虚ろなるレガリア Corpse Reviver 5/13
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「待ちなさい、ジュリ。まずは
「大丈夫だって。ほら、鍵も開けっぱだし。お邪魔しまーす。勝手に入るね」
案内したヤヒロが止める間もなく、オレンジ髪の少女が研究室の中に踏みこんだ。
生活臭が染みついた部屋の中を見回して、おお、と彼女は興味深そうに目を丸くする。
「ねえねえ、鳴沢八尋。これ、もらっていい? 美味しそう!」
ヤヒロが夕食用に準備していた缶詰を、オレンジ髪の少女が興味津々の表情でのぞきこむ。やきとり缶。タレ味。たしかに日本人以外にとっては物珍しい食べ物かもしれない。
「好きにしろよ」
ヤヒロは投げやりな口調で言って、アウトドア用のフォークを彼女に渡してやる。
「あと、俺のことはヤヒロでいい。苗字は要らない」
「そっか。じゃあ、あたしのこともジュリでいいよ。ろーちゃんはろーちゃんね」
「……せめてロゼでお願いします」
青髪の少女が溜息を漏らしつつ、不本意そうな声で訂正した。ジュリとロゼ。この二人の姉妹の関係が、その短いやりとりでなんとなく察せられる。
「我々はギャルリー・ベリト――商人です」
警戒を続けるヤヒロに向かって、ロゼが名乗った。
ヤヒロは小さく眉をひそめる。ギャルリーとはフランス語で画廊という意味だったはずだ。
「ギャルリー……
「そうですね。少なくとも表向きは」
「表向きは……ね」
正直だな、とヤヒロは思わず失笑した。要するに彼女たちはエドの同類。日本国内に残された骨董や美術品を海外に売り捌く、後ろ暗い仕事をしているのだろう。
そういうことなら、彼女たちが二十三区に入りこみ、ヤヒロに会いに来た理由もわかる。
「私はロゼッタ・ベリト。そちらの美人で可愛らしいのが双子の姉のジュリエッタ。あなたに会いに来たのは商品の回収を依頼するためです。二十三区をよく知る回収屋のあなたに」
「いや、美人で可愛らしい、って……」
おまえも同じ顔だろう、と突っこみたくなる気持ちを抑えて、ヤヒロは息を吐いた。
「商品の回収?」
「はい」
「どうして俺なんかに依頼する? 回収屋はほかにもたくさんいるだろ?」
「理由のひとつは、あなたが日本人の生き残りだからです。我々が求める商品を手に入れるためには、日本人の力を借りるべきだと考えました」
「日本語のなぞなぞでも解けばいいのか?」
ヤヒロが胡乱な目つきで青髪の少女――ロゼッタを見返した。
国民のほとんどが死に絶えた時点で、日本という国家は消滅した。伝統文化や言語は断絶し、残された工芸品や文化財は国外に流出する一方だ。日本人という存在には、今や絶滅危惧種という以上の価値はない。
そんな状態で、あえてヤヒロの協力が必要な場面があるとすれば、日本人にしかわからない特殊な暗号を解くことくらいしか思いつかなかった。
「へー……得意なんだ。なぞなぞ。すごーい!」
オレンジ髪の少女――ジュリエッタが、キラキラと目を輝かせながらヤヒロを見つめてくる。
彼女の予想外の反応に、ヤヒロは気まずい気分になって、
「べつに得意じゃねえよ。言ってみただけだ」
「えー……なんだよもう。つまんない」
ぷう、と拗ねた子どものように頬を膨らませるジュリ。
ヤヒロはそれを無視してロゼに向き直る。
「俺に依頼するもうひとつの理由は?」
ふ、とロゼが意地悪く微笑んだ。
彼女の瞳は、ヤヒロのシャツの胸の裂け目を静かに見据えていた。
「あなたが不死身の存在だからです――〝不死者〟鳴沢八尋」
「っ!?」
不意打ちに似た彼女の言葉に、ヤヒロが反射的に息を呑む。
ヤヒロは咄嗟に無反応を装おうとしたが、手遅れなのは明白だった。
無条件に信じられる
ヤヒロを殺したと確信した瞬間、敵には確実に油断が生じる。その瞬間がヤヒロにとっては最大の逆襲のチャンスになる。そうやって自分よりも格上の強者の裏をかき、ヤヒロはこれまで生き延びてきた。それは敵が魍獣でも人間でも同じことだ。
しかし秘密を知られてしまえば、武器としての効果は半減する。
だからヤヒロは、これまで自分の正体を隠し続けてきた。
付き合いの長いエドですら、ヤヒロの肉体の秘密は知らない。呪われた不死身の日本人がいるという噂が冗談まじりに囁かれることがあっても、本気で信じている者はいないはずだ。
しかしロゼの声音には、ヤヒロが不死身だということを確信している響きがあった。
「ラザ……ルス……?」
ヤヒロは、彼女の言葉を繰り返す。
聞き覚えのない単語。しかし奇妙に気になる響きだった。
「ゲルマン神話の英雄ジークフリートは、龍を殺し、その血を浴びて不死の肉体を手に入れたそうですが……あなたはどうやって不死者になったんでしょうか」
ロゼがかすかに首を傾げた。
彼女が何気なく口にした龍殺しの逸話に、ヤヒロの頬が引き攣った。
そんなヤヒロを愉快そうに見返して、ロゼがすっと目を細める。
「ぜひ聞かせて欲しいものですね、ヤヒロ」
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