第6話 バカップル
わたしたち生徒会が、軽音部の騒動を聞きつけ向かえたのは、ハンコちゃんのおかげだった。
ハンコちゃんもわたしの片思いを知っており、智美のように応援してくれていた。なので、風紀委員で起こった賢太郎くんに関することや、使えそうな情報などがあれば教えてくれるのだ。ただ、それでよくスマホを操作しているため、賢太郎くんたちに怒られていないか心配だった。
今回、送ってきてくれたのは、『軽音部に向かってるから、音葉ちゃんもきたら? 一緒にいられるよ?』といったものだった。一緒にいられる、と露骨に言われるのは恥ずかしいが、ナイスハンコちゃんである。
どちらが速く解決するのかという勝負ではあるのだが、共に事件の話を聞けて、まるで一緒に捜査しているみたいだ! わたしたちの将来はきっとこんな感じなのね!
部室を出ると、また猿渡くんと一香ちゃんが睨み合っていた。飽きないのかな……。
「音葉」
後ろにいる賢太郎くんが声をかけてくれた! 口元がゆるゆるだあ!
でも、駄目だ。この顔を見られたらまずい。わたしは顔に力を入れ、なんとか唇を一文字に結んだ。
「なに?」
体を向け返事に応える。表情の問題は大丈夫。ただ固くなりすぎて、怒っているように見えてないかなぁ……。
「いや、何か掴めたかなって思ってさ」
「まだかなあ……。賢太郎くんは?」
「おれも何も。聞き込みをして、情報を集めないとな……」
「そうだね」
「ど、どうだ、一緒に話を聞きに行くか?」
「え?」
「ほら、どうせ同じ人に聞くだろうしさ、そっちの方が効率がいいかなって思って!」
賢太郎くんは慌てたように両手を振った。
「それもそうだね。じゃあ、わたしも行こうかな……」
「おう……」
わたしはもじもじと体を動かし、誘ってくれた喜びを隠せないでいた。賢太郎くんも頬をポッと染め、どこか照れているご様子。
智美とハンコちゃんは、賢太郎くんの後ろで、このこの~と肘で突くふりをしていた。
ふふん、どんなもんだい。本来、外野の声がなければ元からこうなっていたのだよ、わたしたちは!
そう、“外野”がいなければである。
「ああ、そうして隙を見せたところで針先輩を殺してしまうんですね!」
「え?」
「やっちまえェやっちまえェ!」
一香ちゃんは、やじ馬が喧嘩をはやし立てるようにこぶしを挙げていた。
殺してしまえなんて物騒な。いったいわたしを何だと思っているのだろう……。それにもし賢太郎くんが殺されたのなら、誰だろうとわたしがそいつを殺してやるって考えているのに。
「こ、殺されるのおれ……」
賢太郎くんはぎょっとしていた。
「そんなことしなよ!」
「じゃあ音葉さん、一緒に行くのはやめましょうよ」
「ええっと、それは……」
「ああ、わかった! いい情報を独り占めさせないためですね! あとから聞いたら、風紀委員に口止めされているかもしれませんから!」
「そうだよ……」
全然違うけど、勝手に納得してくれているのならそれでいいや。殺すと思われているより余程ましだ。
「生徒会は浅ましいっす」
猿渡くんはぼそりと言った。返す言葉もなかった……。
わたしたちは、軽音部の隣にある写真部へ向かった。
写真部か……あんまり行きたくないな……。それは多分、賢太郎くんも同じだと思う。
ちらりと智美を見た。案の定、智美はうきうきとしていた。毎日のように会っているくせに……。まあ、わたしも賢太郎くんに会えたらうきうきもワクワクもするか。恋する乙女は、みな同じなのかもしれない。きっと一香ちゃんだって。
ノックをし、返事を確認すると部屋へ入った。
「どなた――ってお前らかいな」
西出(にしで)律くんは顔を綻ばせ言った。西出くんは身長が高く、百八十ちょっとある。しかも恰幅がよいため威圧感があるけど、おおらかな性格をし非常に親しみやすかった。
では、なぜ写真部に来たくなかったかというと――
「お、やっぱり智美もいるんか!」
「やっほー、律くん」
智美は小さく手を振り、西出くんは楽しそうに笑った。二人は恋人同士だった。
仲睦まじい、ただの学生カップルではない。
「うーー!」
智美と律くんはお互いに小走りで駆け寄ると、
「どん!」
と小さくジャンプしお尻をぶつけ合った。
「いい尻してんな智美!」
「律くんだって負けてないよ!」
互いの尻に指をさし、そして褒め称えあった。その後は二人して腹を抱え笑うのだった。
この一連の動きは、いつも二人がやっている挨拶みたいなものだった。
そう、ただのカップルではなく、バカップルである。毎日毎日、このやり取りを見せられるわたしの気にもなってほしい……。だから写真部に来たくなかったのだ……。
「智美はやっぱりかわええなあ……」
西出くんは腕を組みしみじみと言った。
「もう、なに言ってんのさ……」
智美も満更でもなさそうに体をくねくねさせていた。あ~あ、また始まった。バカップルのイチャイチャが……。
「こんなに可愛い彼女は、写真に収めないとな!」
「もうやめてって~」
「ええやんええやん!」
西出くんはスマホで写真を撮りだした。写真部なんだから、スマホではなくカメラで撮れ。やめてと言っていた智美も、ノリノリでポーズをとっていた。
ハンコちゃんはにこやかに笑っていたけど、彼女の感覚はちょっと普通じゃない。後輩である猿渡くんと一香ちゃんは引いていた。まあ、この二人も大概ではあるけれど……。
この場に、西出くん以外に他の部員がいないのが不幸中の幸いだった。
「いいよ~いいよ~! そう、もっと俺を魅了して!! 智美の俺への愛を体で表現してぇぇぇぇっ!!」
「おいおい律、ちょっとあとにしてくれよ」
熱を上げ二人だけの世界に入っていた西出くんを、賢太郎くんが呼びかけた。
「ん――ああごめん、ハリケン。つい入り込んでしもたわ」
西出くんは声に出し笑った。
とても愉快な性格をしているけど、西出くんは案外侮れない。たまに友達から依頼を受け、学園に事件を巻き起こすことがある。それもトリックを用いた。
もっとも事件と言っても、遅刻を誤魔化したい、部活をサボりたい、先生に見つからずゲームがしたい、といったイタズラじみた悪だくみだった。
時に、わたしたち生徒会や風紀委員が捜査に乗り出すこともあった。敵と言えば敵だけど、賢太郎くんは西出くんと仲がいいし、智美とは付き合っている。わたしとしても西出くんは嫌いになれないので、とても微妙な関係だった。しかも智美経緯で賢太郎くんのことが好きなのが伝わっているようで、事あるごとに応援してくれていた。言い方を変えれば、弱みを握られていることになるけどね……。
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