学園と探偵たちと謎と恋と
タマ木ハマキ
勝負とギターと
第1話 風紀委員長、賢太郎
学校に近づくにつれ、我が校の生徒の姿も多くなっていった。
後輩先輩かかわらず、ほとんどの生徒が挨拶をしてくれた。おれも一つ一つ挨拶を返していく。
自分でいうのもなんだが、みなから慕われていた。
おれは風紀委員長をしている。
生活指導などのことで注意する身の上、疎まれそうなものだが、当初心配していたことは起こっていない。学校の風紀の維持はもちろんのこと、生徒のトラブルを解決したり相談にも積極的に応じているため、信頼してくれているのだろう。
それだけでなく、風紀委員が特殊な依頼を受けていることも、関係しているのかもしれない。
多くの生徒が在籍するこの峰ヶ先(みねがさき)高校では、時に推理小説で出てくるような、頭を悩ませる謎が出現する。今までも多くの謎を解決してきた。密室トリックを仕掛けられたことも、アリバイトリックで騙されかけたこともある。
解決してきた。
おれたち風紀委員が“多く”の事件を解決した。
すべてを、と言えないのは、ライバルである生徒会がいるからだ。
生徒会も事件が起これば捜査に加わる。おれら風紀委員よりも早く謎を解くこともあった。特に生徒会長には優れた推理力があった。
峰ヶ先高校では、生徒会と風紀委員の組織が双璧をなしている。生徒の中に派閥などはないだろうが、おれたちはどちらが優れているのかと競い合っていた。
この対立はどうやら伝統みたいなもののようで、遠い昔から競っていたらしい。どちらが学校に貢献しているのか、と。
「ハリケン先輩、おはようございますっす!」
校門を潜ろうとしたところで、後ろから声をかけられた。このヘンテコな言葉遣いは、一人しかいない。
「おはよう」
振り返るとおれは言った。
猿渡(さるわたり)は人懐っこい顔をして笑った。
彼の名前は猿渡秋斗(あきと)。一個下の一年で、猿渡も風紀委員に所属している。最も親しい後輩だ。背も小さく顔も小さく、鼻の下の溝が長く口もデカいため、名前の通りどこか猿っぽい印象を受ける。
因みにハリケンというのはおれのあだ名で、本名が針(はり)賢太郎(けんたろう)だからだ。
「先輩は今日もかっこいいっすね!」
歩き出すと、猿渡はおれの顔をまじまじと見ながら言った。
「そんなよいしょはするなって」
おれは手を左右に振ると、
「――で、因みに学園で何位くらいだ?」
「んんー、そうですねっ! 三十八位くらいっす!」
「ん、ああ……嬉しいけど、なんていうか微妙だな……」
上位の方ではあるが、そこは一位と言っておけ。後輩なんだから、もうちょっとよいしょしてもいいだろうに。まったく……。
「ハリケン先輩、次の風紀委員長は僕を推してくださいよぉ……へへ……」
猿渡は揉み手をした。
なるほど、おべっかはこれが狙いか。だったら尚更、一位と言いやがれ。
猿渡は校舎を見上げると、あっと声を出した。
「どした?」
「見てください、生徒会のボスが見下ろしてるっすよ。ふんっ」
おれも三階にある生徒会室を見上げる。
音葉(おとは)が窓に手をつき、登校する生徒を眺めていた。こちらに気づいているのかはわからないが、おれの心臓はドキッと高鳴り、少し背筋を伸ばした。
「金魚の糞である、一香(いちか)はいないみたいっす」
「そ、そうか」
「先輩、今日も生徒会の連中に負けちゃあ駄目っすよ! 最近は生徒会にデカい顔をされてますからね!」
「そうだな……」
生徒会長、風乃(かぜの)音葉。同じ二年で、風紀委員長であるおれのライバルである。
どちらが先に謎を解決するかいつも競い合っている。負けたくないし、おれの方が探偵として優れていると証明したいと思っている。
その想いに嘘はない。音葉はおれのライバル。
ライバルではあるのだが――
もう一度、音葉を見上げた。
おれは、音葉のことが好きだった。
この想いにも、嘘はない。
音葉とは幼馴染で、小学生の頃から飽きることなく片思いしていた。同じ高校に入った今ですら、いっそう感情は強まっている。音葉は年々――いや、日に日に可愛くなっている。恋は盲目? いや、これはまごうことなき事実。音葉こそ、学年一位であろう!
おれだけでなく、音葉に憧れる生徒は多いだろう。成績優秀だし可愛いし、生徒会長の役目をちゃんとまっとうしているし可愛いし。恋心を抱いてしまうのも仕方がない。
恋は盲目? いや、これも事実だ! ……まあ、猿渡だけは別で音葉を敵視しているが。
音葉は、いったいおれのことをどう思っているのだろう? ただの幼馴染、ただの風紀委員長、ただのライバル……。それ以外の感情はないのだろうか。
おれたちを取り巻く環境もいけないと思う。
生徒会と風紀委員が対立しているのを、生徒だけでなく教師までもが公然の事実となっており、まるで無理に争わされている気にさえなる。周りに煽られている部分もあった。
猿渡は生徒会を敵と認識しているし、生徒会の一香という一年の女子も敵対心を抱いている。仲良くしたいと言える雰囲気ではないのだ。
とはいっても、おれとしても音葉の方が探偵として優れていると認めたくはないし、負けるつもりもない。それとこれとは別。
子供の頃から推理勝負をし、六十一勝、六十九敗と負け越している。
だがまだ巻き返せる! 恋も推理も、おれは譲歩しない!
おれは気合を入れ、音葉を見つめた。
――名探偵の座は、おれのものだ。その探偵の助手になるのが音葉だ!
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