第11話 新年会
年が明けてすぐ、社内の一番大きなレセプションルームで会社の新年会が催されていた。
毎年の年始に催されるこの新年会は社員対象のもので、子会社や支社を除く本社ビルで働く人間の多くが集っていた。
立食式でテーブルには料理が並んでいたが、まだ誰も口はつけていない。
新年会といっても半分式典。少しだけ堅苦しいものだ。
宴会までいかないのでさほど楽しくもないが、大騒ぎにもならない。
今、壇上では社長の
祖父にはまったく頭が上がらないこの人は、実はわたしの伯父でもあった。
しかし、おそらくわたしの顔はちゃんと認識してないのではないかと思っている。
三が日に祖父宅で親類の集まりがあり、廊下ですれ違ったときに一瞬「あれ、こいつ誰だっけ。こんなやついたかな……」みたいな怪訝な顔で見られた。
数秒後に一応思い出してはいたが、よほど興味がないのか、毎年見るまで存在を忘れている。顔を合わすたびに座敷童子を見たようなギョッとした顔をしてくるからわかる。家族の中で見なければたぶん永遠に思い出せないだろう。
わたしはそんな伯父の挨拶を見ることもなく、コマネズミのように働いていた。
総務は主催側なため、欠席など許されない。意地悪部長を除くほぼ全員なにかしら忙しく動いていた。
わたしは司会進行などの表舞台には立たないタイプなので、裏で動きまわっていた。
さっきまで、いるはずの専務がいないのを探しまわり、物陰で秘書課の女性と熱い接吻中なのを引き剥がして連れ戻し、それからビンゴの景品であるノートパソコンが落ちて壊れたのを最新型ゲーム機にすりかえた。さらに、あるはずのカフェインレスコーヒーがなかったのに常務がブチ切れそうになったので慌てて手配もした。
裏方とはいえ、わたしの苦手な部類の仕事には違いなく、去年はトラブルを収めるはずが広げたりもしていた。今年は今のところ無事だった。小さな進歩を感じる。
ヨレヨレになって戻ると、イベント的なものがひと段落したところで、会場は少し緩い雰囲気になっていた。
少し落ち着いたのか、先輩たちも何人かは休憩していて、わたしに気づくと手招きした。
「ロボ子、おつかれ。あんたもちょっと休憩してきなよ。朝からなんも食べてないでしょ」
「ロボちゃん、これ美味しかったよ」
「はい。いってきます」
確かに空腹だった。とりあえずなんでもいいからお腹に入れたい。
大きめの輪の中で話している城守さんが目に入る。彼はわたしに気づくと、ひょいとそこから抜けた。食べ物をひょいひょい皿に乗せて、手招きしてくる。
「小鳩さん」
行くとお皿を渡された。
そうして少し身をかがめ、小声で「誰か気に入ったのいる?」と聞いてきた。
「まだ、ぜんぜん見れておりません」
「じゃあ今探して」
いただいたお皿の食べ物をありがたくつまませてもらいながら観察をする。
「あそこの優しそうな方はどうでしょう?」
「ダメ。あの人は指輪はしてないけど既婚者だよ。もう少し年齢を落として探してみなよ」
「では、あの方はいかがでしょう?」
「あれはダメだろ。あの太り方はろくでもない。百キロの壁を余裕で超えてる上に現在進行形で皿を二つ抱えて食いまくってる。ある程度体質はしかたなくてもあそこまでだと摂生する気がまるでない。一月なのに、汗でシャツベットベトじゃないかよ……」
「では、あちらの方は?」
「ダメだな。いまいち冴えない」
「城守さん、ダメ出し多くないですか……」
「結婚相手なんだから厳しく選定して当然だと思うけど。お前がゆるすぎんの」
城守さんが辺りを見まわし、ひとりに目星をつけた。
「んー、あそこの赤ネクタイ。あれなんかどう?」
「え、うゔん」
「なんだよその声は」
城守さんが提案するその人は、若いイケメンだった。顔立ちも整っているし、いかにもモテる男の雰囲気を持っている。
「わたし、あんなに格好よくなくていいのですが……あの方女性に囲まれてるし、あんなところに行って声をかけるだけでも寿命が五年分縮みそうです……」
「えー、ルックスはいいほうがいいだろ」
わたしはどちらかというと、人柄はよいが容姿が華やかさに欠けるので結婚相手がなかなか見つからずに少し焦っているような年齢の人を見つけて提案していた。
「俺の個人的な雪辱戦というか、仇討ちを混ぜて悪いんだけどさ……俺のろくでなしドクズの父親が、顔だけはよかったんだよね」
「そうなんですか」
「そう。だから、俺はできたら『見た目はぱっとしないけどまぁまぁ優しい』とかじゃなくて、顔も性格も両方いいやつを探したいんだよね。そこも併せて圧勝したい」
どうもわたしの結婚相手をろくでなしの父親と勝手に張り合わせているらしい。
どうかと思う気持ちはあるが善意で無償で手伝ってもらっているのだから、どんな気持ちで選ぼうが動機のほうには文句をつけるつもりはない。
「でも、見た目がいい人って浮気の確率高まりません?」
それは城守さんの外せない条件の『誠実』というものから外れないだろうか。
「あのね、浮気なんてするやつはどんな見た目でもするの。イケメンは誘惑が多いだけ。中途半端なやつは機会が少ないから、いざチャンスがあると飛びついて浮気するんだよ。それにブサイクでも願望さえあればいつかは浮気する。モテないから機会なんてなさそうな妻帯者がキャバクラは浮気じゃねえわとかいって通って結局かなり本気になって入れ上げて家庭内紛争が起きた事例も社内に存在する」
城守さんて男性不信なんだろうか……。もう全人類全て浮気する気がしてきた。
「バナナもはんぺんも浮気しますか?」
ふざけて聞いたが城守さんは真顔で「するやつはする」と答えて相手にしなかった。
三澤さんや池座さんは、一般的善良さを持つ、そこまで特殊でない人間だと思っていたけれど、もしかしてものすごくレアだったのだろうか。
「少なくとも、お互い結婚のための妥協で選び合ったような関係は先を考えるとよくないっしょ。そういや小鳩さん、見た目はどんなの好きなの?」
「いえ、わたし、急いでいますので……」
正直見た目なんかにこだわっていられない。
そりゃあ、わたしだってルックスのいい格好いい人は好きだけれど、わたしの状況下において優先順位はかなり低い。オムライス殿下のときのように、ほかの女子と被りやすいのも難点だと感じる。
「だーからちゃんと見つけてやるって。変なのと番わせてボコボコに殴られたりしたら一番悲しむのはお前の爺ちゃんなんだからな! わかってんの?」
「どりゅべっ、しゅごおぉーん!!」
その時珍妙な声が聞こえて、揃って声のほうを向いた。
「どらっ、しァぁ〜ん!」
見ると眼鏡の男性がクネクネと踊りながら叫び続けている。それはもともと発声しようとしていたであろう単語の原型をとどめていなさすぎて意味不明な叫びだった。
飲食物はあっても立食式だし、重役もいる。そこまでハメを外す人もいないかと思いきや、そうでもないようだ。お酒に弱くお酒の失敗が多いくせに飲みたがる人間はいるもので、人数が多いとやはり少しはいるものだ。
この人は経理の
山崎さんが風に翻弄される紙飛行機のような動きでフラフラと歩きまわっていた。
じっと見ていたのでうっかり目を合わせてしまう。すごい勢いで駆け寄ってきた。
「コバっトゥ、さぁあーん!」
山崎さんは小鳩とロボットが混ざったような名称で呼びかけてきた。
「はい。なんでしょう」
山崎さんはわたしの目の前でくるんと一回転してひざまずいた。
その目は完全に酔いで正気を失っている。
わたしの手を両手でぎゅっと握る。
「前から気になってたんれすようぅー! ボクとっ、結婚しまッしょおぉー!」
「……ハイ」
「ダメ!」
城守さんに背後から引っ張られ、速攻で引き離された。
山崎さんはそのままフラフラと別の女性のところに突撃していき「鈴木しゃぁん! ボクと結婚してぇん!」と言って、無言で顔面を殴打されていた。
「……城守さん、わたし本当に急いでるんですって……邪魔しないでくださいよ……」
「……小鳩さん、アレ見てよくそれ言えるね」
城守さんが心底呆れた目でわたしを見て、深いため息を吐いた。
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