ここは南米音楽研究部!
ゴオルド
第1話 高1の春、南米音楽と出会う
私は桜木まどか。ついさっき高校生になったばかりの新1年生だ。
性格は人見知りで引っ込み思案。
そんな私に最初に声をかけてきたのは、冷たそうな顔立ちの男性だった。
――
それは入学式の後のことだった。
これから部活紹介が体育館で行われると案内があったけれど、私はすぐに帰宅することにした。人見知りだし、部活に入ってみる勇気が出ないのだ。
なんだか私って情けないかも。
ちょっとだけ自己嫌悪しながら歩いていたら、校門の手前で声をかけられた。
「きみ。部活紹介には行かないのなら、ちょっと付き合ってくれないか」
知らない男性だった。制服を着ているからこの高校の生徒なのだろう。切れ長の目をして、黒髪をすっきりと切り整えたその人は、とても冷たそうな人に見えた。
私は怯えた。ちょっと付き合えだなんて。これはあれだ、生意気な新入生をいじめる不良の先輩というやつだ。部活紹介をサボるから目を付けられたのだ。怖い……。
私は走って逃げることにした。全力でダッシュして振り切ろう。
「ま、待って待って、違うからー!」
背後から別の男性の声がした。振り返ると、先ほどとは別の男性が二人加わって、計3人の男性が私を追いかけてきていた。
怖い!
私はますます怯えた。
私は走るスピードをさらに上げた。
が、結局捕まってしまった。
男性たちはぜいぜい言いながら、自己紹介した。彼らは部活紹介に出られないほどの弱小部――南米音楽研究部の部員であり、新入生を勧誘していたのだそうだ。どうやら新入生をシメる怖い先輩ではなかったようだ。
「ちょっと……演奏を……聞いて……返事はそれからで……いいから……」
息切れしながら何度も訴えられてしまって、私はつい承諾してしまった。だって先輩方が今こんなに息切れしているのは走ったからで、なんで走ったかというと私が逃げたからで。
そういうわけで、断り切れなかった私は、この先輩方の部室まで連れていかれることとなった。
――
連れていかれたのは、校舎の外壁に取りつけられた非常階段の3階部分、その踊り場部分だった。
非常階段には鉄製の手すりがはめ込まれており、その手すりには近くに植えられた木の葉っぱが当たっていた。ここが南米音楽研究部の部室? ここは屋根もないし、もしも雨が降ったら濡れるのではないだろうか。
きょろきょろとあたりを見回していたら、ギターを持った男性が、私にクッションを手渡してきた。
「どうぞ。床に直接座ると体が冷えるからね」
私は遠慮なくクッションを受け取り、その上に正座した。場所は踊り場だけれど、これから私のための演奏が始まるのだ。正座するのが礼儀のように思えた。
男性はにっこり笑うと、数歩後ろに下がってギターを構えた。
「これから演奏するのは、『インカへの賛歌』という曲です。では、聞いてください」
冷たい目つきをした男性が隣に立ち、竹のたて笛を口に当てた。
ギターの男性が階段のほうを見上げた。上へとのぼる階段に立っていた背の高い男性は、頷き返すと木の棒を構えた。
そして、男性3人による演奏が始まった。
ギターは軽やかにかき鳴らされ、たて笛がピィーーーっと高く澄んだ音を響かせ、木の棒がシャラシャラとリズムを刻んだ。木の棒を振る男性は、ときおり叫んだ。どうやら合いの手のようだ。そして木を叩いたりバトンのように回したりしながら軽やかなステップで踊った。
これが南米の音楽か。
初めて聞いたが、素朴で力強く、一体感のある音楽だなと思った。
そして何より私の心を捉えたのは、演奏している彼らがとても楽しそうだったことだ。こんなに楽しそうに演奏する人たちを私は初めて見た。音楽に合わせて体を動かしているところはマーチ的ではあるが、そこまで型にはまった動きではない。かといって自由気ままに動いているわけでもなく、三人は調和しながら緩急をつけてリズムに乗っている。それぞれ自由でいながら、ちゃんとつながっている、そんな演奏だった。
演奏が終ると、私は立ち上がって拍手した。すばらしかった。ギターと笛と棒という簡素な外見なので、たいした音楽を期待していなかったが、とんでもない。南米の風とはこのようなものかと思わせるハーモニーだった。行ったこともないアンデス山脈が見えた気がした。
私の拍手喝采を受けて、ギターの男性が嬉しそうにはにかんだ。優しそうな顔がさらに優しそうになった。
「ありがとう。そんなに感動してくれて嬉しいよ」
「俺たちへの期待値が低かっただけじゃないか」とたて笛の男性は冷たく言い放った。
ずばりそのとおりなのだが、いや、それでもすばらしかったのは本当だ。
「……聞いてくれる人がいるのは……いいな……」棒の男性が目を細めて、小さくつぶやいた。この人は演奏中は甲高い声を上げるなど、なかなか激しいパフォーマンスだったが、演奏が終ると物静かになった。真っすぐな鼻筋ときりっとした眉が印象的な美青年だ。叫んでいたときとは別人のように見えた。
ギターの男性が、私をじっと見つめた。
「どうかな。入部してくれる、気持ちになったりとか、してない、かな?」
目元クールな男性も、背の高い美青年も、無言で私を見つめてきた。
私は、この楽しそうな演奏グループに入ってみたい気持ちになっていた。
だから、深く考えずに、つい頷いてしまった。
「やったーーーーー!!」
3人の男性は歓声を上げた。
「これで南米音楽研究部は4人になったぞー!!!」
だって彼らの演奏は、本当に楽しそうだったのだ。
私もこんなふうに楽しそうに演奏して、人に披露できたらどんなに素敵だろうか。
気が弱くて、人前で何かを披露するなんて避けてきた人生だけれど、そんな自分を変えたいという気持ちも、私はどこかで抱いていたのだ。
――私は変われるかもしれない、この南米音楽研究部との出会いによって。
そう思った私は、つい入部してしまったのであった。
自分には音楽の経験が全くないことなんて、すっかり忘れていた。
<つづく>
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