちゃん」

「その流れはおかしい」


 俺に選択の自由とやらはないんですか強制イベントなんですかこれは。何この開始五分でバットエンドで終わりそうな理不尽極まりないシナリオゲーは。

 いや、バットエンドなんて言葉はまだ生ぬるいかもしれん。選択肢が存在ないんだから、ルート分岐もクソもないじゃないか。もうゲームじゃないじゃんゴミSSじゃん。

 莉亜のことが嫌いだとか、そういうわけじゃあない。このもう決まってるんだろうって言う流れが変なんだよおかしいんだよ。

 俺だってまだ十五の少年だ。これから先、新しい出会いだって沢山あると思うんだ。今すぐにこの先何十年とある将来の全てとまでは行かずとも、決定してしまうにはまだ早いと思うんだ。


 今度は言葉を発した自分自身の将来をあんじていたら、莉亜が俺の事をすごい形相で睨みだした。なんだと聞いてみたら、彼女はこう言ってくる。


「あんた……。こういうアニメやラノベの幼馴染は負けフラグだとかなんだとか考えてんじゃあ……」

「微塵にも思っちゃいない。そうするあれもない」


 嘘でもなんでもなく、そんな考えには至っていませんから。漫画家志望のあんたと違って。


「それはそれでなんかくるものがある」

「幼馴染と結婚しなきゃならん法がある訳でもなかろうて」


 そんな馬鹿げた法律あってもなぁ。箸で掴んだウインナーを、一口でまるまる放り込んだ。もうだめだ発言するのもだるい。やっぱし飯の時くらいゆっくりさせてくれ。

 俺が言い出したこととはいえ、こんな展開をされることは勘弁してもらいたい。俺は莉亜の将来を真剣に考えていただけだ。性格というか振る舞いという意味で。

 仮に俺であったとしてもそうでなかったとしても、将来の夫が不安でならない。


「まぁなんにしても、君らはまだまだ若いから、将来のことをそう深く悩む必要は無いと思う。考える時間なんて沢山あるんだし、今はのびのびと毎日を過ごしてくれればいいんだから」


 父さんがそうまとめた。いいこと言ってくれて助かる。

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