夢見るローリングサンダー

Jack Torrance

第1話 作れ!人工竜巻

あたしは14歳の夢見る少女。毎日、ローリングサンダー(胴回し蹴り)の練習をしている。別に格闘技なんてやってない。何故、人間が好き好んで殴り合ってどちらが強いかなどを競い合わねばならないのか甚だ疑問だ。怪我をすればその治療費の内の大半は税金から支出される。そりゃ、殴り合ってるんですから怪我するでしょうよ。そんな人達は健康保険料の支払いを普通の職種の人よりも多く負担すればいいのに。強くなればサラリーマンの生涯獲得賃金なんて大幅に超えちゃうんでしょうから。それに、誰が強いかなんて興味無いし。じゃ、何故故にローリングサンダーの練習をしているのか。それは、20世紀初頭に気象学者のチャールズ ハットフィールドが職業的に人工降雨を行っていたようにあたしも生身の身体一つで人工竜巻を起こそうとしているからだ。この一大叙事詩のような壮大なスペクタクルロマンを追い求めてかれこれ2年になる。この前、パパに付き合ってもらって連続ローリングサンダーが何連続まで繰り返し行えるかチャレンジした。パパがカウンターとストップウォッチを握りチャレンジ開始。3578回連続ローリングサンダーを決め要した時間は2時間30分18秒だった。これはフィギュアスケートのパトリック チャンが6回転半トリプルアクセルを成功させるよりも難易度は高いと思った。今頃、テキサス辺りで軽トラックが5インチばかし浮いている光景がまざまざと瞼の裏に浮かび上がる。この前、おじいちゃんがソファーに座って『大草原の小さな家』を見ていた。あたしは、おじいちゃんの背後で2400回連続のローリングサンダーを繰り出した。あたしは、クルクル回りながら大気が震撼し波動が生じるのを感じた。すると、一瞬ミミサイクロンのようなつむじ風が巻き起こりおじいちゃんのウィックがふわりと浮いて重力に逆らうようにゆっくりと床の上に落ちた。まるで粉雪が地表に舞い落ちるように…それは、バレットタイムで撮影したようなひらひらと螺旋を描くように舞い落ちて行き『マトリックス』のワンシーンのようなスローモーションで幻想的な一瞬だった。おじいちゃんの頭頂部の侘しい草原が瞬く間に静寂と化した小さな家の中にひっそりと佇んでいた。おじいちゃんはウィックを拾い上げてあたしの方に振り返ると悲しげな眼差しであたしを見ていた。その瞳は親鳥に見放された雛鳥のようだった。あたしは言った。「おじいちゃん、ごめん」おじいちゃんは言った。「いいんじゃよ、子どもは元気が一番じゃからな」その日を境におじいちゃんがリヴィングでテレビを見る事は無くなった。その日以来あたしはローリングサンダーの練習を減じた。少なくともおじいちゃんの近辺では。

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夢見るローリングサンダー Jack Torrance @John-D

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