第3話 時間がない!

早いもので入部してから1カ月が経った。



私は暇さえあればケーナをひたすら練習し、先輩方は新入部員勧誘を頑張った。



GWも明けた5月のある日の放課後、非常階段の踊り場で、3人の先輩は肩を落としていた。

「とうとう連休も終った。この時期ではもう部活に入ろうって生徒は残っていないだろうな」川上先輩がため息をついた。「今年の新入部員は1人だけか」

「でも、桜木さんが入ってくれたんだから、それだけでも十分だよ」と部長がみんなを慰めるように言った。

「まあ、4人で出るしかないか」

「……楽しみだ……」

何の話だろう。

「あの、何かあるんですか?」

「ふっふっふ」

部長が意味深な顔をして、一枚の紙を差し出した。


それは「南米フェスティバルのお知らせ」と書かれたチラシだった。場所は高校のすぐ近くにある福崎商店街。主催は商店街連合会で、開催時期は7月下旬とある。

へえ、あそこの商店街ってこんなイベントをやっていたのか。遠方からバス通学している私は知らなかった。夏の南米フェスティバルか。食べ物の屋台も出るようだし、なんだか楽しそうだ。


「これのステージ出場者募集ってところを見てみて」

「ええと、……南米音楽を演奏する個人、グループを募集します。プロアマ問わず」

アマチュアでも参加できるのか。これはもしや……。嫌な予感がする。

「俺たち南米音楽研究部は、このフェスティバルのステージで演奏します!」

部長はにっこり笑って高らかに宣言した。いやああああ!

「む、無理ですよっ」

私は悲鳴に近い声を上げていた。

「まだ全然ケーナ吹けないし、っていうか人の多い商店街で演奏するとか無理です!」

人前で演奏するだなんて考えただけで緊張する。絶対やだ。無理。ストレスで胃が溶けると思う。

「大丈夫だよ。今はまだ5月だから、あと2カ月も練習期間があるよ」

「たった2カ月しかないんじゃないですか……」

「桜木、おまえならやれる。自分のケーナ口を信じろ」

そんなこと言われても。

「桜木さんの音は綺麗だ……みんなにも聞いてもらいたい……」

うう、長谷川先輩まで。


「曲目はどうしようか。コンドルは外せないとして、もう1曲ぐらいいけるよね」

「その前に、簡単な曲でいいから人前で演奏させてはどうだ。度胸もつくし、ケーナ習得の助けにもなるだろう」

「……童謡とか……桜木さんのイメージに合う可愛い曲で……自信をつけてもらったら……」

「よし、じゃあ、それでいこう。まずは特訓、それから校内ゲリラライブだね!」



私はケーナの特訓に加えて、度胸をつけるという特訓も始められることとなった。緊張して震える……。


その日から、私は「かもめの水兵さん」とか「ふるさと」とかの童謡を練習するようになった。先輩方は、とくに川上先輩は細かく指導してくれた。指使いからアゴの角度、姿勢や足の開き方に腹式呼吸まで、再度チェックしてもらい、悪いところは徹底的に直してもらった。


笛係の二人が猛特訓に励むさまを見て、部長は「師弟愛が生まれそうだねえ」と暢気なことを言っていた。うう、私は必死なのに。長谷川先輩は「あまり……無理しないように……」と心配してくれたけれど。



――

どうにかこうにかそれっぽく吹けるようになった6月頃、私は校門前や校庭に連れていかれ、ゲリラライブを行った。

恥ずかしくて死にそうだったが、ケーナを吹き出すと、意外と周りが気にならなくなった。楽しそうに伴奏してくれる先輩たちにつられて、私もリラックスできたのかもしれない。ときには友人が笑顔で応援してくれて、私は少しずつ人前に立つことに慣れ始めていた。


人見知りで引っ込み思案の私が、こんなふうに演奏するだなんて。自分でも信じられない。自分で自分の変化が嬉しかった。でも、商店街の南米フェスティバルに出るのは、申し訳ないけれど無理な気がする。うん、絶対無理! 自分が主旋律を担当するなんてプレッシャーで押しつぶされそうだ。



<つづく>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る