第4話 現場についた二つの組織

 急いで軽音部へ向かっていた。


 猿渡に連絡したのは、軽音部の石巻一樹(かずき)。猿渡とは友達だった。

 電話越しだったので猿渡も詳しくは聞いていないが、軽音部に置いてあった石巻のギターが誰かによって傷つけられたらしいのだ。


「速く向かいましょう! 生徒会がすぐ来てしまうっす!」

 猿渡が先導し、おれたち先輩が後ろについていた。

「ええー、別に生徒会がきてもいいじゃん」

 とハンコは抗議の声を上げた。

「何を言うんっすかハンコさん!」

「そんなに毛嫌いしなくてもいいじゃん……」

「生徒会はライバルなんすから、毛嫌いとかそういうんじゃないっすっ!!」

 ハンコは別段、生徒会と仲は悪くなかった。なので時折、こうして猿渡と言い合うことがあった。


 軽音部についた。部室全体に消臭剤の匂いが広がっていた。容器をひっくり返してしまったのか、不快になるくらい匂いがきつかった。

 部室には石巻だけじゃなくもう一人いた。名前は忘れたが三年生で、軽音部の主将だった。


「来てくれてありがとう、猿渡。先輩方も感謝します。俺、石巻一樹って言います」

 おれは気にするなと片手を挙げた。

 石巻は坊主にしており、触りたくなるようなクリクリ頭だった。目もくりくりとし、可愛らしい容姿をしていた。


「こちらが、花田(はなだ)俊利(しゅんり)主将です」

「よろしく」

 紹介を受けた花田さんは、軽く頭を下げた。声は小さくクールな雰囲気があった。髪を黄色に染め、サイドを刈り上げていた。ヤンキーのようにも見えたが、バンド好きのファッションと見るべきか。


「こうしてロックな風紀委員長と会えるのは光栄ですよ」

「あ、ありがとう」

 ロック……? 何を言っているのだ? そしてハンコを省いてやるな。

「それで石巻、何が起こたんすか?」

 と猿渡が言った。石巻は頷くと、

「全然、ロックじゃないことが起ってさ……」

 だからロックじゃないってなんだよ……。


 石巻は、アコースティックギターを指さした。ギターは、教室の端にある机のすぐ横に置かれていた。スタンドの上に立ちおれたちを見つめていた。

「あのギターが、電話で言ったように傷つけられていたんだ」

 ギターのボディーにあるサウンドホールと呼ばれる、穴が開いた部分がある。そのサウンドホールの、おれたちから見て左隣が削れていた。木くずが落ちていた。穴は開いていない。表面を削られたのだろう。おおよそ五百円硬貨ほどの大きさ。


「誰がやったんだろうな……それに動機はなんなのか……」

「でしょう、酷い話ですよ。ずっと部室に置いてあったからいけなかったのか……どうしてこんなことを……。エリック・クラプトンもこう歌っていたました。もし世界を変えられたのならって。今の俺も同じ気持ちですよ」

「そ、そうか」

「ああ、石巻はめっちゃロックが好きなんで、よくアーティストの言葉を引用するんすよ」

 と猿渡が補足説明を入れてくれた。


 だからロックロックと言っていたのか。変なやつなんだな……。


 発見した時の経緯などの詳しい話を尋ねようとしていると、新たな御一行が現れた。


「きたか」


 生徒会のご到着だ。

 音葉を先頭に、薬師寺と橋川が後ろに控えている。橋川は何が面白いのか笑みを浮かべ、薬師寺はわかりやすくこちらを睨みつけていた。音葉は睨みつけているわけではないが、真剣な表情でおれを見ていた。て、照れるじゃないか……。

 くそ、今日も可愛いな……。くそ、この言葉を気軽に言えたらな……。


「ロックなお方がもう一人!」

 石巻は感嘆の声を上げた。音葉は首を傾げた。

「ロ、ロック?」

「はい、ロックです! ロックンロールガールです!!」

 どういうことだとおれを見たが、説明できないので肩をすくめるしかできなかった。


 猿渡は生徒会のメンバーを見ると、憎たらしい顔をして鼻で笑った。

「きたっすか、生徒会。俺たち風紀委員に任せて、帰ってもらってもいいっすよ」

「もう、猿渡くんは何でそんなこと言うの!」

 ハンコはぷりぷりして言った。

「ふんっ……」

「何言っても無駄ですよ、ハンコさん!」

 薬師寺が音葉の前へ出てきた。

「秋斗は生徒会を目の敵にしてるんですから!」

「一香だって同じっすよ!」

 二人は火花を散らしあっていたが、お互いを下の名前で呼び合い、仲がいいのか悪いのかよくわからない。いや、喧嘩するほど仲がいいと言うか……。


「ほんと、秋斗って猿みたいだよね。キーキーうるさいしさ! 名前負けしてないよね!」

「なにをー! お前だって小さいし猿みたいっすよ!」

「だ、誰が猿渡一香よ……!!」

「誰もそんなこと言ってないっす!!」

 キキーっ! と二人は睨みあった。薬師寺は顔を真っ赤にしていたが、それは怒りなのか照れからなのか。

 ハンコと橋川は、ニコニコとしながら二人を見ていた。微笑ましいわね、と言いたげだ。だが、これ以上はなかなか本題が進まないし、花田にいたっては困惑したようにポカンと口を開けている。


「んん~ロックなやり取りだなあ……」

 これは石巻の言葉。こいつは何でもかんでもロックだな……。やっぱりおれが止めなくては。


「もうやめておけ」

 おれが言ったと同時、音葉もやめなさいと止めた。音葉と目が合った。あっ。おれたち、息ぴったりだね。

「どうして止めるんすか!」

「そうですよ音葉先輩っ!」

 二人は仲良く牙をむいた。

「けっこうお二人って仲がいいっすよね、結託しちゃってまあ」

「誰が!」

 この言葉も音葉と同時に発した。またまた息ぴったりだ!

 いやいや、喜んでいてはいけないな……。


「そんなんじゃないって」

「そうっすよね、生徒会長なんて唾棄すべき敵なんですから! 間違いなく!!」

「あ、ああ……」

 駄目だ、音葉の顔を見れない……胸が痛い……。

「音葉さんにとっても、風紀委員長なんて敵以外の何者でもないですよね!」

「え、ええ……」

 グサリ……。別の痛みが胸にやってきた。知っていたが、言葉に聞くとダメージがあった。


「うんうん、これもまたロックだあ」

 石巻は腕を組み頷いた。もう好きに言っておけ……。


 おれは心の痛みを堪えながら、石巻に事件の説明を求めた。


 今日は本来、軽音部は休みだった。他に二人の部員がいるのだが、その二人は用事がありこれず、顧問も出張だったため、各自自宅で自主練ということになった。

 しかし石巻は部室で練習をしようと考えた。家にもギターはあるが、部室にも一本置いてあるし、集中もできるのだ。放課後になり、花田主将から許可をもらおうと連絡しようとしていると、担任に呼ばれた。十五分ほど話し、そのあと主将に連絡を入れた。すると、俺も部室にきて練習していると言われた。

 都合がいい。職員室に部室の鍵を取りに行かなくてもいい。でもこれじゃあ普段の活動と変わらないな、それもまたロックかぁ、と思いながらも部室に向かった。


 数分で着いた。中に入ったが、花田さんの姿は見えなかった。

 その後に気がついたことが三つほどあった。

 まず消臭剤のキツイ匂いがしたこと。部室には、花田さんが持ってきている消臭剤があるため、それがこぼれたのかと思った。次に気がついたのは、窓が開きカーテンが揺れていたこと。花田さんが匂いを消すため開けたのか。だが窓は一つしか開いていなかったので、違うかと考え直した。

 最後の発見が、アコースティックギターが傷つけられていたことだ。近くにハサミがあり、これで傷られたのだと容易に想像できた。

 そこへ主将が戻ってきた。花田さんが何か知っているかもしれない。だが花田さんも驚いた様子を見せていた。何も知らないらしい。

 飲み物を買いに、花田さんは五分ほど部室を離れてた。少しのあいだだけだと思い、鍵はかけなかった。その五分間の隙に、犯人はギターを傷つけたらしい。


 五分あれば削ることは可能だろう。


 あれこれ話していたが、自分たちだけではらちが明かない。

 そうして猿渡に連絡し、今に至る。

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