第20話 占い
「お前はとても複雑な星の下に生まれたね」
人の頭ほどもある大きな水晶玉の前に立ったカリカチュアは、その水晶の中を見つめ神妙な顔で言った。
「お前はこの世界に幸福をもたらす存在になる」
カリカチュアが葵を見る。
「私がですか?」
葵は驚く。自分がそんな大それた人間になるなどとは、まったく思ってもいなかったし、想像すらが出来なかった。葵はまだ幼く、お城では一介の下働きだった。
「アイコの間違いじゃ」
「いや、お前だ」
カリカチュアはしっかりと葵を見た。
「でも・・、なぜ私なんかが・・」
「まっ、それもいずれ分かる」
「はあ・・」
葵にはちんぷんかんぷんだった。
「あの・・」
葵がカリカチュアを見る。
「なんだい」
「あの・・、お城は、お城のみんなはどうなったのでしょう」
葵が今日ここに来て一番訊きたいことだった。葵はお城の人たちや、自分の家族のいる村のことが心配で心配で堪らなかった。
「・・・」
だが、カリカチュアはそこで口をつぐむ。
「教えてください。お城は、みんなはどうなったのでしょう」
葵はすがるようにカリカチュアを見る。
「・・・」
しかし、カリカチュアは黙ったままだった。
「まあ、いずれ分かる。嫌でもな」
そして、カリカチュアは、厳しい表情で不安そうな表情の葵を見た。
「人間ていうのは時に、残酷でとても過酷な運命に巻き込まれてしまう。それはどうしようもないのさ」
カリカチュアが言った。
「じゃあ、みんなは・・」
葵は涙目になってカリカチュアを見上げる。葵はなんとなく、カリカチュアの言っていることの真意を幼いながらに感じ取った。
「時に、人はそんな流れを生きなければならない。そんな時代をどうしようもなく生きなきゃならない」
「・・・」
葵は、涙を目にいっぱいに溜めて、黙ってカリカチュアの言うことを聞いていた。
「まあ、お前はしばらくここにいればいい。ここは安全だ。こういう時は、辺りが落ち着くまでじっとしていることさ」
「・・・」
葵の胸は張り裂けそうだった。不安と悲しみで胸が、心が壊れてしまいそうだった。
「うううっ」
葵の頬を涙が伝った。なんとかこらえていた涙も押さえられなかった。葵はまだ十二歳だった。
「お前はやさしいな。でも、強くならなければだめだ」
カリカチュアがそんな葵を強い表情で見つめる。
「ううっ、はい・・」
涙の溢れる目で、葵はそんなカリカチュアを一生懸命見上げる。
「これからの時代はとても厳しいものになる。その厳しい時代を生き残るには強くなるしかない」
「うううっ、ううっ、はい」
葵はその小さな顔をむしゃくしゃにして答える。
「生きるんだ」
「うううっ、はい」
「生きのびるんだ。なんとしても」
「はい・・」
「今のあたしに言えることはそれだけだ」
「はい」
「さあ、ケーキでも食べよう」
カリカチュアは、泣きじゃくる葵の肩にやさしく手を置いた。
二人は再び暖炉の前のロッキングチェアに座り、向かい合った。
「木の実のケーキさ」
また、あの人形が一辺のケーキをお盆に乗せて運んで来た。
「さあ、食べてごらん。これを食べて元気が出ない人間はいないさね」
カリカチュアが言った。
「はい」
葵は、まだ泣きはらしたままの顔で、フォークを手に取った。
「おいしい」
一口口に入れて、葵は目を丸くする。それはこの世のものとは思えないおいしさだった。甘さと酸味と、香ばしさ、そんな人を幸せにするありとあらゆる味が絶妙に、そして、最高の形で交じり合っていた。
そして、なんだか分からない、ポカポカと不思議な力が葵の中に湧き上がって来て葵を元気にしていく。葵はさっきまでの悲しい気持ちも忘れ、夢中でケーキを食べた。
しかし、向かいに座るカリカチュアはスーが言っていた通り、まったく食べなかった。
「あの・・、なぜ私を助けてくれたのですか」
ケーキを食べ終わり、お茶を飲み人心地着くと、葵は再びカリカチュアに訊いた。ここに来てからずっと気になっていたことだった。
「さあね。感さ」
カリカチュアはさらりと言った。
「感ですか・・」
「まあ、あたしも結局はそいつに巻き込まれちまっているのかもしれないな」
「えっ」
カリカチュアは、女王の首飾りを見ていた。
「そいつは人の運命を巻き込む」
「運命を巻き込む・・」
葵も女王の首飾りを見た。首飾りを巻いたアイコはすやすやと穏やかに眠っていた。
「・・・」
葵は、そんなアイコと首飾りを黙って見つめた。
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