第21話 小鹿の肉
「あの・・」
再び葵が、カリカチュアを見る。
「なんだい?」
「あの、文字が・・、文字が浮かび上がったのです。この首飾りの玉に。それが、スーは、漢の文字ではないかと」
「漢・・」
一言呟いて、カリカチュアは黙る。暖炉の中の薪のはぜる音だけが静かな室内で響く。葵は黙り込むカリカチュアの顔を見つめた。
「漢は滅びた。それは遥か遠い昔さ」
そして、カリカチュアは呟くように再び口を開いた。それはどこか自分が見てきた懐かしい昔を思い出すかのようだった。
「この世界の中心で、強大な力を誇り、世界を飲み込む勢いだった。その影響は今でも世界各地に残っている。それもそのうちの一つさ」
カリカチュアは首飾りを見た。
「・・・」
葵も見る。
「漢の末裔たちは今も生きている。そして、何やらまた動き出している――」
「じゃあ、やっぱり・・」
「まっ、それもまた、因果さね」
カリカチュアはその太い真っ赤な眉を上げ、言った。
「・・・」
やはり、カント軍は、漢と何か関係があるのだろうか。そして、この首飾りとも・・。
「漢・・、首飾りの謎・・、そして・・」
帰り道、歩きながら葵は、カリカチュアの言った言葉を思い出していた。
「お前は世界に幸福をもたらす存在になる」
葵はその中でも、その言葉が妙に気になっていた。
「私が世界に・・」
だが、やはり、葵には、そんなことが自分のこととはまったく思えなかった。自分がそんな大それた存在になるとは、到底信じられなかった。
葵は胸に抱いたアイコを見る。多分、アイコのことを言ったに違いない。アイコはカティアーティさまの娘。高貴な血を引く女の子だった。多分、カリカチュアも何かを読み間違えたのだろう。葵はそう思った。
「よっ、終わったか」
その時、頭上からスーの声がした。と思うと、突然木の上から、スーが葵の真横に降りてきて、顔を近づけた。
「わっ」
葵は驚く。葵は気づけば、スーたちの家のある森まで帰って来ていた。ずっと考え事をしていて、葵はまったく気づいていなかった。
「お師匠様に訊けばなんでも分かるだろ?」
スーが顔を近づけたまま訊いた。
「う、うん・・」
「そうだろうそうだろう」
まだ心臓がドキドキしている葵を気にする風もなく、スーは一人納得しながら首を縦に振る。
「じゃあ、メシだ」
そして、突然スーは言った。
「えっ」
葵がふとスーの肩を見ると、そこに、小鹿がぶら下がっていた。
「わっ」
葵は驚いてのけぞった。
「さっき獲って来たんだ」
スーは、自慢気に言った。
「・・・」
小鹿はぐったりと体をスーの方に横たえ、完全に死んでいた。
「今日はこれで、シチューを作るんだ」
スーは元気に家に向かって歩き出した。
「・・・」
葵もその背中にぶら下がっている小鹿の眠った顔を見つめながら、スーの後ろについて行くように再び歩き出した。
スルスルと、滑るようにしてあっという間にスーが木からぶら下げた小鹿を解体していく。その肉の塊を、小さな子たちが受け取り、さらに小さく切り分け、皿に盛り分けて行く。それをさらに別の子たちが、焚火に運び、枝に刺して焼いて行く。子どもたちは、小さいのに要領よく連動して、よく動き、よく働いた。
そして、肉の焼ける香ばしい匂いが、辺りに広がっていく。
「う~ん、いい匂い」
思わず葵が呟く。
「おねえちゃん、焼けたよ」
子どもたちの一人が、そんな葵に焼けた肉を差し出した。
「ありがとう」
葵はそれを受け取った。
「焼きたてはうまいぞ」
スーが言った。
「うん」
葵はその肉に思いっきりかぶりついた。
「おいしい」
葵は思わず叫んだ。本当においしかった。味付けは塩だけだったが、それでも、いや、それだからこそおいしかった。
「だろう」
スーは得意げに言った。
さっき見た、小鹿の眠るようなかわいい顔が一瞬葵の頭によぎった。だが、目の前のこの肉のおいしさには適わなかった。
「あっ、全部食っちまったのか」
スーが小鹿の残骸を処理し終わって、焚火の所にやって来ると、驚いた顔でその場と子どもたちを見つめる。
「えへへへっ」
子どもたちはいたずらっぽく笑う。子どもたちは小鹿の肉を全部焼いて食べてしまっていた。
「シチューにしようと思っていたんだけどなぁ・・、まあいいか」
だが、困った顔をしながら、怒ることもなくスーも笑った。
「ふふふ」
葵も笑った。なんだか、カリカチュアの難しい話から離れて、少し、気持ちの楽になった葵だった。
まつろわぬ神々の詩(うた) ロッドユール @rod0yuuru
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