第8話:冒険者崩れ


「やっちまえ!!」


 どうやら曲剣を持つ男がリーダー格のようで、その号令と共に男達が動くが――


「遅い。マイナス百点」

「ひ、や、やめ――」


 襲いかかってきた男の顔をブレイグは掴むと、テーブルへと叩き付けた。そのあまりの力にテーブルが砕け、男が破砕音と共に床へと激突。そのまま身動き一つ取らず、ピクピクと痙攣していた。


「腰が引けている。マイナス六十点――ああ、めんどくせえな。お前ら、全員失格だ失格」


 槍を持った男に蹴りを叩き込みつつ、迫り来るハンマーを避けて、ブレイグは持っていた煙草を戦槌士の目玉へと押し付けた。


「うぎゃああああ!?」

「ちょっと借りるぞ」


 顔を押さえる戦槌士のハンマーを奪い取ると、ブレイグはそれをヒョイと投げた。


 それは轟音を巻き起こしながら男達が棒立ちしているところへ飛来。


「ぎゃああああ!!」


 肉が潰れる音と悲鳴がこだまする。


「え……いや、ちょっと待て。まだ……一分も経ってないぞ!?」


 既に、その場に立っていたのはこの集団のリーダーらしき男とブレイグだけだった。男達は全員がどこかしらを負傷して床に転がっており、死んではいないものの、これ以上の戦闘はできないところまで痛み付けられていた。


「見たところ、お前らは冒険者崩れか。元々のランクは……甘く見積もってDランクってとこか」

「お……お前は何者だ!」

「ただの通りすがりだよ……と言いたいところだが――」


 新しい煙草に火を付けて、テーブルの上のある飲みさしのビールを飲みながら、ブレイグがそのリーダー格の男へと近付いていく。


「く、来るな!! うわああああ!!」


 男が、がむしゃらに曲剣を振るうが、それもあっさりブレイグの右手で受け止められてしまう。その感触は――まるで鋼か何かに剣を打ち付けたかのようだった。


「さて……お前がリーダーのようだから……とりあえずお前でいいか」


 そう言ってブレイグが男の首を掴むと、グイッと自分の顔の方へと引き寄せた。


「俺の目を見ろ」

「こ、殺さないでくれ!!」

「――


 男が怯えたような顔で目の前に迫るブレイグの顔を見つめた。


 するとブレイグの瞳が怪しく赤く光り、そこで彼はようやくブレイグの瞳孔が――縦長であることに気付いた。


「ア……あああああ!?」

「お前の雇い主は誰だ。なぜそこの黒ローブの男と俺を襲った――


 まるで……何かの薬でも打たれたかのように、男の左右の目が別々の方向を見はじめ、口からはよだれが垂れた。


「アア……俺らは……ベスティ司教の……雇われ……部隊だ……。こそこそと……司教と……黒市場のことを調べている奴がいたから……捕まえて拷問したっ! アハハハ! いっぱい痛み付けた!! そしたらここで協力者と落ち合うって! だから! だから!」

「……黒市場はどこにある。どうやったら入れる」

「アッ……黒市場は……地下……入口……は……三つ……白の教会……赤の倉庫……そして青の音楽ど――ギャッ」

「っ!!」


 ブレイグは風切り音を察知して首を振ると、頭のあった位置をが通り過ぎ――男の脳天を貫いた。


「ちっ、口封じか!?」


 ブレイグが振り返るも――そこには開け放たれた扉があるだけで、外にも視界にも、


「見えない位置からの精密射撃か。しかも軌道を曲げてやがるな。射線に誰もいねえ」


 ブレイグが超視力で見るも、やはり誰も怪しい人物は見当たらない。


「……ひゅー、やるねえ。プラス五十点だ。だが、撃つタイミングが少し遅かったな」


 ブレイグは酒場から外へ出ると、手を右耳に着けっぱなしの魔導通信機へとやり、魔力を込めた。


『はいはーい。もう酒場を出たんですね。協力者に会えましたか?』

「……トラブル発生だ――情報が漏れている可能性がある。とりあえずギルド暗部らしき協力者は死んだ。おそらく拷問を受けて、俺との待ち合わせまでは吐いてしまったようだ」

『っ! どこまで情報が漏洩しているか推測できますか?』

「ギルドが関わっている……ところまではバレていないと思う。あのペンダントを着けていたが、あれが暗部の証だと知る奴は早々いないだろう。だが、冒険者崩れどもが酒場で倒れているから早急に手を打ってくれ。それとリーダー格の男から少しだが情報を引き出せたんだが――口封じされた。やったのは相当な腕の弓士だ」

『すぐに暗部を向かわせます。それで、その情報とは?』

「まず、奴らはベスティ司教という奴に雇われていたらしい。そして黒市場は地下にあって入口は三つあるそうだ。白の教会、赤の倉庫……そして最後のを聞いている途中で殺されてしまったがおそらく……青の、だろうな」

『すぐに調べます。ですが、一つに関しては答え合わせをするまでもなさそうですね』

「ああ。この街で三つの物がそれぞれ色分けされているのなら、それはつまりそういうことだ」


 このトリオサイラスは三区画に分かれており、白聖街、赤鉄街、紺碧街と、名前の通り三色に色分けされている。この街で白といえば、白聖街のことだし、赤であれば赤鉄街、青であれば紺碧街といった風にだ。

 

「青……つまり紺碧街の音楽堂と言えば、一つしかない。そして、そこを根城にする冒険者パーティーのリーダーは――と聞いている」

『……やはり、関わっていそうですね――【ラ・エスメラルダ】』

「ああ。こっちでもう少し情報を探ってみる。そっちはそのベスティ司教とやらを調べてくれ。おそらくそいつも何かしら関わっている」


 ブレイグが周囲を警戒しながら、音楽堂の方へと引き返していく。まさか奴らも自分がFランクの少年と同じ存在だと気付くまい。


『……ベスティ司教に関しては既に揃えています。ですが確証がまだ見付かりません』

「何者だ?」

『白聖街で一番の大物です。元々は、法国ガドールの大司教だったそうですが政争で負けてこの街に来たとか。表向きは敬虔な聖職者のフリをしていますが、黒い噂が絶えません。おそらく黒市場に深く関わっていると予想されますが……』

「そっちは任せるよ。俺はエルフの方から探ってみる」

『くれぐれもお気を付けて。特に、少年形態の時は今の形態と違って限定解除も使えないのですから』

「分かってるよ」

『あと、気になる情報としては……執行部とは別の部署の捜査員も動いているようです』

「あん? なんだ俺達以外もいるのか? だったらそいつと協力して……というわけにはいかないのか」

『残念ながら……すみません』


 オペレーターのしょげた声を聞いて、ブレイグが苦笑する。冒険者ギルドという組織はあまりに巨大になりすぎた。ゆえに同じ組織下とはいえ、思惑が違えば当然、ぶつかり合うこともある。


 人間の社会は相変わらず度し難い……そう思いつつもブレイグは口にしなかった。


「ああそうだ一点確認だが」

『なんでしょう?』

「この会話って当然記録しているよな?」

『ええ、まあ。正式な記録として残されますね』

「ならいい。また情報が入ったら連絡くれ」

『はい。それでは――』


 オペレーターの声が消えると共に――ブレイグは疾走を開始した。

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冒険者嫌いのS級潜入調査官 ~冴えないおっさんなんて要らねえんだよって追放されたけどダメだなこいつら。ん? 元Sランク冒険者でギルド側の人間だって知らなかった? 今さら遅え、Eランクからやり直しな~ 虎戸リア @kcmoon1125

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