第2話 生徒会長・音葉
朝から、生徒会の集まりがあった。
部費予算の簡単な話し合いが行われ、たった今終わったところだ。時計を見る。生徒が登校してくる時間帯だ。外を見たら、校舎に向かって多くの生徒たちが歩いているに違いない。もしかしたら、賢太郎くんもいるかも……。
椅子から立ち上がる前にぐっと伸びをしていると、一香ちゃんがわたしの顔をじっと見ていた。
「なに?」
「音葉先輩はやっぱり可愛いです!」
「もう、何を言ってるのよ……」
満更ではなかったが、馬鹿を言わないでという顔を作る。
「因みに学園で何位くらい?」
「決まってます、一位ですよ!」
「大袈裟だよ……」
後輩ということもあるのだろうけど、一香ちゃんはわたしへの採点が甘くなっている。もちろん、悪い気はしない。いいぞ、いいぞ! もっとやれ! と心の中では思っている。
けれどわたしにも先輩としての威厳があるし、お得意の馬鹿を言わないでという顔を作るのだった。
彼女の名前は薬師寺(やくしじ)一香。一年生でわたしの一つ下になる。背が小さく髪をポニーテールし、赤い縁のメガネをかけ、目元は鋭いが可愛いらしい女の子だった。風紀委員を毛嫌いしており、特に猿渡くんとは顔を合わせれば悪口を言い合っている。
一香ちゃんとわたしのやり取りを見て、智美(ともみ)はニタニタと笑っていた。
「一香は、ほんと音葉のことが好きなんだねぇ」
「はい、それはもう!」
気持ちいくらい一香ちゃんは言い切った。
「あっ、当然ですけど学園二位は智美先輩ですからね! 生徒会でワンツーフィニッシュです!」
「ふふっ、ありがと」
大人な笑顔だった。わたしとは違い、余裕を感じた……。これが彼氏持ちの貫禄か!?
橋川(はしかわ)智美は、同じ学年で同じクラスで同じく生徒会に所属し、友達だった。たびたび彼氏といちゃつくところを見せつけられ、その時は本気で絶交してやろうかとも考えた。
背が高くショートカットで、どこかボーイッシュな印象だった。女子から可愛いではなく、かっこいいと言われるタイプだ。
わたしは立ち上がると、窓際に近づいた。校舎を見下ろす。
あ、賢太郎くんだ……ほんとにいた……。
猿渡くんと楽しそうに会話しながら歩いていた。
今日もかっこいいなあ……。遠いのでちゃんと顔は見えないが、わたしには見えるのだ。賢太郎くんを想う気持ちがあるため余裕だ。
賢太郎くんは、イケメンランキング一位で確定だな! 二位と思いっっっきり大差をつけて!!
朝から見れて幸せ。今日一日もハッピーに過ごせる。
だらりと顔が緩んでいることに気がつき、首を振った。だめだめ。こんな顔を一香ちゃんに見られたら、わたしの恋心を知られてしまう。風紀委員を敵視しているのに、知られてしまえば何をしでかすか……。一香ちゃんだけでなく、この気持ちを他の生徒にも知られてはいけない。
智美が隣にやってくると、
「ははん……」
と目を細め得意げな顔を浮かべた。耳元でボソボソと、
「賢太郎くんを見てたから、にやついていたんだ……」
「うっ……」
智美にはどうやら見られていたらしい。いじられてしまった。智美は嫌らしく口角を上げ、愉快そうだった。彼氏持ちはこれだから……。
例外として、わたしの恋心を知っているものは幾人かいる。その一人が智美だった。智美は風紀委員に対してわだかまりはないため、わたしの恋を応援してくれていた。応援というよりも、おちょくり楽しんでいる気もするけど……。
「音葉先輩、負けちゃあだめですよ!」
自分のディスクについている一香ちゃんが言い、わたしは振り返った。
「え?」
「風紀委員のあんぽんたんには、何としても勝ちましょうね!」
「う、うん……」
「最近、ちょっと活躍してるからって調子に乗ってなますからねぇ」
「風紀委員となにかあったの?」
と智美が尋ねた。一香ちゃんから私怨を感じ取ったのだろう。
「……昨日、猿渡のやつに馬鹿にされまして……それで……」
「ああ、なるほど」
智美はわたしに向かけたあのにやけ面を浮かべた。
「一香は、猿渡くんと仲がいいよね」
「な、何を言うんですか、あいつとなんて――!! 智美先輩と言えど許しませんよ!」
「ごめんごめん」
「まったく……」
一香ちゃんはあたかも憤慨した素振りを見せたけど、実のところ、猿渡くんのことが好きなのだ。認めようとはしないし、敵だと言っているが、その瞳は誤魔化せない。猿渡くんを見ると時は、恋する乙女の美しい瞳をしているのだ。
生徒会にいる女子は、なぜこうも素直になれないのだろう……。
「とにかくっ! いいですね音葉先輩。風紀委員に負けちゃ駄目ですよ!」
ぎろりと一香ちゃんに睨まれた。智美にからかわれた憎しみをぶつけられてしまった。
元より負けるつもりはない。
推理勝負を昔からしてきたけど、いつでも全力だった。正真正銘のライバル。生徒会とか風紀委員とか、ぶっちゃけどうでもいい。わたしにはわたしの勝負がある。
それが終わった後、恋人として賢太郎くんを迎えるのだ……。
賢太郎くんに顔を向ける。
彼も顔を上げ、目が合った。
――名探偵の名はわたしのもの。賢太郎くんはわたしの助手よ!
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