第2話:必要悪

 後日。


 辺境の街クンフェルの冒険者ギルド支部にて。


「おい! Eランクの依頼しか受けられないってどういうことだ!! 俺達はBランクだぞ!」


 ギルド内に、ロンダスの怒号が響いた。彼の目の前には、新人らしき見慣れぬ受付嬢がカウンターに立っており、無表情で対応していた。この辺りでは珍しい赤髪の背の高い少女であるが、その視線は氷のように冷たかった。


「ですから……何度も申し上げていますが、ロンダス様が所属する【撃破する戦槌】はEランクに降格しております。よって、受けられる依頼はEランクのもののみとなります。これは冒険者法で定められてお――」

「黙れ小娘!!」


 ロンダスが力任せにカウンターを叩き割った。Bランクの前衛職ともなると、木製のカウンター程度は紙と同じぐらい簡単に千切れるほどの力を持っていた。


 しかし、受付嬢は冷静にカウンターの上の重要書類をヒョイとどけるだけで、瞬きすらしない。


「降格については数日前に登録されている拠点へと送付しましたが、確認されていないのですか?」

「そんなものは知らん!」

「いずれにせよ、降格は正式決定した物です。またEランクから昇格していってください。あとギルド内での破壊行為及び受付嬢に対する脅迫は重大な冒険者法違反となります。罰金及び処置についてはまた追って送付いたしますので、今度はご確認くださいね」


 その事務的な口調に、ついにロンダスが我慢の限界を超え背負っている武器に手を掛けようとするが――。


「りりり、リーダー!! 流石にここでそれはマズイですって!! とにかく一旦落ち着きましょ!?」


 数人の仲間達に抑えられてやっと、動きを止めたロンダスが憤怒の表情で受付嬢を睨み付けた。


「お前……新人だかなんだか知らねえが夜道には気を付けろよ!!」


 そう吐き捨てて出ていったロンダス達を見て、受付嬢はため息をつくとそっとスカートの中の暗器から手を離す。


「はあ……ほんとに、どこの冒険者も馬鹿ばっかりですね。君、私用事出来たから、後片付けよろしくお願いしますね?」


 受付嬢はそう、隣で腰を抜かしていたギルド職員に伝えると、そのままギルドの奥へと引っ込んだのだった。


 一方、外へと出たロンダスは暴れに暴れていた。


「ふざけるな!! 俺のパーティがEランクだと!? どういうことだ!?」

「な、何かの間違いでは?」

「だよな。BからEに降格なんて聞いたことねえし……」

「あ……まさか」


 魔術師のボズが、何かを思い付いたのか目を見開いた。


「どうした?」

「分かったぞリーダー。これはきっと……ブレイグの奴の仕業だ! 奴がギルドに泣きついたんだよ!」

「……っ! あいつ……まさか……チクリやがったのか……? ブレイグぅぅ!! 」


 ロンダスの顔色が真っ赤を通り越して、青白くなっていく。


「ですが……Fランクの証言を一方的に信用していきなり降格とかしますかね?」

「お前ら、すぐにブレイグを拉致ってこい。今すぐだ」

「マジッすか。でも、あいつ懲りてもうこの街にいないんじゃ……」

「黙れ! 殺されたくなかったら早く連れてこい! あいつに似た風貌のやつは全員だ!! 」

「う、うっす!!」


 ロンダスの気迫に負けて、仲間達が方々に向かって走り出した。


「ブレイグめぇ……見付けたら死ぬよりも酷い目に合わせてやる!!」


 ロンダスの目には、見当違いな憎悪の炎が燃え上がっていた。



☆☆☆



 冒険者ギルド、クンフェル支部――支部長室。


「やっぱりクンフェルのマラキア酒は格別だ。これだけが楽しみで来たようなもんですよ」

「お気に召していただけて光栄ですよ――ブレイグさん」


 支部長が、琥珀色の酒を嬉しそうに飲む黒髪をオールバックにしている男性――ブレイグへと顔を引き攣らせながら笑いかけた。


「ところで……やはり彼らは……」

「ダメですね。話になりません。支部長の気持ちも分かりますよ? この街唯一Bランクでしたし、彼らがいなくなると、あとはDランクしかいないので、必然的に高ランク依頼は他の街の冒険者にわざわざ出張してきてもらわないといけない。そうなると、その移動費や滞在費は全てギルド持ちだし、依頼料の手数料も普段より低くなってしまう」

「何とか……なりませんか?」


 その言葉を聞いて、ブレイグはすぐに答えず、煙草を吸い始めた。


 紫煙が二人の間に揺れる。


「……支部長。冒険者に必要な物はなんだと思いますか?」

「ぶ、武力でしょうか? やはり強大な魔物に対して勝てる力がないと……それに最近は竜族の暗躍もあるとか。やはり冒険者たるもの武力がないと……」


 その言葉に、ブレイグはピクリと反応するが、すぐに普段通りの表情へと戻した。


「ええ。仰る通りです。ですが、それでは五十点ですね。良いですか武力が必要なのは当然。ですがそれよりももっと重視されるべきは――モラル、遵法じゅんぽう精神、そして何よりです。冒険者は言わば、鎖に繋がっていない猛犬、抜き身の刃、制御不可な暴力装置なんですよ。冒険者法なんて、なんの抗力もない。しかも高ランクの冒険者となれば――やろうと思えば住民を虐殺できるんですよ?」

「それは……」

「なので我々ギルド本部は、冒険者のランク昇格……特にBランク以降には慎重にならざるを得ないのです。なんせAランクからは優遇制度がたくさん含まれてきますし、ギルドの顔と言っても過言ではない存在となりますから。だから――私のような者がこうして派遣されるのです」

「それは……承知しております」


 支部長の苦々しい表情を見て、ブレイグが煙を吐き出していると、背後でノックもなく扉が開いた。


「ブレイグさん、早急に動いてください。でないとこの街の、黒髪の三十代男性がとんだとばっちりを喰らうことになりますよ」


 それは、下でロンダス達に対応していた赤髪の受付嬢だった。


「ノックぐらいしろ、ルカ。支部長に失礼だろうが」

「……そうですね。すみません支部長。あまりに冒険者の躾がなっていないので、少しだけ苛ついてしまいました」


 そう言って受付嬢――ルカはニコリと可愛らしく笑うと、開いた扉にコンコンとノックを今さら行ったのだった。


「いいい、いえ! ルカ様、ノックなんていりませんよ! そ、それより何があったのですか!?」


 支部長の血の気が引いた顔を見て、ブレイグが酒杯を飲み干すと立ち上がった。


「言ったでしょ支部長。必要なのはモラル、遵法精神、そして人間性ですよ。当然それがない者は――然るべき処罰を加えないと」

「ま、まさか彼らが……」

「おそらく報復目的でブレイグさん似の男性を片っ端から誘拐、暴行を加える気のようですね」

「あいつら……」


 ブレイグはため息をつくと、ルカへと視線を向け、左手をくいくいと曲げた。


「ほら、勿体ぶらずにさっさと寄こせ」


 その言葉に、ルカが佇まいを正した。その目から、感情がスッと消える。


「――冒険者ギルド執行部、治安維持部隊隊長代理のルカ・アーキライトが命ず。S級潜入調査官及び、処罰隊隊員であるブレイグ・ラックレイルはただちに。対象冒険者に対する生殺与奪権一時的に譲渡、及び〝零式拘束術〟50%解除までを許可する」


 ルカがそう言って、右手をブレイグの左手へと重ねる。


 すると、ブレイグの左手に紋様が赤く浮かび上がり、そして消えた。


 それは――契約の紋章であり、また彼に一時的に権利が譲渡されたことを意味するものであった。


「支部長。我々は決して正義でもなければ英雄でもない。ですが、覚えておいてください。健全な世界には必ず――


 ブレイグはそう言って、窓から通りへと飛び降りたのだった。


「人のことを言うわりにあれはあれで失礼だと思うのですけど?」


 そんなルカの言葉に、支部長は笑って良いのかどうか分からず、曖昧な表情を浮かべるしかなかったのだった。

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