第5話 犯人の思惑
「ほんと最悪ですよ……穴は開いてないんで弾くことはできますけど、ロック魂も傷つけられたっていうか……」
「そうだよね、相棒みたいなものだもんね」
と音葉は言った。
「そうなんですよ! やはりロックがわかる人ですね、会長は! なにに苛ついてるのか不満があるのかは知らないけど、おれは犯人に言ってやりたいですよ。音楽は嘘をつかない。もし世界に変えなければならないものがあるのならば、それができるのは音楽だけだ、ってジミー・ヘンドリックスも言ってたって」
自分の言葉じゃないのかよ。
「ロックがわかる会長さんなら、これもわかりますよね?」
「うん、わかるわかる」
嘘をつけ。二回言ったぞ。
「ほんと音楽が大好きなんだね、ロックくんは」
ロックくんって……。馬鹿みたいロックばかり言ってるから、妙なあだ名がついてしまったぞ。
「ロ、ロックくんですか……。なんていい名前っ!!」
喜んでいやがる。まあ石巻なら誉め言葉として受け止めるか。
「よーし! このあだ名に恥じないくらいのロックスターになってみせます!」
「気合入ってんな」
とおれは言った。
「はい! チャンスを絶対ものにして、矢沢永吉みたいに成り上がっていきますよ! チャンスは一度だけだ、見逃すな。人生で一度だけのチャンスを掴め、ってエミネムも歌ってましたからね!」
「エミネムはラッパーだろう、ロックスターじゃない!」
「こだわらず吟味し、自分のものにするのが真のロックだ」
「今度は誰の言葉だ」
おれはため息をついた。
「これは石巻一樹の言葉です」
「お前かよ!」
こけかけた。
石巻の相手は疲れる。友達である猿渡がどうにかしてほしいものだが、後ろの方におり我関せずだった。
「まあいいや……」
「なにがですか?」
「いや、こっちの話だ。それで、その落ちていたハサミは軽音部の備品なのか? それとも犯人が持ち込んだもの?」
「備品です」
「犯人は、ハサミがあるのを知っていたのか……」
ギターを傷つけるために侵入したのなら、自分で道具を持ってきそうだ。削るのに最適なノミとか。つまりハサミを使用したということは、軽音部にハサミがあると知っており、持ってこなくてもいいと判断したということだ。それならば、犯人は軽音部に詳しい人物ということになる。
消臭剤もそうだ。
消臭剤があることを知っており、元からぶちまけるつもりだったのか。それとも匂いをまき散らさなければならない何かが起こり、その場にあった消臭剤を仕方なく?
「消臭剤は、常に部室にあるのか?」
「あります。ね、花田さん」
「ああ、そうだな」
花田さんは頷いた。
「じゃあロックくん」
と音葉は言った。
「ギターに消臭剤はかかっていなかった?」
「はい、それは大丈夫でした。例えかかっていたのしても、俺のロックの香りは消臭できないでしょうけどね!」
ちょっとは消えた方がいいとおれは思う。
「使われていない時は、部室に鍵はちゃんとしていたのか?」
とおれは尋ねた。石巻は勢い良く首肯した。
「もちろんです! ロックはちゃんとしてますよ!」
や、ややこしいな……ロックと鍵のロックが被ってるんだよな……。
「鍵をしてなければ、事前に侵入しておき、様子を見てチャンスがあれば傷をつけれそうだと思ってな」
「それは無理だと思います。ロックをちゃんとしてますし、鍵は職員室で管理してますから。持ち出したらわかります」
「そうか」
おれの推理が破綻したと思ったのか、薬師寺はクスクスと小馬鹿にしたように笑っていた。そんなにおれのことが嫌いなのか。猿渡が抗議し、また仲良く言い合いを開始した。ハンコと橋川は二人に微笑を浮かべていた。いつものやつがまた始まった……。
おれはもう放っておくことにし、次の質問をした。
「花田さんは部室にいた時、異変を感じたりしませんでしたか?」
「なにも。いつもどおりだったと思う」
正直に言って、今のところ花田さんが一番の容疑者である。部室に一人でおり時間もたっぷりあった。
しかし、ギターを傷つける理由があるのだろうか? それに、ギターに傷をつけたら早々に立ち去ればいいのに、どうして十五分近くも部室にとどまっていたのだろう。
不審ではあるが、同時に筋が通らないこともあった。
「嫌がらせかもしれないよね」
と音葉は言った。
「過去に、似たようなことはあった? ギターじゃなくても、別の物が壊されたり紛失したり」
「いや、ありません」
「軽音部の他のメンバーはどうだった?」
「それもないです」
石巻が答え、続いて花田も頷いた。
「そっか……」
「嫌がらせなんですかね……俺、怨まれるようなことしたっけなあ……。ロックロックうるさいからですかねえ?」
あ、自覚はあるのか……。
「ギターを修理するのに、幾らくらいかかるんだ?」
「安物だからそこまでかからないと思いますよ。一万か、一万五千もあればなおせるでしょうね」
安いと言っても、学生にとっては中々の料金だ。犯人を見つけ、弁償させるべきだな。
「とりあえず、このことは教師たちには言わないでおこうと思うんだ。あまりことを大きくしたくないし、おれたちで解決できるのならそれに越したことはないだろう? 石巻はそれでもいいか?」
「俺はロックミュージシャンですよ? お上になんて頼るつもりなんてありません! 顧問にも黙っておきます」
「悪いな、必ず見つけるから。音葉もそれでいいだろ?」
「うん、解決したらいいんだからね。“わたしが”犯人を見つけるし」
「ほう……」
おれと音葉はニヤリと笑い合った。
そこへ、空気を読まず石巻が言った。
「ふうん。お二人は、ライバルというよりかは、もっと親密な関係のように思えますね。お互いを信頼しているような」
体がびくりと動いた。石巻におれの気持ちを見抜かれるとは思わなかった。軽くショックだった。
だが、お二人はと彼は言った。確かに言った。
おれは音葉のことが大好きだが、もしかして音葉も……。
「ッんなわけないでしょ石巻くん!!」
すると、薬師寺が凄まじい勢いで否定した。
「音葉先輩が、この針先輩と? 月とスッポン! 水と油! 天女と農夫! それくらい差があるんだから!」
「むちゃくちゃ言うな……」
「ね、音葉さん!」
「う、うん……」
同意を求められた音葉はこくりと頷いた。
ガーン……。
そんな効果音が明確に聞こえた。鐘が打たれたようにずっと胸の中で響いている。
もしかしてと思ったおれが馬鹿だった……。
「なんだとー!」
猿渡が怒りながら前へ出てくると、
「言っておくっすけどね、ハリケン先輩はブリブリのナイスバディーのお姉さんが大好きなんすからね!! 風之会長なんて眼中にないっす!!」
い、いらないことを言うんじゃない! 男なんて全員そんなお姉さんが好きじゃないか!
「へぇぇ……」
音葉が冷たい目をしておれを見ていた。音葉だけでなく、薬師寺の視線も痛かった。顔を上げられない……。
ハンコと橋川は、呆れたようにため息をついていた。
猿渡は、俺なんか言っちゃった? といった感じで後頭部をポリポリ掻いていた。あとでお説教確定だな。
「ロックだなぁ」
石巻はしみじみと呟いた。おれにはお前のロックの定義がわからん。
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