第2話 未経験なのに責任重大
入部が決まると、すぐさま私の楽器選びが始まった。
「ギターって弾いたことあるかな?」部長だという3年生の竹内先輩が優しく聞いてきた。
「いいえ、経験ありません」
「……リズム感……どうだ……?」これは棒を持った無口な3年の長谷川先輩。
「自信ないです」
ちなみに先輩の棒は乾燥サボテンで作られており、雨乞いにも利用する楽器だそうである。
「笛の経験は。管楽器の経験はあるのか」竹笛の川上先輩だ。2年生だそうだ。話しかけられるとき睨まれるから、ちょっと怖い。
「ないです。あっ、リコーダーなら吹ける……かな?」
「……」
全員黙った。
「……あの、私やっぱり入部はやめ……」
「大丈夫だから! これから覚えればいいんだから心配しないで!」
部長の竹内先輩が強引に遮ってきた。
冷たい目をした川上先輩が、私の顔をのぞき込んできた。そして唇をじっと見つめる。
「えっ、えっ、あの……?」何だろうちょっと恥ずかしい。
「初めて見たときから思っていた。その唇はケーナ口だ」
「け、けーなぐち?」
川上先輩は、真剣な面持ちで頷いた。
「唇は厚からず薄からず、弾力がありそうで、前歯は大きなく、口周りの筋肉は発達していそうだ。ケーナを吹くのに向いている、つまりケーナ口だ」
私はケーナに向いているの? っていうか、
「あの、ケーナって何でしょうか……」
川上先輩は持っていた竹笛を私に差し出した。
「この縦笛がケーナだ」
その縦笛の太さは魚肉ソーセージぐらいで、長さは魚肉ソーセージ2本分くらいだろうか。口をつけるあたりに切り込みがある。ここから息を吹き込むのだろう。胴体には丸い穴が縦に数個開けられており、この穴を指で塞いで演奏するようだ。
「アシで作られた縦笛を本来はケーナという。しかし残念ながら、これは竹製だ」
「アシのケーナは高くて買えないんだよね~」と、部長が苦笑しながら言った。
「ケーナは木製もあるが……そちらも高い……。竹が一番安い……」と、これは長谷川先輩。南米音楽研究部はお財布事情が厳しそうだ。
「説明は以上だ。さあ、早速吹いてくれ」
川上先輩に促されて、私は戸惑った。えっ、これさっきまで先輩が吹いていたよね。それを吹くの?
「ああ、そうか、悪い」
私が笛の吹き口をまじまじと見つめていたら、川上先輩が察したようで、ハンカチでぬぐってくれた。
そして、改めて私に吹くよう迫った。
「えっ、いや、でもどうやって……」
「いいから吹いてみろ」
わけもわからず吹いてみたが、空気が抜ける音がしただけで音が鳴らなかった。
「それでいい。そこから、音の出る位置を探っていくんだ」
私は先輩から言われるがまま唇を上下にずらしたり、角度を変えたりしながら息を吹き込んだ。そうこうしていたら、ある場所でピィっと鳴った。
「よし、いいぞ。やはりきみはケーナ口だ」
川上先輩が褒めてくれた。
「すごい……。ケーナで決定……だな……」長谷川先輩も口元に笑みを浮かべていた。
「初めてで音が出るなんて、ケーナに向いてるみたいだね。良かった良かった。ところで桜木さんはケーナをやるとして、川上くんはどうするの」と部長が首を傾げた。
「ケーナをもう1本買ってもいいけど、今すぐは無理だよ。予算ないし」
「俺は当分の間、サンポーニャに転向する」
それを聞いた先輩たちは、おお~と声を上げた。さんぽーにゃ?
「サンポーニャっていうのはね、アシでできた笛なんだけど、うーん、現物を見せたほうが早いか」
部長はそう言うと、踊り場の隅に置かれたバッグから細い竹の筒の束を取り出した。太さはケーナの半分以下で、長い竹もあれば短い竹もあった。
「アシは高くて買えないから、こっちも竹製なんだけどね。これも縦笛みたいなもんだよ。でも、この竹1本1本は音程が決まっているから、演奏者は音程を変えるような演奏はできない。だから、演奏する曲によって竹の組み合わせを変えて、束を作って演奏するんだ」
川上先輩は何本かを組み合わせて持ち、息を吹き込んだ。ケーナよりも柔らかくて優しい音色だった。複数の音階を同時に奏でられるところは、笛バージョンのハープみたいな感じだ。
「きれいな音ですね。温かみがあるっていうか」
私がそう言うと、川上先輩が頷いた。
「ああ。だが、欠点もある。とにかく音が小さいんだ。だからコンサートでは主旋律を単独で担当できない」
はあ、そうなんですね。
「演奏の主旋律を担当するのはケーナだ。つまり、きみだ」
えっ。
「俺たちの演奏の善し悪しは桜木さんにかかってるってことだから、頑張ってね」
「…………応援している…………」
そんな。私、初心者なのに。
そんな、そんなのって。
「ええええええーーーーー!」
責任重大だ!
――
帰宅し、部活に入ったことを両親に報告すると、とても喜んでくれた。
特に母は、私が引っ込み思案なことを心配していたから、「ええー、本当に! すごいじゃない! 頑張ってね。キャー!」と歓声を上げるほどだった。親にこんなふうに喜んでもらえたのは嬉しかった。
そして、主旋律を担当になったことを報告すると、今度は両親はびっくりした。そりゃそうだろう。私だってびっくりした。だって私は音楽未経験なのだから。正直に言うと気が重い。そう愚痴ると、
父は「入部するなり大役を任されるなんて嬉しいことじゃないか。ほかの部なんかでは、ずっと補欠のまま卒業する子だっているんだから」と励ましてくれた。ううーん。確かにほかの部だったら、初心者の1年生がいきなり大役を任されることはないだろう。だから、私はラッキーなのかもしれない。しかし、気の弱い私は素直に喜べなかった。ただただ胃が痛かった。
<つづく>
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