彩子荘の怪(後編)

「リラさん!」

僕は彼女の部屋の引き戸に手を掛ける。

何故か鍵はかかっておらず、室内は暗闇と静寂に包まれていた。

「返事をしてくれ!」

僕は照明のスイッチを入れるも明かりは点かず、踏み入った室内で暗闇に目が慣れると、僕の背中に戦慄が走った。

 やはり、リラとハムの姿は無かったからだ。


「こんなバカな事って…あり得ない…」

僕は、皆んなの名を呼びながら廊下を駆ける。

 しかし、返ってくるのは雨音と、たまに響く雷鳴だけだった。


 ちょうど再びエントランスに辿り着いた時だった… 微かに聞こえるリラの声が…

『ユ…ウ…ト……イカイに…来なさい』


 異界!?…リラさんまで、彩子人形に連れて行かれたのか!? 

 その時、雷光と共に、玄関の上に気配が!

 見上げたいけど、見上げちゃいけない。

……だって、絶対居るもん。

 でも、見ちゃうんだよね!

「うゎぁああああ!! ほらぁホラー!やっぱりだぁああ!!」

 そこには宙に浮かぶ彩子人形が! 僕をしっかりバッチリ見下ろしていた!


 こうして、僕の意識は暗闇の底へと深く沈んでいったのです…


 翌日の朝… 大広間の座敷で、僕達は朝食を頂いていた。

「本当に…玄関で寝てるって、どういう事よ!? 昨日の晩、すごく探したのよ!」

 昨夜『玄関で寝ていた』事となっている僕。気絶したなんて恥ずかしくて口が裂けても言えない真実は、この際…闇に葬ろう。


「昨晩は驚かせてしもうて、すまなかったねぇ。は、虫喰いを防ぐために夜は吊り上げておるんじゃよ…ヒヒッ」

 そして、女将の一言で闇に隠された『真実』は暴かれた。


「……それを見た、ユウト君は気を失ったと……」

『あほん!』

 突き刺さる!ツカサ先輩とハムの連続コンボ! K.O.じゃ済まないオーバーキル!


「はぁ…はぁ… でも、先輩達は何故、深夜に姿を隠したのですか? ひどいですよ…」

 僕の動悸息切れを伴う問いに、返ってきた答えは、心が救われない驚愕の事実だった。


 どうやら、昨晩の雨風が治まらない状況に、停電とガラスによる事故を危惧した女将が、『窓の無い二階に避難しなさい』と、僕らの部屋に訪問したらしい。

 …この時、僕はトイレに向かっていた。

 その言葉にならい、避難した二人と一匹は、そこで僕の姿が無いことに気付き、

『二階()においで!』と、僕を探し回ったらしい。

 そう、僕が『異界においで』と聞き違えたのだ。


「皆さん、大変ご迷惑をお掛けしました。でもですよ? なんか怪しいフラグまみれだったじゃ…ないですか!? 先輩も聴いていたでしょ、女将の怪しい唄」

 …ユウト君? と、首を傾げる先輩。

「あの、レシピの唄かい?」と。


 ……レシピ? 人間を調理すると云う意味ですか?

 僕は歌い出す先輩の歌詞に驚愕した!


  『人は参じて魂ぬぎ人参三本玉葱訪朝で刻み申す包丁で刻みます

   崑崙の上でコンロの上で踊る肉片はぁ〜踊らせる様に肉を炒め

   榛摺に彩を榛摺色に色が変えゆくさぁで変わりましたら

   幸辛香辛料中に身を投じた中身に投入する愚罪具材とぉ〜

   暗澹の吐露みアンの様にとろみへと成り果てるが付くまで煮込みます


 ……あの、絶品カレーかぁ。

後半、無やり感が否めないけど、先輩にはそう聞こえてたんですね?だから、平気だったんですね?


 恐るべきは、人が産み出す勘違いと幻聴だと、僕は深く学ぶ事となりました。


「気を付けて帰るんじゃぞぅ、ヒヒッ」

女将さんは僕達から宿代を受け取らなかった。

 彼女は、困った時はお互い様と言って…

 ––– 疑ってごめんなさい。こうやって、晴天の下で見ると、まるで聖母の様な微笑みをたたえて居るではありませんか!


 こうして、僕達の遠足は幕を閉じた。

帰りの電車内で、合流した邪神達に僕がイジリ倒された事は云うまでもない……


       【次回予告】

 この世で勘違いほど、恐ろしい事はないですよね…

 月極つきぎめを、ゲッキョクと読んだり、続柄つづきがらをゾクガラって、読んだり……

 ああ、怖い!!


 さてさて、物語はまだ序盤。これからも、よろしくお願いいたしますね!


     次回!『嫉妬』

            お楽しみに!!


––– 僕の歴史に、また新たなる1ページ!

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