第5話:報告終了
辺境都市クンフェル郊外。
街道沿いにある小さな宿屋の一室にブレイグの声が響く。
彼の前のテーブルの上に、小さな魔導具――魔術と科学を組み合わせた最新機器――が置いてあった。
「というわけで、以上で報告は終了だ。しばらくはクンフェル支部も苦しい時期が続くだろうからフォローしてやってくれ」
『報告、承りました。【
魔導具から、からかうような若い女性の声が発せられた。
「うるせえ。ちょっとイラッとしただけだよ」
『任務に私情を持ち込まないでくださいよー? って言うだけ無駄か。皆さんはそういう人達ばっかりですもんね。あーあ、なんで私ってばこんな問題児ばっかりの担当を受け持つことになるかなあ』
「はん、上層部に嫌われているんだろ」
『うー、否定しきれないのが辛い。あれ、そういえばルカさんは一緒じゃないんですか?』
その言葉を聞いて、ブレイグが煙草を吸い始めた。
「あいつは一足先に次の任務地に向かった。ったく、待ってくれれば良いものの」
『ふふふ……お二人は仲が良いですもんね。良いコンビで嫉妬しますよ』
「あん? なんだお前、俺に惚れてたのか」
『ルカさんに惚れているんです! ってまた無駄話をしてしまった……とにかくブレイグさんには次の潜入捜査任務に就いてもらいます』
「休む暇もないが、まあいい。今回の街は
その言葉に、魔導具の向こうにいる女性――ブレイグ達潜入調査官のオペレーター――がしばし沈黙する。
『……やっぱり、まだ探しているのですね』
「当たり前だ。俺が大人しくお前らに従っているのは、何も〝零式拘束術〟のことがあるからだけじゃないぜ?」
『もう、忘れましょう……とは言いませんが、もう少し前向きにですね……」
その言葉に、ブレイグが瞳に黒い炎を滾らせる。
「前向き? やめてくれ。俺の時間は、あの時以来ずっと止まっているんだ。だから――いやこの話はよそう。さっさと次の任務地と概要を教えてくれ」
『次の任務地は――三国都市トリオサイラス。お望み通り、大陸中央部で最も大きな街ですよ。冒険者の数もクンフェルとは比になりません。潜入先は――Aランクパーティ【ラ・エスメラルダ】……
その言葉に、ブレイグは深いため息をついた。
いがみ合う三国の間にある緩衝地として機能する独立都市であり、その治安はすこぶる悪いと云われるトリオサイラス。そして潜入先は同種族以外は全て家畜以下とまで蔑むエルフのパーティ。
「楽しい任務になりそうだよ……ほんと」
憂鬱そうに答えるブレイグだったが、魔導具からは他人事のような言葉が発せられた。
『健闘を祈りまーす。あと、何度も言いますがくれぐれも潜入中に癇癪起こして皆殺しとかは無しですからね? 後始末が大変なんですから』
「分かってるよ。というか他の連中ならともかく、俺はそんなことはしたことねえよ」
『そうでしたっけ?』
「その代わり……任務後に何かあれば――
そう言って、ブレイグが不敵に笑ったのだった。
☆☆☆
三国都市トリオサイラス――冒険者ギルド、トリオサイラス支部。
「……どういうことでしょうか?」
カウンターの受付嬢に対して、氷のような視線を向けているのは見た目麗しい青年だった。金髪碧眼に先の尖った長い耳。背中には、生物的な曲線を描くウッドボウを背負っている。
それはまさしく、エルフの民に他ならなかった。
「えっと……ですから……ラゴル様のパーティ【ラ・エスメラルダ】は、徒弟制度を受けていただかないと次のランクには昇格できません」
受付嬢が冷や汗を掻きながら、説明を繰り返すが、エルフの青年――【ラ・エスメラルダ】のリーダーであるラゴルは静かな口調のまま、怒りを滲ませた。
「ふざけないでください。我々は多大な功績を残したので特別に免除されるという話ではありませんでしたか? 支部長を呼んでください。はっきり言いますが……同族以外の者をパーティに入れるつもりはないですよ。この街の同族は既に全員私のパーティに入っていますし、いきなりFランクの人間を入れるなんて無理です。
ラゴルが目を細めて、ゾッとするような笑みを浮かべると、受付嬢がどうすべきか分からず狼狽えた。
その時、
「ご苦労様。いいわ、私が代わるから」
背後からそんな救いの手が差し伸べられた。
「あ、はい! よろしくお願いします!」
受付嬢はこれ幸いとばかりに脱兎の如く奥へと引っ込んでいく。
そして代わりにラゴルの前に立ったのは、赤髪の背の高い少女だった。
「初めまして、ラゴル様。挨拶が遅れました、私、本日付でこのトリオサイラス支部の支部長を務めることになりました――ルカ・アーキライトです……よろしくお願いしますね」
そう言って、このギルドの新支部長――ルカが微笑んだのだった。
「というわけで、徒弟制度を受けていただきますね? とはいえご心配なく。Fランクといえど、優秀な人間を
こうして再び、ブレイグの潜入調査が始まる――当然それは、平穏に終わるはずもなかった。
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