第2話 何がどうしてこんなことに?

 そう。あいつが何を思ってか俺は今、身体の自由を奪われているんだよ。 

 この状況を理解できるのかって。そんなもの……できるわけがないだろうがぁぁぁぁぁぁぁ!!!!


 俺が何をしたって言う! むしろ何をしたらこんなことになるって言うんだ。一応言っておくが、俺は自分自身を束縛して快楽を得るようなドMでは無い。断じてない!

 それだけははっきりと宣言しておこうではないか。そうでなかったらまず俺は、心の内とはいえ驚き叫ぶようなことはしないのだから。


 ここまで来れば、まずやるべきことは決まっている。拘束されて何一つ身動きが取れんから、まずは目の前にいる彼女に向かって言うのだ。こんなことしようとするやつ、今俺の目の前にいる奴以外に誰がいるっていう。


「おい……莉亜」

「んー何ー?」

「何ー? じゃねぇんだよ……」


 俺が彼女の名前を呼んでやれば、おどけた声で返事が来て。黒髪ショートヘアーの少女は、椅子に座ったままゆっくりと俺の方を振り返った。

 大きく息を吸い込んでから、目線の先にいる彼女に向かって言った。


「外せ」

「何を」

「見りゃわかんだろ。はよ外せ」

「やだ」

「……とっととこれを外しやがれぇぇぇぇ!!」

「近所迷惑だよ」

「冷静なご回答をどうもありがとう。でも知ったことか!」


 こんな朝早くという時間帯だからこそ周りに迷惑。確かにそれもあるんだが、そうではなくてだ。じたばたともがきながら、勢いとその反動を利用して上半身だけ起こしてから聞く。


「お前、今どういう漫画描いてんだよ?! 監獄モノでもこんなシーンねぇよ!」

「んーそだなー……。ざっくりと言ってしまうなら、バトルものかなぁ」

「何をどうしたらこんなことになるって言うんだよ、どんな戦い方してんだそいつは!」


 と怒鳴ってみたのはいいが、少し経ってあることを思い出す。そういえば小学生の頃に読んでた少年漫画のキャラに、手錠を武器にして戦ってるキャラがいたような気がするなぁと。


「あらゆるものから鎖を生み出してそれを武器にして戦う敵キャラだよ。前に設定画見せなかったっけ?」

「うん見たよ。そういや見たような気はするよ。なら手錠は一切合切関係ないだろうが!」

「いや家に鎖なんかないし。拘束するってもんでなんかないかなーって思ったら手錠が目に入ったから」

「手錠はあんのかよ!」


 そんなもんテキトーに紐とか用意すればいいだろ。いやいや問題はそこじゃあなくてだ。てかそれ以前に漫画の題材のために幼馴染を縛るんじゃあねぇよ!


「まぁ見た目も似てるしいいかなーと」

「そうかもしれないなーでもそれはいいからとっとと外してくんねぇーかなぁー」

「えーまだスケッチ終わってないんだよなー」

「そんなこと俺にはどうでもいいし、お腹すいたし。そろそろ俺は下降りて朝飯食いたいんだよなー」


 四肢を縛る手錠をガチャガチャと動かしながら、彼女に頼む。

 こんな変なやり取り。普通の幼馴染の関係であったら、愛する者を絶対に逃がさないヤンデレとかでもない限りまず無いであろう。

 まぁどちらにしたって、こんなことするのが普通でないってことは明らか。

 しかし俺と彼女の場合はそうでも無い。こうやってあいつに振り回されていること自体が、俺の小さい頃からよくあることになってしまっているのだから。


 彼女の名は米林莉亜よねばやしりあ。同い年の、何度も言ってきたが幼馴染である。俺が産まれてすぐからの仲って言うか、俺らが産まれる前から互いの母親は仲良くしていたんだと。彼女の家は、ここから歩いて一分とかからない場所にある。

 でもって彼女の将来の夢は、人気漫画家になることである。雑誌のトップ、センターカラーを飾れるような人気作品を作りたいというのが大きな目標だ。

 そんなわけで幼馴染の仲として色々手伝いっていうか、協力をせがまれることがよくあるわけなんだが。そのほとんどは今朝のような碌でもないものばかりなのだ。

 ある時は身体がねじ切れそうなほどに複雑なポージングをさせられ。またある時は練習なのか何に使うのか、ヌードの模写を頼まれ。

 なんというか……。ほっとけないと言うよりは、俺が目を離したら勝手に暴走しそうで怖いんだ。


「ともかく。早く外さんか」

「……」

「返事をせんかこのやろう」


 ここでメタい話をひとつ、しようじゃないか。

 漫画やラノベに出てくる幼馴染としてよくある設定は、ズボラな主人公の世話をよくしているというもの。家に来ては朝食を作り、洗濯をして掃除をして。まるでお母さんだ。

 しかし莉亜の場合、俺が世話を焼く場合の方が多い。俺があいつの家を頻繁に尋ねるという訳では無いがな。

 そんな彼女の将来がなんとも不安である。


「おい。これ以上俺の要求を拒むと言うなら、こっちにも考えはある」

「な、なんでしょうか……?」

「出禁にすっぞ」

「……すいませんでした」


 いくら幼馴染の莉亜といえど、俺に無断でこんなことされりゃあ、湧き上がるものはある。

 強情でないだけまだマシな方だろうか。正直なところ、厄介なことには変わらんわけだが。


葉月はづきちゃんに会えなくなるし……」

「理由はそっちかい」


 俺は二の次かい。ちなみに葉月というのは、俺の双子の妹のことだ。莉亜と俺が幼馴染であるのだから、妹である葉月とも面識は深い。葉月は莉亜のことをりあ姉と呼ぶくらいに慕っている。

 葉月との方はほのぼのしていて、見ていて微笑ましいものではあるんだが、俺の時に限ってはどうしてこうなったんだか。何処で何を間違えたと言うんですか。俺と葉月とじゃ扱い違いすぎやしませんかね。


「そういうことだから、はよ外せ。言っとくが今回の件に関して、事後承諾は一切受け付けん」

「……」

「無断でこんなことしやがって」

「……ごめんなさい」


 こういう時は素直なもんだから、まだ助かるほうよ。なんだかんだ振り回さればかりではあるんだが、いいところだってあるんだよ。いいところ……いいところ……。あるんだよ。でもいざ考えようとしたらぱっと思い浮かばねぇ。時間ある時にでも改めて考えてみることにしよう。

 莉亜が足の方の手錠を外し始めたところで、部屋のドアがノックされて。


「お兄ちゃーん。春休みだからって降りてくるの遅いよー。寝坊は良くないんですよー」

「は、葉月?!」


 話題に上がれば早速か。葉月が俺の部屋までやってきた。今このドアの向こう側には葉月が居る。言うまでもないが、妹にこの醜態というかよくわからん光景を見せる訳には行かん!


「さっきりあ姉が上がっていったのは見たけど、何があったのー?」

「心配すんなもう起きてっから! すぐ降りるから待っててくれ!」

「どしたのお兄ちゃん。朝から声荒らげちゃって?」

「大したことじゃないんだ! ちょっとそこらに足の指をぶつけたくらいだから気にすんな!」

「……そう。なら早く降りてきてねー。ご飯冷めちゃうからー」

「あーい。すぐいきまーす」


 すぐに行くと葉月に伝えて、それを受け取った葉月が階段を降りていく音が聞こえたところで、ふぅっと一息はいた。ひとまずはこの光景を見られんくてよかったと。


「お兄ちゃんも大変だなー」

「誰のせいだと思ってる」


 今のあんたには、言われたくないんだよな。


「はい。外したよー。はぁ……」

「ため息つきたいのはこっちだわ……」


 莉亜に手錠を外してもらった俺は、すぐさま部屋を出て、階段を降りていった。

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