第7話:調査任務


 【ラ・エスメラルダ】拠点――〝名も無き音楽堂〟


「お疲れ様、ブレイグ君。見た目よりずっと強くて助かったよ」


 拠点の入口近くにあるテーブルで、リスラがブレイグを労りながら、飲み物の入った木製のマグを手渡した。


「ありがとうございます! ゴブリン程度なら余裕ですよ!」


 お礼を言いながらブレイグがニコリと笑った。


 彼は一通りリスラにこの拠点を案内してもらったあと、予備メンバーの仕事でもある低ランクの依頼をリスラと共にこなしていた。

 

 このトリオサイラスの地下には、古代の水路がまるで迷路のように張り巡らされており、定期的に魔物が湧いてくる。なのでそういった魔物を間引き、地上に出て来ないようにするのも、この街の冒険者の仕事だった。


「ふふふ……強いって本当だったんだね。てっきり強がって言っているのかと思ってた」


 ブレイグはゴブリンの群れと、ビッグラットの群れをリスラと共に討伐したのだが、いくら能力が制限されているとはいえ、流石にその程度の魔物には遅れを取らない。


 とはいえ正体を怪しまれないようにと、不慣れな短剣を使っていたので、良い感じにFランク感が出ていたと彼は勝手に満足げだった。


「次はもっと上手くやれますよ!」


 そう言って、ブレイグがぐいっとリスラから渡された木製のマグを煽った。中身はこの近辺でとれる特産品の果物の汁を蜂蜜と水で割ったもので、清涼感と甘みが疲れを癒やしてくれる。


「……うん。明日も頑張ろうね。ブレイグ君は、宿を取っているんだっけ?」

「はい! 安宿で、十人一部屋ですけどね」

「うわ……もしブレイグ君が良ければ、だけど……ここの拠点、空いてる部屋いっぱいあるし、使わせてもらえるようにラゴルさんに言っておこうか?」


 リスラが心配するようにそう言うので、ブレイグはブンブンと首を横に振った。


「だ、大丈夫です! 今の部屋も友達がいっぱいできたので、嫌じゃないんです!」

「そう? 気が変わったらいつでも言ってね」

「はい!」

「じゃ、また明日の朝、ここに来てくれる?」

「分かりました! リスラさん、今日は一日ありがとうございました! 明日もよろしくお願いします!」


 ブレイグはぺこりとお辞儀すると、満面の笑みを浮かべた。それを見て、リスラが相好を崩す。


「うん。こちらこそよろしくね。それじゃ、気を付けてね」

「はい! さようなら!」


 くるりと回ると、ブレイグはそのまま元気よく駆けていったのだった。


「良い子なのになあ……」


 その背を見て、リスラはそう呟いたのだった。



☆☆☆



 【ラ・エスメラルダ】の拠点がある、ここ紺碧街は、蒼い屋根と木々の緑が特徴的な区画だ。トリオサイラスの北東部を占めるここは、そのままその方角にある、自然と調和を尊ぶ国、スールレイラの文化を受け継いでいた。


 木製の家々に、わざわざスールレイラから運び植樹した木々。住んでいるのも、スールレイラ人がほとんどであり、少数民族であるエルフも僅かにいたが、ほとんどの者が【ラ・エスメラルダ】に所属しており、そのまま音楽堂に住まうことが多かった。


 排他的かつ、多種族との交流を好まないエルフ達にとってはその方が都合が良いようだった。


 そんな紺碧街を一人の少年が走っていく。彼はスッと細い路地に入ると、前後に人がいないのを確認し、手を払った。


「はー、どっこいしょ。これ、疲れるんだよな……ったくルカめ、これ幸いとばかりにこき使いやがって」


 少年が黒いオーラに包まれた次の瞬間、そこには少年の姿はなく、黒髪の男性が立っていた。彼は下ろしていた髪を掻き上げオールバックにすると、煙草を取り出し火を付けた。


「だが、煙草を吸えるのはいい……。流石にあの姿で吸うと目立つからな……さて」


 そう言って男性――ブレイグがポケットから小さな水晶がついた、指の爪ほどの大きさしかない魔導具を取り出した。それは丸い水晶のついた本体から細い突起が突き出た、不思議な形をしていた。


 それは、この街に移動する途中で接触してきたギルド職員から渡された物だ。


「……ほんとにこれ使えるか?」


 半信半疑でブレイグはそれに魔力を込めると、耳に装着した。突起部分がブレイグのもみあげの方に向いており、ぴったりとフィットしていた。


『……あーあー。マイクテストわんつー』

「なんだその呪文は」

『おっと、感度良好のようですね! ブレイグさんお疲れ様です! どうです? 小型魔導通信機の試作品は?』

「頭の中に居られるみたいで違和感あるな」


 嫌そうな顔をするブレイグだが、通信機から聞こえるオペレーターの声は暢気なものだった。


『慣れてくださーい。というわけで、潜入とは別の調査任務は私が全面的にバックアップするのでよろしくでーす』

「こき使いやがって。んで、別の調査任務ってなんだよ」

『――〝黒市場〟を調査してください』

「黒市場? なんだそれ」

『このトリオサイラスにある闇市場のことです。そこで売られている、について探ってください』

「それが……あのエルフ共に関係してるってことだな」

『その通りです。少年の姿で潜入しているのはそういう理由もあります』

「なるほどなるほど……

『どうしました?』

「いや、なんでもない。それで、その黒市場ってのはどこにある」

『地下にある以外の情報はまだ……。ですが協力者がいますので、彼から情報を入れてください。位置は――』


 オペレーターの説明を頭に叩き込みながら、ブレイグは別のことを考えていた。


 今日、あのパーティに入った時に感じた視線。最初はいわゆる男色とか、小児性愛とかそういう類いのものだと感じ、警戒していたが……どうやらそうではなかったようだ。


 今ならしっくりとくる。


 あれは――目だった。

 この商品は……いくらで売れるだろうか。そんなことを考えていたに違いない。


「とっくの昔に国際法で禁止されている……か。なるほど、確かにこの街はうってつけだ」

『……この街は三国の境にあり、それぞれが今も小規模の戦闘を各地で繰り広げています。そうなると必然的に――難民がこの街に流れ着きます。そもそもこの都市は難民街から始まったそうですし、それも当然かと』

「なるほどなるほど。【ラ・エスメラルダ】は表向きは文句なしにAランクのパーティだ。だが……どうやらとんでもない裏がありそうだな」

『気を付けてください。そこに少年の姿で送り出されたということは――そういうことなのですから』

「ルカはよっぽど俺を酷い目に合わすのが好きみたいだな……」

『それだけ信頼してるってことですよ』

「へいへい。じゃあその協力者の下にむかう。一旦切るぞ」

『ご武運を』


 ブレイグが魔力を切ると、オペレーターの声が消えた。


 既に移動しながら、目的地には到着済みだ。そこは紺碧街と、三区画の一つである赤鉄街の間にある寂びれた酒場だった。


 だが、ブレイグはもうトラブルの匂いを嗅ぎ付けていた。それは――間違いなく血の匂いだ。


 暗い酒場に入ると――案の定、四方から刃が向けられた。


「……お前が協力者って奴か? 悪いな、こいつなら今しがた死んだよ。ちと、遊びすぎた」


 曲剣を肩に担いだ男がそう言いながら、黒いローブを着た男を蹴飛ばした。ドサリと床に倒れた男の襟元から、ギルド暗部の証であるペンダントが覗く。その顔と身体には夥しい数の傷や拷問の跡があり、顔には苦悶の表情が浮かんでいた。


「どこの犬か知らねえが……俺らの庭でコソコソする奴は――皆殺しだ」


 曲剣の男が放つ剣呑な雰囲気に、しかしブレイグは表情すら変えずに、煙草を吸い始めた。


「……ったく、仕事が雑なんだよ。暗部のくせにこんな三下共にバレてるんじゃねえよ」

「あん!? てめえ今なんて言った!?」

「だがまあ……仇ぐらいは取ってやる」


 そう言って、ブレイグはゴキリと首の関節を鳴らした。


「さて、抜き打ちであるが……査定を――始める」

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