彩子荘の怪(前編)

「この嵐だと出港は無理だね。今日はここに泊まるしか無いよ」

 激しく打ち付ける雨風あまかぜは、ツカサ先輩が眺めている客間のガラス窓を激しく震わせていた。

 僕とツカサ先輩、リラとハムに別れて通された部屋は広く、張り替えたばかりであろう畳は独特の匂いを放っていた。

 本来客室にペットは不可だったのだが、『外は流石におえんじゃろう可哀想だろう、ヒヒッ』と、女将の計らいでリラの部屋にゲージを用意してくれたのだった。


「そろそろ、リラさんもお風呂から上がっている頃だろう。俺達も入りに行こうか? このままでは風邪を引いてしまうからね」

 浴衣を手に、立ち上がったツカサ先輩の髪はまだ濡れて…男の色気が漂っている。

 ––– 水も滴る良い男だなぁ。

 どうして美男美女って濡れると色っぽくなるんだろうな? リラさんも直視出来ないくらいにつやめいていたし……

『リラちゃん、別嬪べっぴんさんやったなぁ〜』

 いかんっ! 邪神カアク囁き幻聴が聞こえる!

 カアク達は、『一旦帰る』との言葉を残し姿を消した。どうも、『何か』を定期的に見守る仕事必要があるらしいとの事だったが…

 僕達には『イヴェの巣を破壊したんや、バックサイドの干渉は無いから安心しい』と言ってたし。

 …まあ、休養出来るんだから、大きなお風呂でゆっくりくつろごうじゃないか。

 「はい、行きましょう」僕は浴衣を準備した。


 事件は…僕達が風呂に向かう途中に起こったのだ。

 どこからともなく、廊下に漂う不気味な歌… 物悲しげな旋律の中に含まれる嬉々の声は、僕の思考を凍りつかせた。


  『人は参じて魂ぬぎ訪朝で刻み申す

   崑崙の上で踊る肉片はぁ〜

   榛摺はりずりいろを変えゆくさぁで

   幸辛の中に身を投じた愚罪とぉ〜

   暗澹の吐露みへと成り果てる』

 

 ……ダメなやつだ。

これは『祟りじゃぁ〜』って、人が死ぬ系の流れだ!

「せ、先輩?聞こえましたか? ひっ!!」

刹那、雷鳴轟き、稲光りに浮かぶ人影!

そこには女将の姿がぁ!


「ヒヒッ、聞いておったのか? これは当家に伝わる秘密の唄じゃあ。今夜が楽しみじゃのう……ヒヒッ」

 そう呟くと女将は台所へと姿を消した…


 ……終わった。フラグがビンビンだ。

「へぇ?楽しみだね、ユウトくん」

…何故!?先輩は、そんなに冷静でいられるんです? あ…主人公キャラですもんね?


 その後、大浴場にて疲れは取れたものの、僕は憑かれた気がしてならなかったのです。


 

 そして…刻は満ちた。

こんな展開の深夜、何故か目が覚めて尿意をもよおすのは定め運命なのかも知れない。

 夕飯に女将が作ってくれた絶品カレーのおかげで新陳代謝が良くなったのかな?

 しかし、あのカレーは美味かった。

そのお味たるや! お母さんのカレーを凌駕していたのだ!

 さて、そろそろ現実を見ないと漏らしてしまいそうだ。


 先輩を起こさないよう、そっと廊下に出ると、まるでバックサイドに侵入したかの様に雨音以外は不気味な静寂に包まれていた。

「なんで、お決まりのように床が軋むかなぁ?」その静寂を唯一打ち破る僕の足音は、得体の知れない怪物の笑い声のように響く。

「トイレは、玄関の方……」ああっ!玄関には日本人形が! いや、怖くない怖くない!


 しかし、嫌な予感って凄く良く当たりませんか?

「そ…そんな…」

僕は目に映った光景を二度見、三度見、四度見でやっと現実を受け入れる事にした。

 本来あるべき…日本人形の彩子が居なかったのだ!

 ああ… きっとクル!彩子が、どっかからクル! 

 僕の尿意は冷や汗と脂汗となり、体外へと放出された。

 嫌な予感は抑えられず、僕は自分の部屋に駆け込んだ。が…

「せ、先パ…あい?」

何と!部屋に先輩の姿が無いではないか!?

 そして!お決まりの稲光りを一旦挟んで、CMと行きたいところだが、性悪な作者はそれを許さない。

『ゆ〜う〜と〜くん〜 に、おいで〜』という先輩の声!

 冥土へですか!? 彩子日本人形が『お帰りなさいませご主人様』って待ち構える冥土喫茶へですかぁ!?

 いかん、本格的に正気が保てなくなりつつある!


 ––– リラさん…

 ふと、脳裏をよぎる最悪の事態…

僕は彼女の名を叫びながら、リラの部屋へと駆け出した。


       【次回予告】

 今回はだいぶ振り切りましたねぇ…

シリアスな話の後なんで、リバウンドってヤツですよ!

 姿が消えたツカサ先輩とリラの運命は如何に!?

 真実が明かされた時、全ては繋がる!


   次回!『彩子荘の怪(後編)』

            お楽しみに!!


––– 僕の歴史に、また新たなる1ページ!


 

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