第2話 異聞粗忽長屋
八五郎は、ある男を探しておりました。昨日の夕方から行方知れずになっていたのです。ちょっといわくがありまして、面倒なことになるおそれもあったので、早いところ見つけようといらいらしておりました。
中々見つかりません。たくさん人がいるところと思い浮かべ浅草寺に行ってみることにいたしました。
と、人垣ができております。必死で前へ出ようと他人の
早いところ死体を回収しないとまずいのです。八五郎は必死に頭を巡らせました。もっともらしい嘘をつくと却って面倒になるかもしれません。どうしよう。ええい、一か八かだ!
世話役をしてくれている人に、「自分はこの男を知っている」と申し出ました。
「知ってる?そりゃありがたい。どこの誰やら書付ひとつ持ってないんでわからず困っていた。じゃこの人のおかみさんにでもあなたに知らせてもらって」
「いや、この野郎は、独り身で身寄り便りのない野郎なんです」
「そりゃ困った。じゃあ、あなたが引き取ってくれるかい?」
「でも、そんなことすると、あの野郎うまいことやって持って行ってしまいやがった、なんて痛くもない腹を探られるのもいやですから。ああ、そうだ、じゃ本人をここに連れてきましょう」
「本人?誰の本人?」
「いや、だからここで死んでる本人ですよ」
「あなたちょっと落ち着きなさいよ。ここで死んでるんだから本人が来れる訳がない」
「この野郎はそそっかしい野郎ですから、ここでこんなんなっちゃてるのに気付かないんですよ。今朝あったらぼーっとしてましたから」
「今朝会ってる?じゃ人違いだよ。この人は夕べからここに倒れてんだから」
「とにかく連れてきます」
なんて、自分でも馬鹿馬鹿しいと思うやりとりをして、目的の男熊五郎の家、家ったって長屋ですが、そこに急ぎました。
夕べ死にやがったか、くそっ!ぬかったな。八五郎はさらにいらいらしました。
熊五郎はぼんやり煙草をふかしています。八五郎は大声で言います。
「お前は煙草なぞふかしている身分かねえぞ」
「なんかしくじったか?」
「しくじったも何も、おめえは死んでるよ。今朝浅草で死んじまったろう」
「でも、死んだ気がしねえ」
八五郎はいらいら、そして焦りながら熊五郎を説き伏せます。早くしねえとまずいことになる。なんとか、うすぼんやりした、ちょっと足りない熊五郎を説き伏せて二人で浅草寺に急ぎます。
「あの、本人を連れてきました。おい、よく見ろ!」
「あ、これは俺だ。なんて浅ましい姿になって。こんなことならもっとうまいもの食っとかよかった」
「くだらねえこと言ってないで、抱えろ抱えろ」
周りの人が止めるのを「本人が本人のもの持って帰って何が悪い!」と八五郎は喚き散らしまして無理やり浅草寺から連れ出します。
熊五郎が言います「抱かれてるのは確かに俺だが、抱いてる俺は一体どこの誰だろう?」
「それは、今にわかる。とにかく俺の言うとおりにしろ」八五郎が言います。
「兄貴、一体どこまで行くんだい?」
「おめえも知ってるあそこの神社だ。とにかく急げ」
いつの間にやら陽も傾いてきております。
神社に着きました。八五郎は
「よし、とりあえずここに下せ」
地面に死体を置きます。八五郎は何やら社に向かって低く唱えております。
と、すーっと地面に丸く穴が開きました。地面が口を開いたように。
「ひゃあ」と熊五郎は尻餅をつきます。「兄貴、兄貴、穴、穴…」指さして大きな声を出します。
「うるせえ、静かにしやがれ。さ、死体を抱えてこの穴の中に入るんだ」
「ここにかい?怖いよ」
「この野郎、愚図愚図してやがるとぶん殴るぞ!」
脅しつけられて熊五郎は死体の頭の方を抱えおっかなびっくり穴に足を踏み入れます。穴の中には階段があって降りるのは大変ではありません。八五郎も足を持って続きます。
階段を降り切るとそこは蠟燭が何本もたかれていて明るい部屋でした。
「おかえりなさいまし」四人の人間が現れました。
熊五郎はびっくり。「あれ!大家さん、伊勢屋の旦那とおかみさん、それに吉公じゃねえか!ここでなにしてんだい?」
ところがよく知っている間柄なのに誰も何も言いません。真っ直ぐに立って八五郎を見つめているばかり。その目もなにか虚ろに見えます。
「驚いたか」八五郎は低い声でぼそっと言います。
「驚くよ!みんなどうしたんだい?なんか様子が変だけど」
「こいつらはな」八五郎はちょっと笑いを含んだように言います。「俺が作ったんだ」
「ええー」熊五郎は腰を抜かしそうになり八五郎をみながら二三歩後ずさりします。
八五郎は話を続けます。こういうことだそうです。
去年の夏、高尾山に行った。道に迷って陽も落ちて途方に暮れていると、ばさばさと音を立てて目の前に烏天狗が降りてきた。烏天狗は八五郎を抱きかかえて飛び立ち、どこか山の中腹の洞穴に連れて行った。そこで烏天狗は、人間を作る方法、薬の調合、呪文を教えてくれた。八五郎はいつの間にか気を失っていて、気が付いたら麓に倒れていた。江戸に帰って、半信半疑だったが薬の材料を集め、呪文を一昼夜唱えてできたのが、今日熊五郎と一緒にここに運んできた死体だったのだ。
「どうも初めてなんでな。一番よく知っているお前を作ったんだがうまくいかなかった。出来損ないだ。ここにいる四人はうまくいって俺の言うことをよく聞いて、おとなしくしてるんだが、この野郎は言うことを聞かねえで時々表に出ちまう。そしてとうとう死んじまった。」
熊五郎は固唾を飲んで聞いています。八五郎は続けます。
「俺は俺の作った人間でこの町を俺のものにしようと思っている。作った人間と本物の奴を少しずつすり替えていくつもりだ。時間はかかるけどな。その最中にこいつが逃げちまって、その上、大勢の前で死にやがった。隠さなきゃならねえ。ごまかさなきゃならねえから、咄嗟に「本人がそうだと言ってるんだから」なんて無茶苦茶言って何とかここまで連れ込んだ。けどな、どう考えたって馬鹿な話だ。そのうち怪しまれる。お上の耳にでも入ったら面倒だ。なにしろ、おめえが二人いるのを大勢が見ちまった。これはまずい。本人は一人じゃねえとな」
「俺がいるじゃねえか」
「いや、おめえはここを見ちまった。おめえは悪いが利口じゃあねえ。ここのこと、俺のやってることがばれちゃあ大変なことになる」
熊五郎は青ざめました。「俺はどうなる?どうするつもりだい」
ため息をついて八五郎は言いました。「仕方がねえ。かわいそうだが、おめえには死んでもらう。そして俺が作り直す。今度はしくじらねえ。おい」と声をかけると4人が無言で虚ろな目で熊五郎を見つめながら、熊五郎に迫ります。
「うわあ。助けてくれ、勘弁してくれ、しゃべらねえから!なあ兄貴ぃ!」
八五郎は黙ったまま。4人は一斉に熊五郎に飛びかかりました。4人に組伏せられたんじゃたまりません。熊五郎はしばらく喚き暴れていましたが、だんだんと呻き声に変わり、動きも小さくなっていきます。
しばらくして熊五郎が死んだのを確かめると八五郎は言いました。「今度は上手く作るからな。成仏しなよ」
粗忽長屋でございます。
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