第25話 翌日になりました。
次の日のオフィスでは、飲みの席にいたメンバーの半数はヨレヨレしていた。
代々木さんは席で液状胃腸薬を一気飲みし、上原さんは書類作成をしながら頭を押さえている。
わたしはぐっすり寝て、思ったよりいろんな意味でスッキリしていた。
隣の席の村西先輩はお酒に強いのか、いつも通り元気そうだった。
「ロボ子〜、これあんたここの部分もいつも自動でやってるでしょ。数式どうやんの」
「それは……」
「あ、ちょっと待って電話」
村西先輩は電話を取って話し始めた。
最初はよそゆきの声を出していたが「だから、それは古い型で、生産自体が終了してるので、無理なんですって!」とかやり合い始める。
数分の攻防の末、村西先輩が不機嫌な顔で通話を切った。
「あー、クソ。もうろくジジイめ……在庫調達したっていつかはなくなるのに……」
「こちらはわたしがやっておきます」
「えー、ありがとう。マジ助かるわー」
パソコン画面に戻る。
お土産のお菓子を配っていた塚本さんが少しだけ打ち解けてる様子のわたしを微笑んで見て、ぽんと肩を叩いて戻っていった。
村西さんの抱えていたのは結構時間のかかるわたし向きの作業だった。
少し重いけどお昼を机で食べればそのあと自分の分に取り掛かっても間に合うだろう。
わたしはもくもくと作業を進める。
単純作業中に脳に空いた領域で、今までのできごとが頭をかすめていく。
祖父に言われて婚活を始めてから、会社にいても関りがなかったいろんな人に会った。
以前と同じ、変わらない生活の中でたまに彼らに遭遇すると、不思議と懐かしいような気持ちになった。
先週は朝にカレーの王子さまの三澤さんと会社のエントランスで鉢合わせた。
彼はニッコリ笑って挨拶をしてくれた。誠実で、何かにつけ真剣すぎて相手が引いてしまうと言っていた彼は、合う相手さえ見つかれば幸せな結婚をするのだろうと思う。
先日はお昼にカフェに行くと、端の席でオムライス殿下だった池座さんが梶原さんと話しているのも見た。
彼女は表情ひとつ見ても彼のことが好きでたまらないといった感じで、彼は少し困ったような、呆れたような顔をしていた。以前なら特に見もしなかったであろう二人の、そんな関係を自分が知っているのは少し不思議にも感じられる。
社内を歩いているときに焼肉王子が通路でぼんやり一点を見つめて立っているのを見かけたこともある。
視線の先には巨乳の女性がいた。元気そうだと思った。彼はその若さでこれからきっとまだまだいろんな恋をするのだろう。
ほうじ茶ラテ王子の谷沢くんは先日仕事の用事で総務部に来て、そのときにほんの少し話をした。
彼女にプロポーズをしようと思っているらしい。まだしてなかったのが驚きだが人差し指をぴんと出して「手伝う?」と聞くと「だ、大丈夫。ありがとう」と言って笑った。
せいろ蕎麦王子はそもそもずっと、会社で見かけたことがなかった。だから先日帰り際に会社のエントランスで、戻ってきた彼と遭遇したときは本当に社内の人だったのだなと思った。
目が合ったので挨拶をして、婚活はどうだと聞かれ、やめてしまったことを言うと、深く頷いて「がんばってください」と激励された。
彼はもしかしたら、わたしが城守さんを好きなことを、わたしより先に知っていたのかもしれない。
少ししか時間は経っていないのに、彼等と会ったときのことは、全てすごく昔の記憶のように感じられる。もうすっかり過去の思い出になってしまっていた。
ただひとりを除いて。
城守さんのことは、昔のこととは思えなかった。
彼のことだけはいまだにずっと現在進行形で続いている。
けれど現実の城守さんとは、なかなか顔を合わせることがなかった。
いや、ほかの人たちもそう頻繁に見るわけではなかったから、これは願望の強さと思い出す頻度がそう思わせているのだろう。見たいのに、見れない。会いたいのに、会えない。
明るくて軽くて、でも実際は熱くて世話焼き。何かとお説教してきて、同時に励ましてくれた、デートに連れていってくれて、わたしの誕生日を祝ってくれた人。
なんの関係もないのに、わたしの幸せを真剣に考えてくれて、協力を趣味にまでしてくれた。結婚には興味がないと言いながら、単に自信がなくて遠ざけているところがあって。変なロボットを大事にしている、少し変わった趣味の人。
わたしは彼に会う口実をずっと探していた。
もっとも、関係をどうにかしたいだとか、具体的な目標があったわけではない。そこまでのイメージは湧かなかった。ただ会いたかったし、以前のように二人で話したかった。
しかし、いくら考えてみても、わたしが彼に連絡する用事はなかった。以前は婚活とは関係のない連絡もたくさんしていたはずなのに、名目がないとそれをするのは難しかった。
好きと自覚したら、連絡をするのが自分本位な欲望に思えてしまい、余計にしようと思えなくなってしまった。
ただ、たとえば何か口実ができたとき、会えたとして、そのときわたしはどうするんだろう。何を言えばいいのだろう。そこが問題であった。だからせめて、そこを先に解消しておかねばと考えている。しかし、具体的に考えようとすると頭が白くなり、何も浮かばない。
人は恋をしたとき、どうするんだろう。どうすればいいんだろう。
ここに来てもわたしのポンコツは健在だった。
「小鳩さん」
「うーん……」
「小鳩さーん」
顔を上げるとわたしが今まさに脳内で浮かべていた城守さんがいた。
鳶色の瞳にいつもの人懐っこい笑みを浮かべて、幻みたいにそこにいた。
わたしは数秒ぼうぜんとその姿に見入り、フリーズしてしまった。
「小鳩さん?」
「はい。……城守さん。どうしたのですか」
そこでやっと我に返ることができた。フロアの小さな喧騒も耳に入りだす。
眼前の人は白昼夢ではなく、最新の、現実の城守さんだった。
「ちょっと話したいんだけど、上がれそう?」
「えっ」
パソコンを確認すると終業時刻を少し過ぎていた。
「……まだ、無理です」
想定より作業量が多くて終わっていなかった。まだ少しかかる。明日にまわしてしまおうか、でも明日は明日でまた増えるので得策ではない。
「ここは私に任せて、行ってきな!」
いさましい声が聞こえてそちらを見ると、腕組みをした村西先輩だった。
「いえ、これはもともとわたしの受けたものですから」
「ロボちゃんも人を頼ることを覚えた方がいいわ。今日はあがりなよ」
山田先輩まで加勢して言ってくる。
「でも……」
課長の塚本さんがすっとわたしの目の前に来た。
「あのね、小鳩さんはね、前からミスがほとんどなくてえらいんだけど、あなたはすぐ自分でやってすませてしまうのね。もし効率のいい方法を知っていたら、できたらほかの人にも教えてあげて欲しいの」
「……はい」
「それから頼まれた書類とかでミスを見つけても自分で勝手に修正してすましちゃうでしょ。思い込みの小さなミスとかだと、相手に教えてあげないとずっと直せないの。わかる?」
「はい」
「部署全体の効率を考えて、もっといろいろ共有して伝えてくれるようになると嬉しいわ」
「はい。すみません……」
頭を上げると、塚本さんがニコニコして「じゃ、上がっていいわよ」と言ってくれた。
え、いいの? ちょっとぽかんとした。
後輩代々木さんを見ると、いさましい顔で小さくガッツポーズを送ってきたので苦笑いする。
わたしは鞄を持って、少しだけいさましい気持ちで退勤した。
わたしはやっぱりひとりでいるのは好きだ。
それは変わらないけれど。
今まで彼女達に、必要以上に壁を作っていたんじゃないかって、そんなことに気づいた。
「なんか、総務の雰囲気変わった?」
部屋を出たあと、城守さんが少し笑いながら言うので答えた。
「いえ。きっと、前からああだったんです」
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