虚ろなるレガリア Corpse Reviver 12/13


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「あの女……何者だ?」

 最初の驚きからどうにか立ち直り、ヤヒロは双子のほうへと近づいた。

 魍獣を操る少女と遭遇して皆が浮き足立つ中、ジュリとロゼだけは、ほとんど表情を変えていない。むしろどこか楽しげですらあった。

「クシナダだよ。あの子がクシナダ」

 もぎたてのキュウリを囓りながら、ジュリが平然と答えてくる。

「は?」

 ヤヒロは呆然と目を瞬いた。クシナダ。二十三区で確認された、魍獣の群れを統率する謎の個体。軍事企業大手のライマット・インターナショナルが、民間軍事会社四社を動員してまで、捕獲しようとしているターゲットのはずだ。

「最初から伝えていたはずですが。ここに魍獣を統率するリーダーがいる、と」

 ロゼが呆れたように嘆息した。出来の悪い助手を眺める名探偵のような退屈そうな表情だ。

「おまえら、最初から知ってたな!? クシナダの正体が日本人だって……!」

「可能性は考慮していました。扶養家族がいたのはさすがに想定外でしたが」

 ロゼが悪びれもせずに言い放つ。

 扶養家族という言葉に、ヤヒロは面喰らったような表情を浮かべた。最初に遭遇した二人の子どもたちが、ジャージ姿の少女をママと呼んでいたことを思い出す。

「お嬢、RMSだ。北側で魍獣と戦闘を始めてる。どうする?」

 部下の隊員から報告を受けたジョッシュが、ロゼに次の行動の指示を仰いだ。

「ひとまず様子を見ましょうか。彼らにクシナダを持っていかれるのは癪ですが、提携企業である我々のほうから、RMSの戦闘員を攻撃するわけにはいきませんし」

 ロゼが落ち着いた口調で言う。それから彼女は制服の襟元の通信機を起動して、

「子どもたちが逃げこんだ建物は?」

『――確認したよ。位置情報を共有する』

 通信回線越しに答えたのは、いつの間にか姿を消していた魏だった。。

 あの状況で尾行していたのか、とヤヒロは驚く。それどころか、子どもたちの隠れ家を探るために、ロゼは、わざと彼女たちを逃がしたのかもしれなかった。

「魏班は、そのまま周囲の捜索を続けてください。ほかに脱出経路があるかもしれません。魍獣との交戦は可能な限り避けるように」

 ロゼの指示に、了解、と短く答えて魏が通信を切る。

「あのガキどもをどうする気だ?」

 ヤヒロが険しい表情でロゼを睨んだ。ロゼは怯むことなく淡々と答える。

「保護します。そのほうがクシナダとの交渉がスムーズに進むと思いますから」

「人質にする気か?」

「そういう言い方もありますね」

 ロゼがあっさり認めたせいで、ヤヒロは言葉を失った。彩葉――と呼ばれていたジャージ姿の少女が本当に魍獣を操ることができるのなら、たしかに人質を取るのは有効かもしれない。

 年端もいかない子どもを交渉の道具に使うという良心の呵責に耐えられるなら、だが。

「それともヤヒロが殺しちゃう? あのヌエマルって子も、さっきの化け亀みたいに」

「それは……」

 無邪気な口調で尋ねるジュリから、ヤヒロは無意識に目を逸らす。

 これまでは魍獣を殺すことに、ためらいを覚えたことはなかった。殺さなければ自分が殺される――迷う余地のない単純な選択肢しかなかったからだ。

 しかしヌエマルと呼ばれていた白い魍獣も、もう一体の虎縞も、決して自分たちのほうから人間を攻撃しようとはしなかった。そんな魍獣を殺せるのか、という問いかけに、ヤヒロは、答えを出せなかった。

 苦悩するヤヒロを面白そうに眺めつつ、ロゼは背負っていたライフルケースを降ろす。ケースの中には、銃器ではなく、細長い防水布の包みが収められていた。

「クシナダの目的が子どもたちの保護なら、彼女は必ず戻ってきます。というわけで、ヤヒロ」

「なんだ?」

「これを渡しておきます。あなたのナイフは、もう使い物にならないでしょう?」

 ロゼが差し出してきた防水布の包みを、ヤヒロは反射的に受け取った。見かけ以上にずっしりと重い品だった。防水布の中から出てきた道具を見て、ヤヒロは呆然と目を見張る。

「俺が回収した刀じゃねーか」

「〝九曜真鋼〟――平安初期から戦国末期まで、八百年近く生きたといわれる刀工〝真鋼〟が、みずちの血で鍛えたという伝説の刀です」

「八百年……って、さすがにそれは嘘だろ」

「ええ、おそらく。ですが、不死者のあなたが持つには相応しい刀だと思いませんか?」

 ロゼが無表情なまま指摘する。

 ヤヒロは黙って唇を結んだ。実を言えば真剣を振り回すのは初めてではない。入手が面倒だからナイフを使っていただけで、日本刀の刃渡り《リーチ》と切れ味は、ヤヒロにとっても魅力的だった。ヌエマルのような大型魍獣を相手にするには、間違いなく有効な得物だろう。

「金は払わないぞ」

「追加報酬ということにしておきます。あなたには、説得してもらわなければなりませんから」

「説得? あの芋ジャージ女をか?」

 ヤヒロが眉を寄せながら訊き返す。

 互いの第一印象は最悪だが、彼女を説得するとしたら、同じ日本人であるヤヒロが適任ではあるのだろう。なんといっても、日本語で意思疎通が出来るのは大きい。

「いえ。説得する相手は子どもたちです。まずは彼らを手なずけておかないと」

「俺の仕事は道案内だけじゃなかったのか?」

「あなたが、ここで帰るというのなら止めませんが」

 ロゼが真っ直ぐな瞳を向けてくる。日本人の生き残りである子どもたちを見捨てるのか、と言外に問いかけてくるような視線だった。

 ヤヒロは小さく溜息をついた。

 ロゼの思い通りに動かされるのは不愉快だが、自分には無関係だと割り切ることもできなかった。同じ日本人だから、というだけの理由ではない。魍獣を殺す血を持つ自分が、魍獣を操る少女と出会ったこと――そこになにか因縁めいた運命を感じずにはいられなかったのだ。

「……俺たちが敵じゃないってことを、あの子どもたちにわからせればいいんだな?」

「はい。ジュリに任せてもいいのですが、同じ日本人のあなたのほうが適任でしょう」

「ジュリに?」

 口八丁で相手を丸め込むのは、どちらかといえばロゼの役目ではないのか、とヤヒロは首を傾げる。ロゼは、そんなヤヒロの疑念を読み取ったように目を伏せると、

「私は、なぜか子どもを怯えさせてしまうので」

「そ、そうか」

 表情を変えずに落ち込むロゼを、ひどく気まずい思いで見つめるヤヒロだった。

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