第3話 アドバイザー捕獲しました。

 その店はアンティークな内装の洋食屋さんだった。

 少し奥まった路地にあるのと、こぢんまりしていたため、会社の目と鼻の先にあるのに知らなかった。

 慣れないことをしたあとで喉がカラカラだったけれど、テーブルに出されたお水を飲んだら少し落ち着いてきていた。目の前で城守さんがどこか面白そうな顔でこちらを見ている。


「ごめん、正式名称聞いてもいい? ロボの印象が強くて」

「小鳩亜子と申します。二十五歳です」

「うん。俺は城守蓮司。二十八歳」

「はい。存じております」


 城守さんは「あ、そういえばさっき名前呼んでたね」と言って、へらりと笑った。

 城守さんは本題にはすぐに入らず、メニューを見せてきた。メニューにはおいしそうな料理の名前がずらりと並んでいて「ハンバーグがお薦めだよ」とのんきな声で教えられた。

「では、それにします」と言ってから考える。


 この人に正直に事情を言う必要はあるだろうか。

 個人的なことなので、なるべく人には話したくない。

 でも、ひとりで行き詰まっていたのはまぎれもない事実だ。それに、すでに事情の片鱗はもらしてしまっている。

 城守さんは女癖は悪いらしいがそこを除けば仕事もできるし、意外と世話焼きで誰とでも仲よくなってしまうタイプだと聞いた。顔が広く、気になる女子社員がいると彼に相談する男性も多いらしいとか。女癖が悪いというのはよくも悪くも恋愛経験は豊富だろうし、意外と相談相手にはうってつけかもしれない。

 わたしは彼に事情を話すことにした。


「……と、いうわけなんです」


 あらましを話すにあたって、会社の会長の孫娘だということを打ち明けねばならず、そこにまずびっくりされた。


「他言無用でお願いします」

「……なんで隠してるの?」

「言えば周りからコネ入社だの七光だの言われて対応が変わるからです。悪目立ちも腫れ物扱いもされたくないです」


 実際、コネ入社でないかと言われると、コネ入社だった。入社面接は黙ってほかの人と同じように受けたのだけど、あとからニコニコした祖父に「一声かけておいたよ」なんて言われたのだ。

 それでもバリバリの実力派なら言われないかもしれないけれど、ヘロヘロのポンコツ派のわたしだと絶対にネガティブなほうにしか働かない。わたしの通称であるロボは正確無比な冷静さだとか知的さを指しているものではなく、頭にポンコツの四文字がしっかりと付くものだった。


 わたしは入社したてのころは、任された書類作成はハイスピードでノーミスで仕上げ、備品管理で資材室に行けばひとつとして数を間違えずすごい早さで戻り、感心されていた。


 しかし、簡単な備品関係の対応で他部署に行かせたら、話を勘違いして食い違ったまま帰ってくるようなポンコツだったので、すぐに期待は地にまで落ちた。

 わたしはコミュニケーションが絡むと途端に性能が落ちる。相手がイライラしているところに、会話が苦手なわたしが行き、まったく要領を得られず誤解して、大変な誤発注をする大惨事一歩手前までいった。


 ロボット呼びの直接的な由来としては、ある日わたしは書類作成を無言のままハイスピードで作成したはいいが、そもそもが指示を勘違いしていて、その書類はまったく必要のない、加えて誰も作成したことのない謎の創作書類だったことがあった。

 そのときに先輩のひとりが「無表情ですごい速さで仕上げてきてこれ!」と爆笑して、正確さと愚かさの両方からポンコツロボットちゃんと命名された。

 付き合い悪く明らかに馴染めていなかったわたしはそのときからなんとなくそのままのキャラクターを受け入れてもらえるようになったので、先輩なりの優しさだったのかもしれない。


 なんにせよわたしの仕事にはコミュニケーション能力が不可欠だ。それを欠いたまま、心のない作業だけ的確にするアンバランスな汎用性のなさはポンコツなロボットでしかない。実際祖父の一声がなければ受かってはいなかっただろう。


「言ったほうが色々おいしいと思うけどなぁ」


 城守さんは釈然としない顔を見せつつも「まぁ、小鳩さんはそういう性格なんだな」と一応の納得を見せた。


 注文したハンバーグが来た。夕食時も少し過ぎていて、空腹は極まっている。ココットに入ったトマトソースをかけたそれを口に入れる。脳がじーんと痺れる感じにおいしかったので、しばらく黙って咀嚼した。素朴な味のコンソメスープもお腹がじんわりあったまる。

 おいしいごはんで空腹が埋まると少し気持ちが緩んだ。


「小鳩さん食べ方すごく綺麗だね。ていうかめっちゃ規則正しい……」


 こちらを見て面白げな顔をしていた城守さんに視線を向ける。


「あの、わたしとしては結婚できれば相手は問いませんので……城守さん、結婚相手の見つけかた、教えていただけませんか」

「俺に聞かれても……もうちょっとマトモに考えたほうがいいとは思うけど……」

「わかりました。では自分でがんばります」

「がんばるって?」

「……案はないのでまた明日、どなたかに頼んでみます」

「いやだから、自分にとって良い相手をちゃんと考えろよ! 普通に考えて来たやつに場当たりで聞いていいもんじゃないだろ!」

「あ、焦ってるんです……」

「お前本当に人間か? ロボットって言われてるのがすごくよくわかる……」

「そうですか?」

「たとえばお茶を淹れるロボットだとしたら、特殊な茶葉を入手して、その茶葉の旨味が最高に出る方法を計算して淹れるんだけど、その温度が百七十度で人間には飲めないとかそういうのそのまま出してくるタイプのロボな……」

「……そうですか」

「車運転させると最短ルートを計算しましたとか言って火山を通過しようとするタイプのロボ……」


 残念なことにだいたい合っている。


「でも本当にロボットならば結婚しろとか言われなかったのに、残念です」

「残念がるとこ、そこじゃないだろ」

「でしたら人間の城守さん、アドバイスください」

「まず“誰でもいい“はなしで、少しはまじめに考えて候補を出せ。そうしたら攻略法くらい考えてやるからさ」


 自分なりにまじめに考えていたつもりなのにお説教された。しかし、言わんとしているところはわかる。わたしも焦りすぎな自覚はあった。


「うーん」


 うなりながら候補を考える。ふっと過った顔があった。

 フォークを置いて、ぐっと城守さんに顔を近づける。


「法務部の嘱託社員の石岡さんはいかがでしょうか。確か奥様に先立たれていて独身のはずです」

「ああ……その人知ってる」

「よく飴をくれる、とてもいい方です」


 城守さんは自分も同じハンバーグを一切れ口に入れて咀嚼して飲み込み、水もぐいっと飲んだ。それをタァン、とテーブルに置いてから言う。


「会長も自分と同じくらいの歳のやつが来たらひっくり返るわ!」


 即却下された。しかし、短い突っ込みは的確ではあった。結婚の目的は祖父を安心させることなのだから、祖父が腰を抜かして倒れたら元も子もない。


 また、ハンバーグを味わいながら考え込む。

 誰でもいいと思っていたが、年齢は少し考慮したほうがよさそうだ。


「あ、ひらめきました」


 あまり社内の人間に詳しくなかったが、ある人物が脳内をよぎった。

 人のひらめきをまったく信用していない顔で城守さんが「今度は誰……」と促す。


「リサイクル事業部の小田さんです」


 小田さんは三十三歳。顔は若干個性的だが、アグレッシブな野心家だ。仕事はあまりできないらしいが上昇志向が強く、自己評価が高いので周囲から正当に評価されていないと感じていてよく愚痴っているらしい。そして女好きだが「俺はレベルの高い女しか相手にしない」と豪語しているという。一度先輩と仕事で揉めた人なので顔は知っているし、彼の話は頻繁に悪口で耳に入ってくる。


「そいつも知ってる……。で、なんで彼がいいと思ったのか聞かせて」


 城守さんは表情ひとつ変えず、その声は目の前で劣等生の答案を採点する教師のようであった。


「はい。あの方は上昇志向が強いらしいので、会長の孫だと言えば結婚してくれそうなところです」

「それ以外は?」

「特にありません」

「……そんな理由で結婚しても相手がアレだと浮気されるぞ」

「わたしはかまいませんけど」

「お前はよくてもそんなのわかってて婿に選ぶわけにはいかないだろ!」

「え、わたし本人がいいならよくないですか。恋愛する必要はないので、外に彼女を作ってくれそうなのはむしろ理想的です」


 城守さんはまじまじとわたしの顔を見て、はあぁと盛大なため息を吐いた。


「人の性質を見抜く力はそこそこあるのに、それを応用する判断力が決定的に欠けてんだなー」

「はぁ」

「ていうかその難易度と結果しか見ない思考回路、ちょっとサイコで怖い。恋愛音痴のレベル超えてる。ポンコツロボすぎる」


 いっそ怯えた表情で城守さんは呆れ果てているようだった。


「なんか俺、会長の……ていうか、小鳩さんのご祖父君が心配になる気持ちわかるわ」

「えっ」

「なんで見合いではなく、きちんと自分で見つけろと言ったのかもわかるような気がする……」

「なぜだと思いますか」


 わたしにはサッパリわからない。


「相手を社内に限定したのは、仕事関連の意図がどこまであるのかは俺にはわからないけど……それより小鳩さんのその性格だと怪しげなマッチングアプリだの結婚相談所だのでものすごく適当で乱暴に相手を見つけかねないからだろうね」

「それは……そんなに危ないものなのでしょうか」

「きちんと人や業者を選べば怪しくない相手と会うこともできるよ。でも小鳩さんは適当すぎるからヤバい相手引いてもおかしくない。社内なら少なくとも素性が怪しい確率はぐっと減るだろ」

「はぁ」

「社内で女性と既婚者除く男だけってなると、意外と選択肢が狭いのがネックだけど、まぁそれでも社員数はそこそこ多いから、がんばってちゃんとしたいいの見つけなね」

「その、ちゃんとしたいい方というのは、どうやって見つければよいのでしょう」


 城守さんは目を細めしばし思考してから、ぴんと人差し指を一本立てた。


「そうだな……。まず、会長の孫であることは隠して近づくこと」

「なぜですか」


 わたしとしてもなるべくなら会社の人に言いたくないが、婚活に有利になるなら言ったほうがいい気がしてきていたのに。


「変なのが寄る確率が上がるから。そんなの抜いても小鳩さんとずっと一緒に暮らしたい男を探すべきでしょ」

「ああ……ほかには? 孫なのを隠して結婚してくれる人なら誰でもいいのでしょうか」


 城守さんは呆れたように目を細め、睨んできた。


「会長の立場に立ってよーく考えてみな」

「はい?」

「仕事がある程度できて、優しく誠実なのは大前提として……何よりお前が好きになれて、向こうもお前を大切にしてくれる『王子様』を探すべきだろ!」


 おうじさま?


 王子……さま?


「えぇ……なんですかそれ……しんどい」

「こんな真っ当なこと言ってそんな反応されるほうがしんどいわ!」

「わたしは王子様なんていりません。……確認しますけど、城守さんて……女性遍歴が華やかな人ですよね」


 遠まわしな表現だが、チャラ男のクズ男にあるまじきマトモな説教に驚いていた。


「俺もそんなに真面目な恋愛してるわけじゃないけど、小鳩さんのスタンスがあまりに酷すぎて……ついマトモな正論ツッコミを言ってしまった」

「わたしは贅沢を言わないだけで、酷くないです。真剣に、かつ現実的に探しています」

「言うけどさー、小鳩さんが選んだ男じゃ、会長たぶん納得しないよ」

「な、なんてこと言うんですか。自分で選べと言われたのですから誰を連れてきてもいいはずです」

「そこがまず根本的におかしい。目的をはきちがえてる」

「そんなに言うのなら城守さんも手伝ってくださいよ」

「……俺が? 小鳩さんの婿探しを?」


 さんざん駄目出ししてたくせに、ずいぶんと意外な顔をされた。とはいえ城守さんとは今日会って初めてお互いの性格を知った程度だ。図々しいかもしれない。


「……いいよ」

「えっ」

「小鳩さん色々酷すぎ……俺が選んだほうが断然会長の納得する縁談になると思う」

「よ、よろしくお願いします!」


 正直、ものすごくありがたかった。

 わたしは時代劇で町民がお殿様にするかのように、深々と平伏した。


「ふん。小鳩さん派手じゃないけど顔は可愛いし、俺にかかればそう難しくはないよ。絶対会長を納得させてやる」


 意外に世話焼きな一面があるといわれている城守さんが、何か仕事ミッションとしての闘志を燃やし始めたのを感じた。



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