第21話 猫とおもちゃ

 親睦会から数日後、暁斗あきとは離れて暮らしている妹、深月みつきとメッセージのやりとりをしていた。

 彼女は中学3年生で、来年は暁斗が通っている高校に通うつもりらしい。そのため、長期休みにある学校見学のためにこちらへ泊めてもらうかもしれないとのことだ。


『お兄ちゃん、どうせ彼女とか居ないでしょ。深月がついでに掃除とかしたげる』

『別にいいよ。自分で出来てるし』

『遠慮しなくていいから。お兄ちゃんが認めてくれたら、深月も高校で一人暮らしさせてもらえるんだもん』

『なるほど、そういう狙いね』


 一応OKは出しておいたものの、問題があるとすればねね子だろう。

 ぬいぐるみが人間になったなんて言っても、頭がおかしくなったと思われて精神科医へ連行されるに決まっている。

 何せ相手は妹だ。彼が昔からどれだけねね子を大好きだったかを知っているが故、寂しさのあまり病んだと考えられてもおかしくはなかった。


『準備とかあるし、来る時は教えてよ?』

『やっぱり散らかってるんじゃん』


 『そういう意味じゃない』。暁斗はそう送りかけて、直前で指を止める。

 普段ならすぐに送信ボタンを押しただろうが、今日ばかりは振り返って部屋の光景を見て頭を抱えざるを得なかったから。


「片付けないとね……」


 実は、つい先程までねね子と遊んでいたのだ。彼女に効果があるのかは分からないが、とりあえず買ってきたネコ用のおもちゃを使って。

 釣竿のような形状で、釣り針の代わりに虫のような人形が付いているやつで、揺れるそれをネコパンチすれば運動になるという仕組みらしい。

 暁斗もそれを目的に使用したのだが、人間の体で使うには少しばかり部屋が狭すぎた。

 彼女はネコパンチに夢中になるあまり、部屋にあるものを倒したり体当たりしたりを繰り返し、まるで強盗でも入ったのかと思うほど散らかしてしまったのである。

 ちなみに、暁斗が手を離しても床に落ちたおもちゃで遊び続け、今もペシペシしている。ぬいぐるみであろうと、本能には抗えないようだ。


『今から片付けるよ』


 その一言を送信してからスマホを机の上に置いた彼は、ねね子からおもちゃを取り上げて「めっ」と叱る。

 彼女はしゅんとしてしまうが、すぐに人間としての意識を取り戻してくれたらしく、周囲を見回して「誰がこんにゃことを……」と呟いた。


「ねね子だよ」

「にゃんと?! 私はやってにゃいにゃ!」

「本当に覚えてないの?」

「……ほんとにゃよ?」


 語尾が疑問形になると同時に、視線がスーッと右へ移動する。それを見てしまえば、ねね子が嘘をついていることは明らかだ。

 しかし、必死に隠そうとする様子は愛らしく、とても怒るような気分にはなれなかった。

 そもそもの話、自分がおもちゃを買ってきたことが原因でもあるため、ここは両方の責任ということで丸く収めておく。


「何はともあれ、片付けないとだから。手伝って」

「猫は気まぐれにゃ。片付けなんてやってられないにゃよ」

「もうおもちゃで遊んであげないよ?」

「……ね、猫は気まぐれにゃ。なんだか片付けたい気分になったから手伝ってあげるにゃ」

「うん、いい子だね」


 よしよしと頭を撫でてあげると、彼女は嬉しそうに首をすくめてせっせと作業を開始する。

 さすがの素早さで床に落ちていた物はあっという間に元の位置へと戻り、暁斗あきとはこぼれたお茶を拭いたり机の位置を戻したりしただけ。

 軽く掃除機をかけて終了と伝えると、ベッドの上に避難してくれていたねね子は、トコトコと走ってきて擦り寄ってきた。


「早くおもちゃで遊ぶにゃ」

「また散らかしちゃうよ?」

「その時は片付ければいいにゃよ。そうすれば、またご主人に褒めてもらえるにゃ!」

「……もう。わざと散らかすのだけはナシだからね」

「分かってるにゃ〜♪」


 クスクスと笑いながらおもちゃを差し出してくる彼女に、暁斗はふと名案を思いついて床に腰を下ろす。

 そこへねね子を手招き、自分の上に座らせると、片腕でぎゅっと抱きしめながら、もう片方の手でおもちゃを操ることにした。

 こうすれば、暴走を抑えることも出来て、自分はねね子に抱きついていられる。一石二鳥とはまさにこの事、我ながら天才だ。


「ご主人、暑苦しいにゃ……」

「僕は幸せだよ」

「ね、ねね子だって……幸せにゃよ?」


 おもちゃをペシペシとやって赤らんだ顔を誤魔化そうとする彼女に、暁斗がより一層強く抱き締めたことは言うまでもない。

 それからしばらくの間、おもちゃよりも見つめ合うことを優先し、部屋が散らかることは無かったそうな。

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