第4話:化け物

 ロンダスの怒号が響く。


「ボズ! 魔術を使え!!」

「お、おう!――【フレイムアロー】!!」


 魔術師のボズが杖をブレイグに向けるが、ブレイグは元いた位置から微動だにしない。


 杖の先から放たれた炎の矢がブレイグへと刺さり、炎上。その身体が炎に包まれた。


「ぎゃははは!! 口だけか! 死ねえ!!」

「脅かしやがって!! くたばれ!!」

「お前の首をギルドに投げ込んでやる!!」


 短剣が、槍が、剣が、次々と燃えるブレイグの身体に殺到する。


「フンッ!!」


 最後にロンダスが戦斧を使ったフルスイングをブレイグへと叩き込んだ。


 あっけなくブレイグの身体が吹っ飛ぶ。


「口ほどにもねえな!!」


 軽剣士が血がべったりとついた短剣を見て、笑いを上げた。しかし、他のメンバーも笑う中、なぜかロンダスは笑わなかった。


「おかしい……」

「何がですか?」

「感触が……なんか違うような」


 ロンダスが混乱するのも無理はなかった。これまで、魔物や人間を含め、幾多もの肉体をその戦斧で叩き斬ってきたのだが、明らかにその時と――感触が違う。


 これはどちらかといえば、いつかの戦場で戦った、あのどうしようもないほどの絶望を呼び起こす――正真正銘の化け物モンスター

  

 それを想起させるような感触だった。


 流石は悪人なりにBランクまで上がっただけはあり、ロンダスのその考えは正しかった。


「はあ……全然ダメだな。話にならん」


 そんな声が、ブレイグが吹っ飛んだ先から聞こえてきた。


「嘘だ。俺は確かに剣を……」

「フレイムアローが当たって生きてるわけがない!!」


 しかし、そんな悲痛な声もむなしく、ブレイグが無傷で立ち上がった。


「魔術の精度も練り込みも甘すぎる。あと、お前ら殺す時はきっちり急所を狙えよ? 及第点を与えられるのはロンダスの一撃ぐらいだな。まあそれもただの力任せで、一定以上の実力者には何の意味もないが。やれやれ、見込みがあれば、命ぐらいは拾ってやっても良かったが……」


 ブレイグがロンダス達へと向かってゆっくり歩いていく。


「再調査は終いだ。そろそろ終わりにしよう――〝零式拘束術〟50%……解放」


 その言葉と同時に――ブレイグが黒いオーラを身に纏う。


 それは、吐き気を催すほどの圧力をロンダス達へと放っていた。


「あっ……あっ……あれは……なんだ」

「あああ……ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」

「ひいいいいいいい!!」

「ママ! ママ!! 助けて!!」


 【撃破する戦槌】のメンバーが、ロンダスを除いて全員が気が狂ったように頭を掻き始め、一部の者は自ら剣を喉に刺して絶命。更に狂った者は近くにいたメンバーへと斬りかかり、数人を斬り伏せると、やはり自ら剣を喉に刺した。


 そんな狂乱のさなか、ブレイグが一歩歩くたびに、床が沈み、ひび割れていく。


 まるで――見えない巨人の足が踏みしめているかのような――そんな風に、元から狂っていたがゆえに、唯一この場合で精神を正常に保てていたロンダスが錯覚してしまった。


「お前は……なんだ。お前はなんなんだ!!」


 ロンダスが恐怖を掻き消そうと吼える。その精一杯の虚勢に、ブレイグが答えた。


「俺か? そうだな。俺には色々と肩書きがあってだな。冒険者ギルドのS級潜入調査員、処罰隊隊員、元Sランク冒険者――そして」


 ブレイグが指を一本ずつ折りながら、ロンダスに近付いていく。既に他のメンバーは全滅しており、立っているのはもうこの二人しかいなかった。


 ロンダスはもはや身動き一つ取る事もできなかった。まるで、蛇に睨まれた蛙のように。


 そして、彼はブレイグの瞳を直視して――ようやく自分が犯した過ちを認めたのだった。


 その瞳は――まるで爬虫類のような縦長の瞳孔になっており……何よりそれは、人間では決して有り得ない色である――血のような朱色に染まっていた。


「あ……ア……その瞳……その圧力……ああ……お前は……!」

「ん? ああ、どこかでと出会っていたのか? ならお前が運がいい。俺らに出会って生き残れる人間は稀だからな。だがその悪運もここで終わりだ」


 ブレイグが、紋章が赤く輝く左手でロンダスの首を掴んで、持ち上げた。


 それはいつぞやにあった光景と、まるで逆の立場になっている。


「その……紋章は……」

「処刑人の紋章だ。お前も言っていただろ?〝高ランクの冒険者は多少の殺人も場合によっては許される〟って。その通りだよ。んで、こいつはその免罪符だ。つまりこれがあれば、お前らを何度ぶっ殺してもお咎め無しってことだよ。良いだろ、あげないぜ?」

「た……助けてくれ……頼む……死にたくない、か、金ならある! いくら欲しい!?」

「そういうのはな――


 ブレイグがそう言うと同時に、左手から黒い衝撃波が放たれた。


 それはロンダスの身体をバラバラに引き裂き、まるで紙くずのように散らしていく。


 衝撃波はそのまま倉庫の天井を破壊し――蒼空へと消えていった。


「はあ……だから俺は……冒険者って奴が嫌いなんだ。粗野で馬鹿で……死にたがりな奴が多過ぎる」


 そのブレイグの呟きはしかし、誰にも聞かれることもなく消えていったのだった。



 その後、まるで巨大な何かに喰い千切られたかのような跡が天井に残る倉庫から、ブレイグは暴行を加えられ気絶した男性達を丁寧に運び出した。


 それとすれ違うように、黒いローブに動物の頭蓋骨を象った仮面を被った集団がやってきて、倉庫の中へと音もなく消えていった。


 こうして元Bランクパーティ【撃破する戦槌】はその死体と痕跡、そしてギルドの記録すらも、ひっそりと消されたのだった。

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