11:向かう先
酒場『
空に星々が浮かぶ一歩手前、暗殺者に狙われようとも、昨日と変わらず滑らかに唇を動かして、
「さあ嬢ちゃん、食事を終えたら向かうべき場所の選択肢が二つある。どっちがいい?」
などと言いながら、木テーブルの上にアバカスが置くのはナイフとフォーク。持ち手を騎士の方へと向けて薄ら笑いを浮かべる元暗殺騎士の言葉をタオは鼻で笑い飛ばす。
「私に選ばせるのか? ここまで貴様が行き先を決めていたのに? 私にはもう何が何やら……さっきあんな事があったのに、今酒場の席に着いてる事もそうだ。自分がどこを向いているかも分からない……」
自嘲の笑みをタオは小さく零し、アバカスは頬杖をつくと口をへの字に曲げる。
「偉そうな迷子だなおい。最初俺を宮殿に連れてったのは嬢ちゃんだろうに。それと、こっから先は今騎士団の嬢ちゃんの知識がいるのさ」
再び微笑を取り戻したアバカスは木テーブルを覗き込むように身を屈め、頬杖をついていない右手の人差し指でナイフを小突く。
「一つは宮殿。魔女に会いに行く訳じゃねえ、大臣か聖歌隊の総隊長の事務室があるだろう? 聖歌隊がどんな研究をするにも絶対に上の承認はいる。承認書なんかがあるはずだ。それを盗み見に忍び込む」
噴き出し咳き込むタオをチラリと見上げ、冒険者は続けて右手を動かすとフォークを小突く。
「もう一つは学院だ。膨大な研究記録を全て記憶してると言うなら大したもんだが、魔女でもなきゃ無理だろそんなの。学院の魔女に借りを作るのも嫌だし、重要な研究報告書を保管してる場所があるはずだからそこに忍び込む。嬢ちゃんに聞きたいのは、宮殿と学院、どっちの警備が薄いのかさ」
「馬鹿なの? 馬鹿でしょっ、どっちに忍び込もうと罪よそれは……ッ、バレて捕まりでもしてみなさいよッ、最悪その場で処刑でしょうがッ」
ひどい頭痛に見舞われて、タオは頭を抱え顔を歪めた。事件の真相を追うためにそこまでする必要があるのかないのか。
初めタオが依頼をしに行った時こそ渋い顔をしていたのに、金を受け取った途端手のひらを返したかのように
アバカスは危機察知能力でも欠如しているのか、さもなくば命知らずのただの馬鹿だ。
なにより、宮殿にしても学院にしても、どちらも帝国の中で警備が手薄とは言い難く、侵入を堂々と騎士に提案する冒険者の無謀さも腹立たしい。
「もっと正攻法を取ろう、世間に顔向けできぬやり方で真相を追ってどうするの?」
「んな段階は既に終わった。今この瞬間にも暗殺者が襲って来ないとも限らねえ。閲覧許可でも出るのを待ってりゃ老衰で死んじまう。それじゃあ永遠に成功報酬貰えねえだろ」
「金がそんなに大事か‼︎」
感情のままに木テーブルに叩きつけられた騎士の両拳。地面に落ちて砕けるグラスの音。真っ二つに砕けたテーブルから浮き上がるナイフとフォークを掴み取り、それで自分の肩を叩きながらアバカスは即答する。
「大事だね」
「なにがそんなに大事だ⁉︎
「
握るナイフとフォークをタオに向けて軽くアバカスは投げ放ち、少しばかり目を見開き手を振って、タオはナイフを弾きながらフォークの柄を掴み取る。
「誰かにとって価値の変わる
誰もが目に見えぬモノに価値を見出す。『愛』と呼ばれるモノであったり、『未来』と呼ばれるモノであったり、不確かなそれを価値ある絶対的なモノだとアバカス=シクラメンは信じない。
今あるモノこそ過去の集大成。それこそ不変で不動の絶対だ。どうしようもない過去が振り返れば絶えずそこにある。色眼鏡でどんな角度から眺めようが、転がる過去の本質は変わらない。良いモノを積み上げたなら良くなるし、悪いモノを積み上げれば悪くなる。
そして、変わらぬ過去は現在でのみ作り上げる事ができるのだ。ドランク=アグナスの死にどんな意味があるのかなど知った事ではない。
必要なのは、尻尾を巻いて逃げた過去でもなければ、無駄に消費されるだけの
己の関わる全てを無価値だなどと言わせぬ為に。
「今尻込めば全ては水の泡よ、これまでが無価値に姿を変える。俺達がなぜ狙われているのかも、事件の真相も、裏の流れを知れれば
「…………罪を暴く為に罪を犯せと?」
「罪ってのはなんだ? 分かっていながら俺達を事態に投げ込んだ上の方がよっぽど罪深いだろうよ。嬢ちゃんはなんで騎士になった? 不審な上の連中を護る為か? それとも」
「あの……お客様?」
料理を手に持ち困った顔で立つ
「向かおうが向かわなかろうがどっちも地獄だ。葛藤に溺れて沈むくらいなら、せめて歩いて行きたいね」
「…………だとして、宮殿はないだろう。宮殿を護る騎士は王や魔女を護る騎士の中でも精鋭も精鋭。学院の方がまだマシだ。だいたいどう侵入する気だ? 警備の騎士が何人いると思っている? こっちは二人だ」
タオが止まろうがアバカスは止まらない。手を小招きなんらかの終わりを見逃す傍観者であるよりは、共に行動し騎士崩れが行き過ぎた時に諌める方がまだマシ。
そう判断し、目の焦点を合わせるタオを見つめながら、アバカスは今一度テーブルを小突いた。
「地下水路を使う。上の道が塞がれようが、いざという時騎士や聖歌隊が動けるように首都の地面の下には蜘蛛の巣のように水路が広がっている」
「だとしても経路を知って……あぁ」
自分の頭を人差し指でトントンと小突くアバカスを目に、タオは言葉の先を飲み込む。暗殺部隊にいた騎士が知らぬはずもない道。
「その道を行き、学院のどこを調べる?」
「学院長の事務室だな」
極秘の研究資料を普通の資料室に置いておく訳もない。研究内容が違かろうと、成果を出そうと競い合っている研究室同士が互いに研究内容を盗み見れるような場所に資料を保管しているはずもない。
それを見る事のできる者いるとすれば、それらを管理する立場にいる学院長含む帝国の首脳陣。
研究室の量と万が一を考えれば、膨大な量の資料を一々学院外に持ち出すこともない。
「然るべき奴が訪問して来た時、必要な資料をすぐに提示できるよう学院長室、その近辺に極秘の資料室が間違いなくある。そこで研究内容と資金繰りの資料でも盗み見れりゃ十分だ。行くか?」
返事はせず、頷きもせずに、一瞬ばかり目を伏せてゆっくりとタオは握るフォークを並ぶ料理へと伸ばす。
それを見送り、アバカスは料理を運び終え突っ立つ
「テーブルの弁償代だ。それと」
人差し指を唇に当てるアバカスと渡された二枚の金貨を見比べて
口止め料。それと理解して、
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