第17話 お墓参りデートに行こう!【後編】


 車で三時間半。

 そこまで早朝の時間には出なかったので到着時にはすでに日が傾きかけていた。

 せっかく来たけれど、そろそろおいとましないと遅くなってしまう。


 居住まいを正して、そのことを口にしようかと思ったとき、お祖母さまが口を開いた。


「亜子ちゃん、もう遅いし今日は泊まっていかない?」

「えっ」

「婆ちゃん、小鳩さんは……」

「いいじゃない。普段ここにお客さまが来ることなんてほとんどないのよ。私は亜子ちゃんともっとお話ししてみたいわ」

「……だって、どうする? 帰るなら送るよ」


 このお祖母さまのおねだりは、なんだかいちいち可愛い。断れない。


「では、お世話になります」

「決まりね! じゃあ、お夕飯の準備してくるわ。亜子ちゃんはそこで待っててね」


 お祖母さまはそう言ってパタパタと台所に消えた。わたしは言われた通り、大人しく待つことにした。


 その後、城守さんが呼び鈴を直しにいってしまったので彼のお祖父さまと二人きりになってしまった。

 気まずさをごまかすようにお祖父さまが口を開く。


「さっきは……ぶしつけにすまなかったね。その、蓮司は会社でどうかな」

「わたしは部署が違うので……そこまで詳しくはないですが、仕事は優秀で、社内では女性にも節度を持って接していると聞いております」


 あくまで社内の話だが、余計なことは言う必要はないだろう。

 わたしの祖父同様、城守さんの祖父君のことも、不安にさせる必要はない。


「少しは大人になったということなのかな……」

「わたしが言うことでもないですが。彼はわたしよりずっと大人な方だと感じます」

「小鳩さんはあいつと比べるとずいぶん落ち着いて見えるがね」


 もういい大人だというのに、この人にとっての彼はずっと子供のころのままなのかもしれない。祖父にとってのわたしと同じように。


「……実はわたし、急いで結婚相手を探さなければならなくて……蓮司さんに相談させていただいてました」

「……あいつに相談して……何を言うんだ」

「お恥ずかしながらわたしは焦っていたのですが、蓮司さんはずっと、誠実な相手にしろと、そうおっしゃってました」

「……」

「それが一番の条件で、そうでないと、幸せにはなれないと……」


 顔を上げて見た彼の祖父の顔は、少し驚いたような、それでいてどこか悲しそうなものでもあった。


 玄関のほうから呼び鈴の音がして「直ったよー」と言いながら城守さんが戻ってきた。


「じいさん、小鳩さんに変なことふきこんでない?」


 城守さんがその場にどかっと腰を落ち着けたので、そこで話は途切れた。


 城守さんのお祖母さまはお料理が上手で、煮物、揚げ物、焼き物、一品料理とたくさんの品数が並び、どれも連泊したくなるくらいおいしかった。ここまで料理上手だと、人が来たら振舞いたくなる気持ちもわかる。


 彼女は明るくて屈託がなく、比べると少し気難しそうな彼の祖父も、結局彼女が可愛くて頭が上がらない様子が見受けられる。


 お風呂も広くて、檜の匂いがした。そのあと客間にお布団を敷いてもらい、思わぬ展開で少し旅行気分になってしまう。

 会社にいると一日なんてあっという間に過ぎてしまうのに、今日という日はすごく密度が高くて長く感じられる。


 旅行は基本ひとり旅しかしたことがなくて、そこでも現地の人と仲良くなるなんてこともなかったけれど、泊まったことですごく思い出深い旅になった気がする。これは想像以上の息抜きになった。


 城守さんの祖父母が寝静まった時間、そっと縁側に出てみた。


 外は本当に静かだった。


 腰かけて空を眺めると、星がよく見える。

 何もかもが新鮮だった。


 足音がしたので見ると城守さんが缶ビールをふたつ持ってきて、隣に腰掛けた。

 ひとつ渡されたので遠慮なく開ける。いよいよ温泉旅行みたいな感じもしてきた。

 城守さんがわたしの見ていた方角に視線をやり、聞いてくる。


「なんか面白いものでもあった?」

「うちは田舎がないんです。祖父母がみんな都内なので。だから、家とか風景とか、すごく新鮮です……」

「へえ」

「……こういう、夏休みの田舎への帰省のようなものには、ちょっと憧れてました」


 それにわたしは自分の家の装飾華美で絢爛な感じよりも、こういった素朴な風景のほうがずっと好きだ。


 憧れていたことすら今まで忘れていたけれど。きちんと思い出せた。


 城守さんといるとそういうのをよく思い出すような気がする。もしかしたら、結婚や恋愛に憧れた幼い自分だっていつかのどこかにはいたかもしれない。


「城守さんはここに住んでいたんですか?」

「幼稚園までは住んでた。それからは家族で都心に引っ越したけど……結局ここには母親としょっちゅう来てたよ」


 なるほど。「実家に帰らせていただきます」みたいなことが頻繁にあったのだろう。

 缶ビールをぐいっと飲んだ。グラスに入れないだけで、少し背徳的な味がする。


「城守さんは、いつか結婚しようとは思わないんですか?」

「俺の場合、小鳩さんのとこと逆で、ジジイに反対されてるからねー」

「お祖父さまの意見はともかく、城守さんはしたくないんですか」

「祖父さんの意見で小鳩さんは結婚しようとしてるわけでしょ?」

「あ、ちょっとはぐらかしましたね……」


 そう思ったのはここに来て彼の祖父に聞かれたときに「結婚をしない」と言っていた彼が、少し拗ねているかのように感じたからだ。特別したいと思ってるふうでもなかったけれど、はなから選択肢に入れず諦めてもいるような。そんな印象だった。


「……俺はねー。親が離婚してるし、幸せな夫婦のモデルケースを持っていないから、少し怖い」


 城守さんはビールをあおってぼそりと漏らした。


「怖い?」

「うん……なにかっていうと衝突して、揉めて、結婚に幸せなイメージがまったくないし」

「でも……モデルケースはあるではないですか」

「えっ」

「城守さんのお祖父さまと、お祖母さま。とても素敵なご夫婦だと思います」


 城守さんはしばらく黙って空を見ていた。

 それから立ち上がって伸びをしたので、わたしも立った。


「両親とじいさんの呪縛のせいにしていたけど……結局は俺の問題かもなー」


 城守さんが、わたしの飲み終わった缶に手を伸ばしてきたので渡した。


「そうだ。城守さんのロボット、まだここにあったりしますか?」


 同じロボ族のはしくれとして、もしあるなら挨拶などしてみたい。実際見たら何かすごい、素晴らしさの片鱗が見えるかもしれない。

 けれど、城守さんは静かに首を横に振った。


「あれは、ここにはもうないよ」

「さすがに捨ててしまっていますか……」

「いや……あれはね……今、うちにある」

「…………家?」

「ひとり暮らしのほう」

「…………持っていったのですか?」


 忘れてる覚えてないを連呼していたくせに。


「なに引いてんだよ! なんとなくだよ! 子どものころの記念に持ってきて! ……飾ってあるだけだよ!」

「い、いえ……」


 しかも押入れにいれず、ちゃんと飾っているのか。

 本当にずっと飽きなかったんだ。なんだかすごい。


 それから城守さんとおやすみを言い合ったわたしはお布団に入った。


 静かな夜に知らない家の旧い天井を見て、驚くほどあっけなく眠りに落ちた。


 翌朝、帰ることになり、準備をしていると、城守さんのお婆さんがそそっと来て耳打ちする。


「亜子ちゃん、きっとまた来てね」


 来たくないわけではないけれど、おそらくもう来ることはないだろう。


 それでもわたしはそのことを正直に言う気にはなれず「はい、ぜひ」と返事をした。


 城守さんの祖父母二人に見送られて、来た道を戻り出す。なんだか不思議な冒険をした気がする。


 帰りの車で城守さんは無口だった。


 わたしはその横顔を見てから、窓から流れる風景を見る。


 それからずっと、少年時代の彼と、ブリキのロボットのことを考えていた。

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