虚ろなるレガリア Corpse Reviver 3/13


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 始まりは、たった一個の隕石だったといわれている。

 直径四百メートルに満たないちっぽけな岩塊。〝悪龍〟と名づけられたその小惑星は、楽観的な天文学者たちの予想を嘲笑うように不規則な軌道変更を繰り返して地球大気圏に突入。無数に砕け散りながら、日本列島に降り注いだ。

 隕石落下時の衝撃は、最大でマグニチュード九・一の巨大地震に匹敵。落下地点を中心に直径数キロの隕石孔クレーターを形成し、日本全土に壊滅的な被害をもたらした。

 しかし悲劇はそれだけでは終わらなかった。

 隕石衝突の影響で地殻が不安定になったことにより、火山活動が活発化。富士山を含む複数の火山が同時に大規模な噴火を起こしたのだ。

 噴石と火砕流、そして大量の火山灰により日本国内の交通網は完全に崩壊する。

 既存の生物学の常識を覆す獰猛な怪生物が、各地で大発生したのは、その直後の出来事だ。

 神話の怪物に似た姿を持ち、のちに魍獣と呼ばれることになる異形の生命体――

 彼らは、無差別に人々を襲い、喰らい、街を破壊した。

 狩猟用の散弾やライフル弾すらものともしない魍獣が相手では、警察はおろか、自衛隊すら無力だった。隕石落下によって混乱状態に陥っていた日本政府は、ここに至って完全に機能を喪失。日本国民は魍獣出現からの一週間で、総人口の半数を失ったという。

 

 もちろん国際社会も、その惨状を無為に眺めていたわけではなかった。

 世界各国で義援金や援助物資の手配が行われ、国際緊急援助隊の派遣準備が開始される。

 その報道は、悲劇に打ちのめされた日本人の多くを勇気づけた。これまで日本という国家が幾度も経験してきたように、未曾有の災害から復興を遂げ、たとえ時間がかかっても、いずれ自分たちは元のような平和な日常を取り戻すだろう。誰もがそんな根拠のない期待を抱いた。

 異変が起きたのは、その直後のことだった。

 なんの前触れもなく、だが、示し合わせたように一斉に、世界中の要人、国家元首、そして宗教的指導者たちが民衆に命令を下したのだ。

 日本人を殺せ、と。殲滅せよ、と。

 大殺戮――〝日本人狩り〟の始まりである。


 殺戮の連鎖は瞬く間に全世界に広がり、各国の軍隊は速やかに日本への侵攻を開始した。

 大殺戮の目的、大義名分は様々だ。

 国連は、隕石に付着したウイルスによる感染爆発パンデミックを防ぐための緊急措置だと発表し、いくつかの国家は、危機的状況に追いこまれた日本人が大規模なテロ活動を計画していたと主張した。

 日本は黙示録に記された大淫婦バビロンそのものであり、汚れた霊の巣窟であると説く宗教家も多かった。

 中でも圧倒的な影響力を誇っていたのが、魍獣とは日本政府が極秘裏に開発していた生体兵器である――という説だった。

 それらの言説を疑問に思う者がいなかったわけではないが、彼らの声が大きく取り上げられることはなかった。結果、人々は熱に浮かされたように、日本人を憎み、恐れ、殺し尽くす。

 狂乱のうちに日本という国家は消滅し、海外にいたわずかな日本人たちもまた、容赦ない暴力に晒されて次々に命を落としていった。

 

 やがて隕石落下の影響による自然災害が収まるのと同時に、大殺戮も終結する。

 小惑星ヴリトラの落下から、約半年後のことだ。

 その間の犠牲者の総数は、一億二千六百万人以上――

 そして日本人は死に絶えた。

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